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「…ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ、“鶴蝶”。」
いつもよりずっと怒りが含まれたいざなの荒い口調に眠りを破られる。
「……もし○○に手ェ出したらオマエでも殺すからな。」
まだぼんやりとする視界には、シンプルなガラケーを片手に何か言いたげな表情で宙を睨んでいるいざなの姿があった。だが、その姿はいつもの甘い雰囲気ではなく、時折見る王様を思わせるような強い威圧感で背にはあの赤い服を羽織っていた。
『…いざな?』
今にも閉じてしまいそうな瞼を両手で擦り、布団から体を出す。
その瞬間、服のすき間から流れ込んでくるひんやり冷たい風が皮膚を冷やしていき、そんな冷たい風から身を守るように肩をすぼめる。
もう冬と呼ばれる季節なのだろうか。ずっと部屋の中に居ても、肺を凍らせるような冷たい風が目を覚ますように身体を吹きつけるのをやめない。
「○○?わりぃ、起こしたか?」
あたしに気づいたいざなが手に持っていたガラケーをソファーの端の溝に埋め、そう言う。
『ううん、だいじょうぶ』
ぼんやりとする声でそう言葉を返し、「おはよう」の言葉の代わりにぎゅっと冷えた体を温める様にあたしの体を抱き上げるいざなの肩に顔を埋める。その瞬間、自分と同じシャンプーの香りが鼻先を掠め、そんな些細な出来事にほのかな喜びが水のように胸に溢れる。
「眠いなら寝てていいぞ、まだ夜中だし。」
優しい声と共にあたしに降り注ぐトン、トン、と一定のテンポで感じる背中の鼓動に、強烈なだるい眠気が瞼にのしかかり、瞼が乾いた石のように感じられる。
『んー………』
そんなうとうとと不安定になって来る意識とは逆に、まだ起きていたいという願望が胸に湧きあがり、眠たい体に無理やり鞭を打つ。
『…いざながおきとくならあたしもおきる。』
ゆっくりと埋めていた顔を起こすが、後頭部にはまだ睡気がこびりついている。今にも眠ってしまいそうなほど意識も体もフラフラとするけれど、あたしを抱き上げるいざなの甘く目が釘付けになるような洒落た表情を見れば、そんなしつこい睡魔は一気に飛んでいき、意識が一瞬でクリアになっていく。
「……なあ、○○。」
『なあに?』
少し深刻そうな、そんな何かの覚悟を決めたような固い口調に頭の中で不安の混じった疑問符がぐるぐると乱舞する。
そんなあたしの手を、いざなはぎゅっと強い力で握って言った。
「今日、外出てみるか?」
一瞬、言われた言葉が上手く処理出来ず、全身の肉が棒のようにきょとんと固まる。いざなの言葉はちゃんと耳には届くのに頭の中には入ってこない。
『おそと?』
ぽつりと雨粒のような小さな声で問い返す。
『…いっていいの?』
今までずっと出るな見るなとまで言われていた外の世界。
出たのだって2年ほど前で、もう外の音も匂いも忘れてしまった。
「あぁ。“東京”ってトコに用がある。でも流石にオマエ一人ここに 置いとけねェ。」
きょとんと困惑を表情に滲ませるあたしをあやすように手の甲で撫でながら、いざなが言葉を落とす。
東京。
聞き馴染みのないその言葉がすぅっと風のように耳を横切っていく。
『…とーきょお?とおいばしょ?』
「あー……。まぁ○○基準で考えたら遠いな。」
少し考えるような素振りで告げられたその言葉に妄想に近い不安が沸きあがる。
迷子になったらどうしよう、いざなと離れ離れになったらどうしよう。
