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日本語おかしい
それは、朝礼が終わった直後だった。
「――こえ君、ちょっといいかな」
課長に名前を呼ばれた。
その声はいつもと変わらないのに、背中に冷たいものが走る。
周りの視線が一斉に集まって、
噂という言葉が、頭の中で嫌な音を立てた。
「……はい」
会議室に入ると、
課長と、もう一人――人事の人が座っていた。
ドアの閉まる音が、やけに大きく聞こえる。
「最近、職場内で少し話題になっていてね」
課長は穏やかな口調だった。
「こったろ先輩と、私的に親しい関係なんじゃないか、という噂」
やっぱり。
心臓が、ぎゅっと縮む。
「業務に支障が出ているわけじゃない。
ただ、事実確認は必要だから」
喉が渇いて、うまく言葉が出てこない。
「……仕事は、ちゃんとやっています」
必死に、それだけ伝えた。
「それは分かってる」
課長はうなずいてから、続けた。
「でもね、新人の立場で、変な噂が立つのはつらいだろう?」
優しさが、逆に怖かった。
「一度、本人同士で話を聞こうと思う。
先輩にも声をかけている」
その瞬間、
胸の奥が一気に冷えた。
――迷惑、かけた。
僕のせいで。
先輩の評価まで、下げてしまう。
デスクに戻ると、先輩がすぐ気づいた。
「呼ばれた?」
小さくうなずくと、
先輩は一瞬だけ眉を寄せた。
「大丈夫。
俺も、さっき話した」
その声は、落ち着いていた。
でも、
僕は耐えきれなかった。
「……すみません」
視線を落とす。
「僕が、ちゃんとしてないから」
先輩の手が、机の下で僕の指に触れた。
ほんの一瞬。
でも、確かだった。
「謝らないで」
低い声。
「こえ君は何も悪くない」
午後、再び会議室。
今度は、課長、先輩、僕の三人。
「二人の関係について、正直に話してほしい」
課長の言葉に、空気が張りつめる。
僕が口を開く前に、
先輩が一歩前に出た。
「俺から話します」
迷いのない声。
「彼とお付き合いしています」
一瞬、時間が止まった。
課長は驚いた顔をしたけれど、
すぐに表情を戻した。
「業務上の不公平は?」
「ありません。
評価や指示は、すべて第三者を通しています」
即答だった。
「彼が不利になるようなことは、絶対にしない」
その言葉に、
胸がいっぱいになる。
課長は少し考えてから言った。
「社内恋愛自体は禁止していない。
ただし、周囲に不信感を与えないこと」
「はい」
先輩は深く頭を下げた。
「責任は、すべて俺が持ちます」
その背中が、
あまりにも頼もしくて、
涙が出そうになった。
会議室を出たあと、
人のいない非常階段で、先輩が足を止めた。
「……怖かった?」
僕は正直にうなずいた。
「先輩の立場、悪くしたかと思って」
先輩は少し困った顔で笑って、
僕の肩を抱いた。
「むしろ逆」
「え……」
「はっきりさせられて、よかった」
静かな声。
「もう、曖昧に守るつもりはない」
僕の額に、軽く額を合わせる。
「こえ君は、俺の恋人だ。
それを否定させる気も、奪わせる気もない」
独占欲が、
優しさの奥に、確かにあった。
「会社ではルール守る。
でも、こえ君が一人で矢面に立つことは、もうない」
胸が、じんと熱くなる。
「……先輩」
「ん?」
「……守られてばっかりですね」
そう言うと、先輩は小さく笑った。
「じゃあ、その分」
耳元で囁かれる。
「帰ったら、いっぱい甘えて」
顔が熱くなる。
でも、
怖さはもう、少しもなかった。
噂が知られても。
上司に呼ばれても。
この人は、
迷わず僕を選んでくれた。
それだけで、
僕は、ちゃんとここに立てる。