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道化師~サーカス舞台裏にて~
「貴方が、本物の・・・。」
<マッドハッター>と名乗るその変人は、手袋をしているのにも関わらず自身の爪を見る動作をする。
「あり得ん! <マッドハッター>など、空想の人物にすぎん!」
「空想か試してみるか?」
団長に不気味なほど尖っている歯を見せて笑う<マッドハッター>。この人が本物かわからないがとりあえずそういうことにしよう。
「さて、これからどうするか鑑賞させてもらおう。」
「な、何を。」
<マッドハッター>は団員が使っているであろうドレッサーに腰をかける。足を組み、周りを見渡すと、ドレッサーの上に誰かが食べたであろうドーナッツを食べ始めた。僕たちは、少し吐き気が押し寄せてきたが、それよりも驚きが勝った。
「んん、少ししけってるな。紅茶はないのかい?」
「お、お前は一体、何なんだ!!」
「だ、団長殿! これ以上騒がれては…。」
パチン!
ドーナッツを食べていた<マッドハッター>は、空いている手で指を鳴らすと、団長の後ろで騒いでいた町長の声が突然聞こえなくなった。
「ちょ、町長殿!」
団長が町長のほうを見ると、彼の口が文字通り塞がっていた。いや、正確には彼の口その物が無くなり、顔を恐怖に歪ませ気絶した。
「これこそ、声にもならない驚きって、ね?」
ドレッサーに座っていた<マッドハッター>は、さっきまで食べていたドーナッツを放り投げて自分自身に拍手を送っていた。
「な、何が起こっている!?」
「何って、<奇跡>だよ。」
<マッドハッター>は、ドレッサーから降りて鋭い靴の音を鳴らしながら団長に近づく。床にはメイク道具などが落ちているがそんなのお構いなしに歩く。
「<マッドハッター>のショーには、礼儀知らずの野次馬はいらないからね。さて、私を名乗って、金稼ぎとは。」
団長は、近づいてくる<マッドハッター>に怯え、僕たちを離した。ずっと、頭を強く握られていたから頭が少し痛かった。
「ま、待て悪かった! 金ならいくらでもやる!」
団長はお金がたくさん入っているであろう袋を<マッドハッター>につき出す。
「これをやるから、こ、殺さないでぇ…。」
普段怒鳴り散らしている団長が、弱いもの虐めにあっている子供のように命乞いをする。しまいには、泣き崩れて<マッドハッター>の足にしがみつくように土下座した。このとき、僕たちは団長の懐からきらりと輝く護身用の拳銃が見えた。
「危ない! <マッドハッター>!」
団長は、懐から取り出した拳銃を<マッドハッター>に向けて、引き金を引いた。
パーン!
サーカスの舞台裏で銃声が響き渡る。表舞台では今ごろ観客の歓声と、団員達の奏でる音楽で盛り上がっているだろう。そのせいで、誰もこの状況に気づけない。
「がははは! 何が<マッドハッター>だ! 所詮はただの変人だ、どんなに魔術を使おうが先手を打ってしまえば造作もない!」
「そ、そんな。」
団長は勝ち誇ったように高笑いをする。しかし、最後に笑うのは悪は悪でも、違う悪だった。
「おいおい、勝手に殺してくれるな。」
死んだと思っていた<マッドハッター>は、そこに立っていた。欠伸をして退屈そうにしていた。
「な!? 生きている、だと!?」
団長は、再度拳銃に弾を込めて発砲した。弾丸は真っ直ぐ<マッドハッター>に飛んでいったが見えない何か、に弾かれて弾丸は床に埋まった。
「何が、起こっていると言うんだ!?」
「…魅せろ、アルマロス。」
ゴゴゴ…。
突然の地響きと共にそれは現れた。草原に生い茂る若草のような緑色の光に包まれ現れたのは巨大な城、を背負った巨大な亀だった。
「か、亀!?」
僕たちはそこに立っているのがやっとなくらいの迫力に負けて地面に両膝をついた。それは団長も一緒である。
「ただの亀じゃない。」
<マッドハッター>は僕たちのすぐ隣に立つと帽子のつばをくいっと直して語る。
「主を護る最強の盾であり、かつて天界にいた天使の名を持つ私の使い魔。それが、このアルマロスだ!」
ギャオォォォォン!!
