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第八話 亡霊
地下室は、異様な静けさに包まれていた。
積み上げられた帳簿。
埃の匂い。
湿った空気。
その中央に、銀鈴は立っていた。
白い着物姿のまま、静かに朔也を見つめている。
「……本当に、銀鈴なのか」
朔也の声は震えていた。
夢かもしれないと思った。
幻かもしれないと思った。
けれど。
目の前の彼女は、あまりにも鮮明だった。
銀鈴は少し困ったように笑う。
「そんな顔、しないでください」
その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
忘れられるわけがない。
「お前……生きて——」
「違います」
銀鈴は静かに首を振る。
「私は、もう死んでいます」
はっきりと言い切られ、朔也は言葉を失った。
「でも……どうして」
「分かりません」
銀鈴は俯く。
「気づいたら、ここにいたんです」
地下室の灯りが小さく揺れた。
「きっと、未練なんでしょうね」
その言葉が痛かった。
彼女は、もう自分が生きていないことを受け入れている。
なのに。
朔也だけが受け入れられない。
「未練って何だ」
掠れた声で問う。
銀鈴は少しだけ黙ったあと、悲しそうに笑った。
「……言わなくても、分かってるくせに」
胸が強く痛む。
「私は、まだ生きたかった」
小さな声だった。
「あなたと一緒に、吉原の外を見てみたかった」
朔也は目を伏せる。
言葉が出ない。
後悔ばかりだった。
もっと早く身請けしていれば。
もっと早く連れ出していれば。
何度考えても、答えは変わらない。
「ごめんなさい」
銀鈴がぽつりと言う。
「最後まで、一人で抱え込んでしまった」
「……なんで黙ってた」
朔也は拳を握る。
「俺を頼れよ」
「巻き込みたくなかったんです」
銀鈴は真っ直ぐ朔也を見つめた。
「朔也様まで消されたら、耐えられなかった」
その瞳は震えていた。
初めて見る、弱い顔だった。
銀鈴はずっと笑っていた。
苦しくても。
辛くても。
花魁として、美しく。
だからこそ。
今の彼女が、あまりにも痛々しかった。
「銀鈴、お前は何を見つけた」
朔也が問うと、銀鈴の表情が曇る。
「……昔、この店で亡くなった花魁のことです」
「桜、か」
銀鈴は静かに頷いた。
「桜花魁は、病死なんかじゃなかった」
地下室に沈黙が落ちる。
「この場所には、人には見せられない記録が残されていました」
積み上がる帳簿へ視線を向ける。
「女を売った記録。
金の流れ。
消された人の名前」
銀鈴の声が少し震えた。
「桜花魁は、それを知ってしまった」
「だから殺された……」
「はい」
そして。
銀鈴も同じだった。
「私は偶然、この地下を見つけました」
彼女は小さく息を吐く。
「最初は、ただの古い部屋だと思ってた。でも調べるうちに、気づいてしまったんです」
『この店には、秘密がある』
「だから最近、様子がおかしかったのか」
銀鈴は苦笑した。
「隠してたつもりだったんですけどね」
「下手だったな」
「ふふ……そうかもしれません」
少しだけ、昔みたいに笑う。
その笑顔が、逆に苦しかった。
「犯人は分かってるのか」
その瞬間。
銀鈴の表情が凍った。
「……天野屋」
静かな声。
「天野屋清継」
地下室の空気が重くなる。
「でも、あの人一人じゃありません」
「他にもいるのか」
「幕府の人間も関わっています」
朔也は舌打ちした。
想像以上に根が深い。
「私は消される前、“桜ノ間”に呼び出されました」
銀鈴の指先が小さく震える。
「そこで——」
その時だった。
ギシ、と床が鳴った。
二人の動きが止まる。
誰かいる。
地下へ続く階段の上。
気配が増えていく。
「……見つかった」
銀鈴の顔色が変わった。
次の瞬間。
地下室の扉が勢いよく開く。
黒装束の男たち。
刀を持った刺客だった。
「いたぞ!!」
鋭い声が響く。
朔也は咄嗟に銀鈴を庇う。
「下がれ!」
だが。
銀鈴は静かに首を振った。
「朔也様、逃げてください」
「は?」
「私はもう死んでる。でも、あなたは違う」
「何言って——」
その瞬間。
刺客の一人が刀を振り下ろした。
朔也は避ける。
だが。
刃は銀鈴をすり抜けた。
「……っ!?」
刺客たちも目を見開く。
銀鈴の身体は、薄く透けていた。
灯りみたいに、不安定に揺れている。
「時間が、ないみたいです」
銀鈴は少し寂しそうに笑った。
「銀鈴……?」
彼女は静かに朔也を見つめる。
「お願いがあります」
その瞳は、涙を堪えていた。
「真実を、暴いてください」
地下室に風が吹く。
鈴の音が響く。
リン——。
そして次の瞬間。
銀鈴の姿は、淡い光と共に消えてしまった。
「待て!!銀鈴!!」
伸ばした手は、空を掴む。
残ったのは。
甘い香りだけだった。
#切ない
#長編
草凪葉月🌙⭐️🐈⬛@活休中?
コメント
2件
このお話すごいです!! 裏が深く書かれていて、続きが気になる感じです!!!