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海斗から託された怪文書。今回もまた厄介そうだ。
「拓斗、楽譜は読めるかい?」
「いきなりどうしたんだよ。音楽に触れてこなかった俺が読めるわけないだろ」
「ほら、これを読んでみなよ」
これは、楽譜だ。明らかに楽譜だ。全く分からない。
「なんだ。ピアノでも弾いてみろって言うのか」
「それでも面白そうだけど、まずはこれを文字に変換できるかどうか試さないとね」
「音符が文字に? どうするんだよ」
「音符を文字に置き換える方法は人によって違うけれど、一番考えられるのは、音階で行を、音符の旗の数で段を、付点で濁点と半濁点を、と言ったところだろうか」
俺には音楽用語はさっぱりだ。一から説明を求める。
「うーん、とりあえず解いてくれよ」
「はあ、これは本来楽譜を読めなくても解けるようになっているんだ。だけどまあ、専門用語ぐらいの説明はするよ」
音階とは、音楽を構成する個々の音を音高、つまり音の高さ順に整然と並べた列のこと。音符とは、形によって音の長短、位置によって音の高低を表す記号のこと、らしい。
「なんとなく理解した」
「その他の要素については、その都度説明するよ。最初の小節から読んでいこうか」
「小節ってなんだ?」
「ほら、この五線譜に縦線が入っているだろう? この縦線から縦線までが一小節だ。これを音で読むと、『ミソラミファドファ』、さっき言った通りに文字変換すると、『じゃまするなら』だね」
最初から物騒な物言いだな。これは一年生の教室に貼られていたもの、本来なら三年生だけがターゲットだった。しかし、海斗が探りを入れたことで、危機を感じたというわけか。
「この最初の音符に付いている点はなんだ?」
「これは付点と言うもので、文字変換すると濁点を意味するんだ」
「じゃあ、この二つ目の音符、なんで中が空白なんだ?」
「これは二分音符さ。四分音符が普通の文字の大きさとして、中が塗られていない二分音符を小さい文字に置き換えているんだ」
「お前、すげえな」
単純に尊敬する。友人が音楽をしているところを見たことがないからこそ、余計にどこで学んだんだと疑問に感じる。
「それほどでもないよ。というか、音楽の授業で言っていたじゃないか」
「もう中学の話だろ? そんなの真面目に受けてねえよ」
「どこまでもいい加減なんだから。じゃあ、次の小節にいこうか」
「おう、望むところだ」
まあ、俺が解くわけじゃないんだが、と思った矢先、友人から驚きの一言が返ってきた。
「今度は君が解いてみてくれよ」
「な、なんでだよ」
「せっかく一緒にいるんだから、僕だけで解いてもつまらないだろう?」
「恋人かよ。俺がこういうの苦手なの知ってるだろ」
「いいから、ヒントぐらいは出してあげるさ」
「分かったよ」
さっき友人が解いた怪文書を参考に、まず音を読むことにした。えっと、これは……。
「五線譜の上から二本目と三本目の間が『ド』。そこから上にいくなら『ドレミファソ』、下にいくなら『ドシラソファ』と読んでいくんだ」
「ということは、最初は『ミ』だな」
「正解。さあ、もう解けるだろう?」
「じゃあ、これは『ミレミファファファレ』か」
「その通り。次はこれを文字変換してみよう」
意外と楽しいかもしれない。いや、楽しんでる場合じゃない。真面目に解かなければ。
「なんかこれ、ひげみたいなのがいっぱい生えてんな」
「それは旗だよ。八分音符から付いていて、十六分音符、三十二分音符、六十四分音符、と旗が付くたびに倍々になっていく。文字変換の場合は四分音符が『あ段』、八分音符が『い段』、そこから旗が増えると『う段』『え段』、という感じになっていくんだ」