そんな思考がぐるぐると脳内を巡り、明るかった心に濃い不安が影を落とす。パチパチと水分を求めるように瞬きを繰り返すと同時に、重く黒ずんだ不安が胸の奥で増え続ける。
「ンな顔すんな、大丈夫。ずっと傍に居るから。」
俯くあたしの表情から不安を読み取ったのかいつもよりずっと甘さと優しさを含んだ声でいざながそう言う。
『…もしもあたしがまいごになっちゃってもみつけてくれる?』
「迷子になんかさせるわけねェだろ」
自信に満ちた声色でそう言葉を落とされ、ぐいっと両手で俯いていた顔を上げられる。その瞬間、宝石のように綺麗で澄んだ紫色の瞳と視線がぶつかる。
「…オレと離れるかもって不安になった?」
からかうような口調でそう告げられ、コクンといざなから目を逸らすように小さく頷く。
「……可愛い」
俯いていた顔をもう一度上げられ、強制的にいざなと顔を合わせる。
ちゅっと触れるだけの軽い口づけをするといざなはあたしを見えない檻の中に閉じ込める様に強く抱きしめた。その拍子に視界がいざなの服の影で真っ暗になり、何も見えなくなる。
「…安心しろ、絶対一人になんてさせねぇから。」
視界も聴覚も嗅覚も、五感のほとんどをいざなで埋められ、あたしの体の中に暖かい喜びが何かの余韻かのように深く残る。
『…えへへ、ありがとぉ…』
へにゃりと気の抜けたような笑みを作るとふと不安が溶け、ほんぼのとした安心感に強張っていた気持ちが雲にでも乗ったように軽くふわふわと浮き始める。安堵からかまたもや眠気が戻ってきてしまい、グラグラと上下に揺れる瞼に隠され、視界が安定しない。
あ、だめだ。寝ちゃう。
必死に保とうとする意識の狭間で、いざなが何かを呟いたような気がした。
「…だからずっとオレのことだけ見てればいいンだよ。」
低く甘く歪んでいて、酷く濁った想いを匂わせるその言葉をとどめに、あたしの意識は途絶えた。
イザナside
「○○?」
プツンと言葉が途切れた○○の顔を覗く。
無防備に可愛らしい年相応の寝顔を晒し、スースーと規則正しい寝息を立てる○○の姿に、寝ているのかと落胆する。
「オレと起きとくっつっじゃねェか」
痣や傷、根性焼の痕が薄くなった○○の白い肌を撫でながらそう、呆れの滲んだ口調で語り掛ける。当然返事はないが。
──「オレのところ来るか?」
薄くなったとはいえ、まだ濃く残ってしまっている○○の肩の痣が視界に入った瞬間、あの時の自分の言葉と○○の姿が耳に蘇る。
──『…うん』
そんなオレの問いかけに、舌ったらずな語呂の回らない声でそう言葉を返したコイツが本当に可愛くて、いっそグチャグチャにして食べてしまいたいという衝動に駆けられたのを思い出す。
○○ももう6歳。初めて会った日から2年が経った。
流石に2年もなればニュースや新聞も落ち着くかと思ったが、現実はそう甘くないらしい。
警察もニュースも懲りずにまだ行方不明者扱いされている○○を探していて、嫌でも厳しい現実を見せつけられる。
オレだけの、ずっとオレ一人だけの○○なのに。
あの親、自分で自分の子供を捨てたくせに。
あんなボロボロになるまで傷めつけやがったくせに。
溢れ出る怒りを抑える様に、奥歯が軋むほど歯を食いしばる。
もしもアイツらに見つかりでもして○○と会えなくなったら、なんて悪い考えが脳裏を横切った瞬間、足元から悪寒が駆けのぼってくるのを感じる。
でも、そんな恐怖ももうすぐで終わる。
──2月22日。全てが変わる。
「ずっと一緒に居るって誓ったもんな?」
抱き寄せた拍子に感じる○○の体温の暖かさに笑みを浮かべながら、そう言葉を落とした。
続きます→♡1000
ごめんなさい久しぶりの学校にメンタル死んでました😿