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白山小梅
12
#借金
* * * *
この日の夕食の時間も、朝食と同じように彼らとは関わらないような場所での仕事にしてもらった。本当ならば顔だって見たくないほどの嫌悪感を覚えていたが、仕事だからそうも言っていられない。心の中では『今日も部屋食にすればいいのに』と文句を言いつつ、自分の仕事をこなしていた。
仕事を終えて部屋に戻ると、奈子が心配そうに声をかけてくる。
「とりあえず明日の午前中にはチェックアウトだから、朝食までの辛抱だね」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「ううん、大丈夫だよ」
「明日の夜からは普段通り頑張りますね」
奈子には今日あったことは話していなかった。心のどこかで宿泊客と出かけたことへの負い目を感じていたからかもしれない。
布団に入ってからもなかなか寝付けず、昴と早紀のことばかり考えてしまう。
私が潔癖すぎるのかしらーーパートナーがいるのに、違う人と関係を持つことが気持ち悪く感じた。
一人の人と添い遂げるなんて、夢のまた夢なのだろうかーー大人になれば、複数の人と関係を持つことが当たり前のように感じる日が来るのだろうか。
付き合っていないとはいえ、好きな人が別の男性と体の関係を持っても傷付かない日が来るとは思えなかった。
昴の握りしめた拳を見れば、ショックを受けていたことは確かだろうーーそれから? 二人はコテージに戻って、話をしたのだろうか。ケンカした? 仲直りをした? また体を重ねた? 考えるだけで胃が締め付けられるように苦しくなった。
どうしてあんな人が好きなのかしら……理解に苦しむ。
暗く静かな部屋の中には、奈子の寝息だけが響き渡っていた。外からは虫の声が聞こえる。空には星が瞬き、地上を明るく照らしていた。
時刻は深夜一時。七香は気持ちを落ち着けようと、まるで星空に導かれるかのように部屋から抜け出した。
従業員用の玄関で靴に履き替えて外に出た七香は、満天の星空を見上げて感嘆の声を漏らした。ここに来てから、夜になると疲れて寝てしまっていたが、今日この星空に気づけたのだから、案外寝つけないのも悪いことでもなかったのかもしれない。
とぼとぼと歩いていると、コテージとペンションの分岐点に差し掛かる。胸がツキンと痛み、息苦しさを感じた。あの時、彼についてコテージに行かなければ、この痛みも不快感も味わうことはなかったはず。再びあの時間に戻れるのなら、きっと真っ直ぐにペンションの方に戻る選択をするだろう。
コテージの方角に目をやると、昴の背中が脳裏に蘇る。そして七香はあることに気がついた。昼間、この道を歩き始めてから、昴は一度として七香の方を見ようとしなかったのだ。アウトレットではあんなに笑顔を見せてくれたのに、ここで見たのは背中だけーーもしかして、顔を見られないようにしていた?
すると七香の中でいくつかのピースがピタリとはまっていくのを感じた。彼は客人が誰かを知っていた。だからコテージに一人で戻ることに不安を覚えて、ついてきてほしいと言ったのかもしれない。
じゃああの時ーーコテージに戻るまでの間、彼はどんな顔をしていたのだろう。近くにいたのに、そのことに気付いてあげられなかった自分が悲しくなる。でもきっと彼はあの人のことが好きだから、必死に自分の気持ちを抑え込んでいたのだろう。
彼はきちんと眠れただろうか。それとも早紀さんと愛し合っている最中かもしれないーーそう思うのに、何故か足はコテージに向かって歩き始めていた。
二人が宿泊するコテージが近くなってくると、昼間に早紀が別の男性とキスをしていたイスに誰かが座っているのが見えて、七香は足を止めた。
「あら、あなた……」
昼間と同じ格好で、片手にお酒の入ったグラスを揺らしている早紀がいたのだ。