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「へぇ! 橋本さんが宮本さんと一緒に暮らすマンション探しに、そこまで苦労していたなんて。もっと早く、相談してくれたら良かったのに」
橋本がハンドルを握るハイヤーの車中で、仕方なくこぼした言葉を聞いた榊は、ここぞとばかりに満面の笑みを浮かべた。
「俺としては、恭介が住んでるマンションに住みたいところなんだけどさ」
「ですよね。行きも帰りも一緒なら、お互い楽ですし」
「残念なことに、雅輝のデコトラを駐車するところがないんだ」
「あ~、確かに……。近場には見当たりませんね、うんうん」
いつもより反応が淡白な榊の返答に違和感を覚えた橋本が、ルームミラーで背後を見ると、熱心にスマホを弄っている姿が目に留まった。
「おまえ、もしかして地図で探してくれてる?」
「それは10秒前に済んでます。今は駐車場を管理していそうな、顧客に目星をつけてるところで……。チェックするお客様は、わりと限られる感じです。橋本さんの力になることができたらいいんですけど」
(仕事早っ。俺が頼む前に、恭介みずから動きだしちまうなんて)
「恭介、サンキューな。自分の手で探したかったのに、さっぱりうまくいかなくて」
「俺としては橋本さんの行動力に、結構驚いているところですよ」
「何か変なところでもあるのか?」
目の前の信号が、タイミングよく赤になる。橋本は振り返って榊を見つめたら、胸ポケットにスマホをしまうところだった。
「宮本さんと進展するまで、うだうだして時間をかけているのを見ていたから、付き合いも慎重にいくかと思っていたんです。同居するマンション探しに奔走する、橋本さんが意外だなぁって」
「それはただ単に、行き来するのが面倒になっただけだ。それ以上も以下もない」
眉間に皺を寄せた橋本に、榊は意味深な笑みを口元に湛えた。
「またまたぁ、そんな心にもないこと言って。宮本さんを、ひとりじめしたいだけなんでしょ?」
厄介なやり取りになる前にと、橋本は慌てて前を見据え、信号が変わるのを待った。
「そんなんじゃねぇって、そこまで雅輝に 執着してないし」
「執着、いい言葉ですよねぇ。橋本さんは気づいてるんでしょ。宮本さんがどんどん格好よくなってること」
「イケメンの恭介が褒めても、信ぴょう性がないぞ……」
そんなことを言ったものの、橋本自身にも心当たりがあるせいで、語尾にいくにしたがって声が小さくなった。
「はじめて逢ったときの宮本さんと、橋本さんと付き合いだしてからの宮本さんを比較したら、明らかに垢抜けた印象ですよ。優しい性格が雰囲気で伝わるから、女性受けしそうな気もします」
「恭介、何が言いたいんだ。雅輝のいいところくらい、俺だってわかってるのに」
会話の最中に信号が青に変わり、アクセルを踏み込む。橋本は周囲の車の流れを気にしつつ、ルームミラーに映る榊の顔色を窺った。
「ダブルデートしたときは、宮本さんを名字で呼んでいたのに、今は下の名前で呼んでますよね」
「そうだったか?」
「和臣ラブの俺にまで牽制するなんて、橋本さんってばかわいいなぁ」
橋本はハンドルをぎゅっと握りながら、必死になっていいわけを考えた。肯定しても否定しても、宮本にぞっこんだというのを証明しそうで、安易に口を開くことができない。
「……ったく、そんな細かいとこに気がつくなんて。余計なお世話だ、クソガキ!!」
「アハハ。マンション探しに協力しますから、怒った勢いで俺のオデコを叩かないでくださいね」
そろそろ榊が住むマンションに到着する。先手を打ったのか、何かあると教育的な指導になっている、オデコの殴打を止める言葉を告げられた。
「叩かないから真面目に頼む。よろしくな」
橋本はいつものようにマンション前にハイヤーを停車させて、振り返りながら苦笑いを浮かべた。
「よろしく頼まれました。早く橋本さんが宮本さんをひとりじめできるように、精いっぱい尽力しますよ。それじゃあまた明日!」
眩しいくらいの爽やかな笑みを振りまき、車から降り立った榊の背中を、橋本は無言のまま見送った。
(恭介に図星を指されまくりで、頭が上がらないじゃねぇか。和臣くんネタでやり返そうと思っても言葉がひとつも出てこないなんて、情けないにもほどがある……)