耳の鼓膜が破れそうなくらいに大きな鳴き声に思わず耳を塞いだ。皮膚や体に雷が走ったようにひりつく。
「私に弾丸が通らないのも、アルマロスのお陰だが…、そんなものなくても私はあんな玩具じゃ死ねないし、死ぬこともないだろう。」
僕たちは一瞬、帽子の影に隠れている<マッドハッター>の曇った表情を見逃さなかった。死ぬこともできない? まさか、この人は。
「まあ、そんなことはどうでもいい。さて、もういいぞ。」
<マッドハッター>が手をパンパンと鳴らすと、アルマロスと呼ばれた巨大な亀は再び発光し、手の平サイズの大きさになった。
「ち、縮んだ?」
「使い魔は、主の魔力によって大きさが変わるんだが、って一人は聞いてないか。」
<マッドハッター>の言う一人、とは泡を吹いて倒れている団長のことだろう。アルマロスは、<マッドハッター>の帽子に乗ると欠伸をして寛ぎ始めた。僕たちは、周りを見るとあれだけ巨大な亀がテント内で暴れたと言うのに、物一つ壊れていない。
「これも、<奇跡>の一つだ。こんなサーカス、放っておいてもそのうち勝手に崩壊へ向かっていく。」
ちゃっかり、団長が持っていたお金の入った袋を持って、ここを去ろうとする<マッドハッター>。
「ま、待ってください!」
「ん?」
僕たちは、その場を立ち去ろうとする<マッドハッター>を呼び止める。ここまで、ただ観客当然に見ていただけだったが、だからこそはっきりした。この人は、本物の<マッドハッター>だと。
「僕も、僕たちも、一緒に連れて行ってください!」
「うん、いいよ。」
「ぼ、僕たちって、え?」
これから、自分は役に立ちますアピールをしようと思ったが、あっけなくオーケイが出たことに間抜けな声が出た。
「ちょうど、団員が足りなくて困っていたんだ。」
「団員?」
<マッドハッター>は、テントを思いっきりめくり、空中にアルマロスを投げる。アルマロスは、主の望む姿を創造し、実現させた。それは、今いるこのサーカスよりも遥かに大きく、飾りも不規則だ。けど、どこか居心地がいい。
「ここは、人為らざるモノが集いしサーカス。そして、君は今日からここの団員であり、私はここの団長だ。せっかくだから、名前をあげよう。」
「僕たちに、名前を?」
今まで、「ピエロ」「クソガキ」「道化師」としか呼ばれなかった僕たちに、名前がつくなんて、こんなに嬉しいことはない。
「そうだなあ。君たちは、魂が二つあり、一つの体だが。やはり、名前は二つあった方がいいだろうな?」
<マッドハッター>は、僕たちを持ち上げて顔をじーっと見た後、ゆっくり床に置くと名前を呼んだ。
「スパイキーとスパイク。」
「スパイキー、とスパイク…。」
「それが、君たちの新しい名前だ。」
最初は不気味に思っていた笑顔は、もう怖くない。むしろ、これがこの人の愛情表現ってやつなのかもしれない。
「さぁ、行こうか。」
僕たちに差し出された手。その手を取らない理由はない。僕たちは、<マッドハッター>の肩に乗り、アルマロスが創造したサーカスに視線を向ける。
「ようこそ、<魔のサーカス>へ!」
僕たちは、<マッドハッター>とともに歩みを始めた。この先に何が待っているのかは、誰もわからないし、神様にもわからないだろう。