わざわざ当てはめるとはなんとも面倒くさいことをする奴だ。そもそもこれは、解く側は音楽の知識がなくとも解けるかもしれないが、作る側は音楽の知識がないと作れないんじゃないのか。
「よくやるよ。俺には無理だね」
「そうだね。君に音楽の知識があったところで無理だと思うよ」
「おい、どういう意味だそれ」
「気にすることはない。ほら、もうちょっとだよ」
言われた通りに解いてみると、『ミレミファファファレ』は『わたしがここで』になる。
「解けたぞ。これ、俺にとってはめちゃくちゃ時間がかかるんだが」
「仕方ない、あとは僕が解いてあげるよ」
「ああ、よろしく頼む。これだけで少し頭が良くなった気分だ」
友人のあからさまな苦笑いを見ながら、俺は休憩することにした。
「最後の小節、『レシミレソファファ』は『つぶしてあげる』になるね」
「じゃあ、繋げると……」
「邪魔するなら、私がここで、つぶしてあげる」
「怖すぎる、もう本当に脅迫じゃないか」
友人は二枚目、三枚目もささっと解いてしまった。
「今回はなかなかボリュームがあるね。君も手伝ってくれよ」
「俺はもういいって。俺がやるよりお前が全部やったほうが早いだろ」
「じゃあ、まず結果だけ伝えよう。『ファファソミソソ』が『これいじょう』、『シラファラファレシ』が『ふみこむことは』、『ソファミファドソ』が『ゆるされない』。これが二枚目の解読結果」
「三枚目は?」
「それがね、さっきとはわけが違うんだよ」
確かに、三枚目を見てみると、何かが違う。
「さっきから気になってたけど、この小節のはじめに書いてある記号はなんだ?」
「一枚目、二枚目に書いてあるのはト音記号、三枚目のはヘ音記号だ」
「それ、何か変わるのか?」
「音の位置が変わるんだ。ヘ音記号の『ド』は、五線譜の下から二本目と三本目の間。まあ、多分それは関係ないと思う」
そうだ、これは音ではなく文字だ。ト音記号からヘ音記号に変更した意味が、何かあるはず。
「なんか、見たことないものが……」
「これは四分休符だね。普通なら『一拍休み』という意味さ。さっきまで使われなかった休符が出てきた、これは日本語ではないということかな」
「どうして分かるんだ」
「わざわざ記号を変えてくるのは、多分そういうことかなと思っただけさ。実際、これを同じように解読しても意味の分からない答えになる」
「じゃあ、これは何語だよ」
「英語というのが無難だろうね。簡単にバレてはいけない、だけど分かるようにしなければならない。難しくし過ぎてはダメなんだ」
これの一小節目、四分休符とやらを無視して日本語で解読してしまうと、『ミソラソシ』で『なすりすゆ』となる。本当だ、意味が分からない。
「英語だとして、どうするんだよ」
「色々試行錯誤した結果、AからGが四分音符、HからNが八分音符、OからUが十六分音符、VからZが三十二分音符で表されているんだ」
「じゃあ、最初の『ミソラソシ』は……」
「この四分休符を空白と考えると、『do not』になるね」
二小節目は『ラファソド』、三小節目は『ラファ』、一日でこれだけ読めるようになるなんて思ってもいなかった。これなら音楽の道もありかもな、なんて冗談は置いといて。
「これ、結構頭使うな。解読結果を教えてくれ」
「それは、最後ぐらい君が解いてみたらどうだい」
「おいおい、ここまできて投げ出すのかよ」
「そんなに全て答えを先に言ってしまったら、謎解きの意味がなくなるじゃないか」
「俺がやらなくたって……」
「いや、これは君に解いて欲しがっているんだよ」
そんな大袈裟な。もし友人がいなければ、この怪文書のメッセージが俺に伝わることなんてなかっただろうに、なんでもっと簡単にしておかないんだ。
「はあ、仕方ない。やるかー」
「陰ながら応援しているよ」
益々俺は追い詰められてしまった気がする。