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「よう、来たか」
いつもと変わらない声だった。
「ちょっと落ち着いてきたしな。
お前と食事でもしようと思って」
——なんで、いつもと一緒なんだよ。
言わないと決めていたのに、
口が勝手に動いた。
「……したのか」
「ん? なに?」
「殺したのか?
あの兄弟を、エドワードたちを。
俺も殺すのか?
食事? 毒殺か!」
「おいおい、なんだそれ」
短剣を抜く。
だが、腰が引けている。足が震える。
エドワードは、
哀れな獣でも見るような目でこちらを見た。
「お前なあ、知らないだろうが——
俺はエドワードと、この国の戦争を終わらせた英雄だぞ。
そんなへっぴり腰の子供にやられたら、
バッキンガムが大笑いして
貴族中に触れて回るぞ」
「なにもせんから、そこに座れ」
逆らえず、腰を下ろした。
「剣の稽古は続けてるのか?」
「いや……最近は忙しくて」
部屋で震えていたことは、言わなかった。
「俺がエドワード兄弟を殺したって?」
「違うのかよ。みんな言ってるぞ」
「誰がそう言ったんだよ」
「みんなだよ」
リチャードは小さく息を吐いた。
「お前には失望したぞ」
胸が締め付けられる。
「どっから話せばいいんだ……」
彼は椅子にもたれ、少しだけ空を見た。
「あのな。
俺はヨーク朝の正式な王位継承者だ。
議会の承認も得て、国王になってる。
……なんでわざわざ、
妾の庶子を殺す必要があるんだよ」
「……え?」
頭が追いつかない。
「みんな言ってるから有罪だったら、
この世に法律いらんだろ」
その言葉で、
膝から力が抜けた。
「……じゃあ、やってないんだよな」
「ああ」
へなへなと崩れ落ちる。
安心と同時に、涙がこぼれた。
「飯食いながら話そうか」
別室に通された。
白いバラと、白い猪の旗が飾られている。
「いま捜査中だ。
エスカリオ棟は王家の持ち物だからな。
誰も深入りしたがらん」
「ましてや、万が一
国王が関わっている場合はな」
軽く笑う。
「逆に命が危ない」
「……」
「まあ、こっちにとって都合がいい面もある。
痛しかゆしだな」
「でも、失踪したのは事実だ。
誘拐か、脱走か……どっちもあり得る」
「わかる頃には、噂も消えてるだろう」
「最近、連絡なかったのはそれか」
「ふむ」
リチャードがこちらを見る。
カルドは、泣きながら食事をしていた。
「しっかし……もうちょっとなんとかならんのか」
「え?」
「剣だよ。腕というより実戦経験だな」
「傭兵でもやってみるか?」
「もう少しマシになったら、
俺の旗の猪の甲冑を作ってやる。
戦場に連れてってやるぞ」
「……イノシシ君って、なんかかわいいな」
「なんで俺がイノシシ君なんだよ!」
「どうせなら、もうちょっとかっこいいのくれよ!」
「ヴァンガルドには
狼の鎧をまとう“狼将軍”がいるらしいぞ」
「イノシシ君でいいじゃないか。
バッキンガムなんて笑い転げて馬から落ちるぞ」
涙を拭いながら、カルドは笑った。
——よかった。
心の底から、そう思った。
ちなみに猪の鎧をもらう約束は果たされなかった。
カルドは国王即位後、自分で作ったらしい
カルドは後年、
何度もこの日のことを思い返す。
あれほど頭のいいリチャードが、
このとき、たった一つの見落としをしていたことを。
——いや、見落としではない。
本当に、彼はそういう王でありたいと願っていたのだ
その願いが、
彼の目を曇らせていた。
カルドは港へ戻ってから、
剣の稽古に明け暮れ、傭兵ギルドの門を叩いた。
郊外の盗賊のアジトの制圧、海賊の討伐。
金になる仕事は、片っ端から引き受けた。
――リチャードに笑われた。
それが、思ったより堪えていたのかもしれない。
最初は足手まといだった。
だが何度か死線をくぐるうちに、動きが変わった。
勘が働くようになり、引き際がわかるようになった。
気がつけば、小さな集団の先頭に立っていた。
周りは皆、若かった。
戦で土地を失った農民、家を焼かれた者、
行き場のない連中ばかりだ。
だが、小金はあった。
奪い、守り、また奪う。
その繰り返しで、飢えることだけはなかった。
この親分子分の関係は、妙に居心地がよかった。
「傭兵ってのも、悪くねえな」
――いや、違う。
戦が続いたせいで、
農民は二つに分かれただけだ。
盗賊になるか、傭兵になるか。
どちらを選んでも、行き着く先は同じだ。
どこかで斬られて、終わる。
「……やるせねえな」
カルドは、初めてリチャードに手紙を書いた。
剣が上達したこと。
傭兵隊で盗賊退治をしていること。
そして――
貧しい農民たちの現状を、事細かに書き連ねた。
数日後、返事が届いた。
手紙ではなかった。
ぶ厚い本だった。
法律書だった。
最初は一行も読めなかった。
文字は追えるのに、意味が頭に入らない。
それでもカルドは、
読み書きのできる仲間や、街の書記に頭を下げ、金を払い
何日もかけて、どうにか読み解いた。
――そして、こう理解した。
「貧乏人と金持ちが裁判したら、
そりゃ金持ちが勝つよな。……おかしくねえか?」
「貧乏人なんて、理由つけりゃいつでも捕まえられる。
……それもおかしくねえか?」
「もし、そんなふざけた裁判や逮捕があったら――
王に訴えろ」
「俺が出ていってやる」
延々と、それが書いてあった。
カルドは、しばらく本を閉じたまま動かなかった。
――王も戦っているんだなあ。
カルドは金が好きだ。
それは間違いない。
だが――
貧しい者から巻き上げるやり方というか風潮は、嫌いだった。
金がないことが、どれだけ弱いか。
それを、嫌というほど知っていたからだ。