死神さんの意見もそのとおりだと思う。私の問題に、死神さんまで付き合わせちゃうのはかわいそうな気がした。
「第一オレと一緒に暮らすなら、コイツはずっと天界にいなきゃならないんだろ!? それじゃ死んでるのと同じじゃねぇか!」
「それは僕にもわかってるよ。だからきみが外界に降りて、人間としてゆかりちゃんと暮らすべきだ」
「オレが人間として!?」
運命の神様、ものすごく押しが強いなぁ。
死神さんの声がだんだん悲鳴みたいになってきてる。
死神さんのコミュニケーション能力がどうとか言ってた気がするけど、この人もそうとうヤバいんじゃないかな、もしかして。
「あの、待ってください」
このままじゃ、私がなにも言えないまま話が進んでいっちゃう気がして、手を挙げる。
どうもそれが意外だったのか、運命の神様はキョトンとまばたいた。
くそ、顔がいい。
「私が死神さんと一緒に暮らすのは、理由があるんですか?」
「うん。きみが死の気配を知ることができる」
「死の気配?」
「……例えば知らない場所に一人でいたとしても、どこかから話し声が聞こえれば、人がいるんだと感じることができるだろ? それが人の気配。死の気配も同じで、少し温度が低い、ニオイが違う、そのくらいのもんだ」
答えてくれたのは死神さんだ。
気配っていうとすごくふんわりしているけど、本当にふんわりしたものなのかもしれない。
経験から察知できる違和感、みたいなものかな。
「それを知ると、どうなるの?」
「避けたり、追い払ったりすることができるようになる。焚き火の炎がほかの枯れ枝に燃え移りそうなら、場所を移動させるだろ。親がイライラしてそうな日は、できるだけ外に遊びに行って顔を合わせないようにしたりとかな。それと同じだ」
なるほど、ちょっとわかった気がする。
確かに経験を積んで気配がわかると、どうすればいいか自分で動くことができるんだ。
私はもう一度、運命の神様に向き直った。
「うちの家に死神さんが住み込むことになるんですか?」
「いいや。死神くんと、ペットのかわいい犬二匹との新生活だよ。たぶん特別なおまじないをする薬屋さんとして、しばらく生活してもらうことになると思う」
この言葉に、死神さんは天井を見上げたままぐったりとしてしまった。
もうどうにでもなれと言っているような態度に見える。
運命の神様は優しく見えるけど、言いだしたら人の話を聞かないところがあるのかもしれない。
それにしても、ペットにかわいい犬二匹!
うちはペット禁止のマンションだけど、ずっと犬を飼ってみたかったから正直ものすごく嬉しい。
どんな犬だろう、トイプードルかコーギーだったら嬉しいな。でもゴールデンレトリバーも捨てがたい。
それに特別なおまじないをする薬屋さんってなんだろう?
おまじないなら大好きだ。だってなんだか、自分で未来をいい方向に変えていけそうな気がするから。
死神さんには悪い気がしたけど、私はいつの間にか、運命の神様の提案にワクワクし始めていた。
そんな私の気持ちを見透かしたのかもしれない。
運命の神様は私の手を取って立ち上がらせると、まぶたを閉じたまま歌うように口を開いた。
「ご家族には、僕がすべて説明しておくよ。学校のことも心配いらない。だからなにも不安に思わず、死の気配と向き合っておいで。僕をはじめとするすべての神様が、きみが健やかな人生を送れるように全力で手助けするからね」
「あ、ありがとうございます……」
ここまで言われてしまうと、なんだか恥ずかしい気がした。
元はと言えば私が助けてってお願いしたことなのに、なんだか変な感じだ。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「え?」
運命の神様がにこにこ笑ったまま、パチンと指を鳴らす。
とたん、足元にあったはずの床が消えた。
一瞬なにが起こったのかわからず、ただ下を見る。
その瞬間、かくんと目の前の世界が上がった。
いや、私が下がったんだ。
「き、ゃあああああああああ!?」
これまでしっかり踏みしめていた床がなくなると、そこは雲の中だ。
当然、私の体は急降下。
遊園地にあるジェットコースターやフリーフォールには掴まる場所があるけど、いま私がすがりつけるものなんてなにもない。
死神さんは少し離れた場所で、黒い布をバタバタはためかせながら落ちていた。
ちょっと面白いけど、それどころじゃない!
「死、死神さん! 死神さんってばぁ!!」
返事はない。動きもない。だけど私は、構わず大声を上げていた。
「落ち、落ちてる! 死んじゃうよぉ!!」
「……魂だけの状態で死ぬヤツなんていねぇよ」
ようやく返事があったと思ったら、超絶テンションの下がった声だ。
確かにいまの私ってオバケみたいなものだと思うし、オバケが死ぬってよく分かんない状況ではあるけど!
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