けど、そんなのわかんないじゃない!
「ヤダァアアアアア!!」
怖すぎて、キツく目をつぶって、しばらく。
いつの間にか落ち続けている感覚が消えて、風も感じなくなっていた。
──もしかして、ホントに死んだ? だとしたら、ここってどこ?
おそるおそる目を開けると古い、明らかに今どきの家じゃ見ないような木造の天井が見えた。
どうも私は、布団に寝かされているみたい。背中がふわふわと温かかった。
ニオイも少しカビくさいけど、木と畳のニオイでいっぱいになっている。
……いや、おぼえがない。
ここどこだろう。
べろんっ
「ふやぁっ!?」
悩み賭けていた私のほっぺを、生ぬるいものがなめ上げた。
「な、なに……っ!? わっ!」
慌てて起き上がった私をのぞきこんでいたのは、黒と茶色の柴犬ちゃん二匹だった。
キラキラした目で私を見て、うれしそうにシッポを振ってくれている。
「し、柴わんこ……!! え、なんで!? なんでこんなところに柴わんこが……!?」
思わずほっぺたをわしゃわしゃなでると、二匹のシッポがものすごい勢いで振りまくられる。
どうも私を歓迎してくれてるみたいだ。
めちゃくちゃうれしいし、めちゃくちゃかわいい!
もふもふだ!ふわふわだ!
柴ちゃんたちをこんなになで回せる日が来るなんて!!
夢中でなで回しているあいだに、もしかしたら変な声が出てたのかもしれない。
部屋の外からすこしだけ足音が聞こえて──
部屋の襖が、開いた。
「やっと起きたか」
入ってきたのは、黒髪をオールバックにした怖い顔の男の人だ。
「やけどはキレイに消したんだが、あの馬鹿のせいで精神的に疲れたんだろうな。丸二日寝てたぞ」
真っ黒い着物で、なんだか時代劇の中の人みたい。
あきれた顔をしているけど、柴わんこたちを呼びよせて、もふもふのほっぺたをワシワシなでてあげていた。
私はその声に、とてもとても聞きおぼえがある。
「もしかして──死神、さん?」
私の声に、ネコみたいな金色の目がこっちを見る。
冷たい印象のそれが少しだけふんわりゆるんだとき、薄い唇が馬鹿にしたように開いた。
「この姿のときは篠上凶事って名前がある」
しのがみきょうじ。
なんとなく、死神と音が似てる気がする。
ぽかんと口を開けたまま話を聞いている私に、死神さんは言いにくそうに頭をかいた。
「……しばらくはお前の養い親だ。稼業は薬屋、客は様々。学校には通わなくてもいいが、それ以上の面倒にお前を付き合わせるはずのイヤな大人だ。おたがい不本意だろうが、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします……」
皮肉っぽい言い方なのに、なんだか妙に聞き入ってしまう不思議な声だった。
というか死神さん、本当に顔があったんだ。
そんなことを考えていた私に、死神さんは大きく襖を開ける。
「養い親と言っても、ただで飲み食いさせる気はない。まずは薬の種類とまじないから教える。多少間違っても問題ないが、客からなにを聞かれても助け舟は出さねぇ。それだけ肝に銘じとけ」
襖の向こうに並んでいるのは、たくさんの薬が並んだ大きな棚だった。
なんだか、近所のドラッグストアとはぜんぜん雰囲気がちがう。
干物みたいなものとか、液体の入った瓶。とにかくよくわかんないものがギュウギュウに並んでる。
まさかこれ、全部覚えるの?
思わず引きつった私の気持ちに気づいてくれたのかもしれない。
死神さんのところにいっていた柴わんこたちが、あわてて走ってきて私を一生けんめい舐めてくれた。
……きっとなぐさめてくれてるんだ。あったかい舌の感触に、ちょっとだけ元気が出た。
パンと音を立ててほっぺたを叩き、気合いを入れる。
そうだ、ショック受けてる場合じゃない。
これは私が死なないように生きていくために必要なガマンの一つなんだもの。
これくらいで弱音を吐いてたら、いつまでも私は死にかけ回数を増やしていくだけだ。
死なないように生きていくために、やるしかない。
ふんと鼻息を吐き出して、薬の棚をにらみつける。
「……やってやろうじゃない」
腕まくりして、死神さん、もとい篠上さんの前に進み出る。
見下ろしてくる金の目をまっすぐ見上げて、私は腰に手を当てた。
「私、あなたのことはずっと味方だって信じてるから!」
宣言に、篠上さんは目を丸くする。
「たくさん厳しくしてもいいけど、うまくできたらたくさん褒めて。そしたら私、一年でも二年でも頑張れる」
にっこり笑って握手を求めると、篠上さんは困ったように握り返してくれた。
薬のニオイが鼻につくこの場所が私の正念場。
私の人生を決める第一歩が、始まった。
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