テラーノベル
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闇に包まれた美術学園の庭園は、夜の静寂の中に静かに佇んでいた。
月光が照らし出すのは、白い大理石のベンチと、そこにぐったりと横たわる一人の少女――リリアン。
「ふふ……本当に、綺麗……」
ステファニーは、感極まったように溜め息をついた。
その手には、かつて繊細なデッサンを描いていたはずの指先ではなく、鈍く光る一枚の小さな刃物(メス)が握られている。
ほんの数ヶ月前まで、彼女の持つ世界は至極単純で、そして平穏だった。
完璧なデッサン、寸分の狂いもない構図、端正な色彩。美術学園で「天才」と称えられていたステファニー・バレンタインにとって、完璧で整った美こそが世界の全てであり、芸術の正解だったのだ。
あの日、この庭園でリリアンに声をかけられるまでは。
――『上手だけど、それは本当の芸術じゃない』
絵壇の期待を背負うステファニーに向かって、リリアンは静かに、けれど明確に言い放ったのだった。
『完璧なものは、どこか退屈よ。歪みの中にこそ、人間しか作れない真実があるんじゃないかしら』
その言葉は、ステファニーの胸に鋭い杭のように刺さった。
最初こそ戸惑い、反発したものの、リリアンと過ごす時間の中で、ステファニーの価値観はジワジワと侵食されていった。整えられた美の裏側にある、崩れた形、歪んだ感情、完璧を損なう一筋の狂気――それらを知った時、彼女の世界は色鮮やかに塗り替えられたのだ。
(リリアン、あなたが私に教えてくれたのよね。この世界で一番美しいものを)
ステファニーは、眠り薬で深く眠る親友の身体を見つめた。
彼女の素晴らしい教えに対する「恩返し」をしなければならない。自分の全てを注ぎ込んで、リリアンに「真の芸術」を贈らなければならない。
彼女は迷いなく、刃を振るった。
悲鳴すら上げられない深い眠りの中で、リリアンの肉体は、ステファニーの手によって徐々に「歪な形」へと作り変えられていく。
血の匂いが庭園の花香を塗りつぶし、月光がその惨劇を残酷に照らし出す。ステファニーの瞳には一点の悪意もなく、ただただ初恋の絵を描き上げた時のような、純粋で無垢な恍惚だけが宿っていた。
やがて、作業が終わる。
「……できたわ。私の、最高傑作……!」
薬効が切れ、激痛とともに目を覚ましたリリアンが目にしたのは、自分の変わり果てた姿だった。
呼吸をするたびに襲いかかる歪んだ痛みに、リリアンは息を呑み、そして声にならない絶望の絶叫をあげた。目からボロボロと溢れ落ちる涙。恐怖に震える瞳。
それを見たステファニーは、無邪気な笑顔を浮かべた。
「どうして泣いているの、リリアン? あなたが教えてくれたんじゃない。これが……これこそが、本当の『芸術』でしょう?」
しかし、リリアンの瞳に宿っていたのは感動ではなく、自分を人間として見ていない狂気に向けられた、底なしの恐怖と拒絶だった。
その瞬間、ステファニーの中で「何か」が可憐な音を立てて砕け散った。
(……あぁ、そうか)
ステファニーは悟った。
どれだけ言葉を重ねても、どれだけ美を追求しても、この領域に達した自分を理解できる者は、もうこの世界に誰一人として存在しないのだと。
自分は、もう普通の人間には戻れない。
完璧だった「ステファニー・バレンタイン」という可憐な少女は、親友を最高傑作へと変えたこの夜、永遠に死んだのだ。
「さようなら、リリアン。私に本当の美を教えてくれた人」
ステファニーは血で汚れた手を愛おしそうに親友の頬へ添えると、静かに背を向けた。
彼女は学園の美術室へと忍び込み、道具箱の奥から不気味な「ドクロの面」を取り出した。それはかつてモチーフとして置かれていた、無機質な死の象徴。
揺れる水色の髪を隠すように漆黒のローブを深く羽織り、可憐な素顔の上にドクロの仮面を装着する。
鏡の中に映っていたのは、もはや甘美な名を持つ少女ではない。
自らの手で運命を折り曲げ、闇へと堕ちた一人の死神。
「……今日から、私は『ステファン』」
仮面の奥から漏れ出た声は、低く、冷たく、どこか壊れたオルゴールのようだった。
「歪みなの。この世界も、私の存在も……すべて、歪んでいるのだから」
彼女は歪んだ形状のナイフを一本手に取ると、夜の闇へと姿を消した。
こうして、暗殺組織の闇の中に、一つの噂が流れ始めることになる。
ドクロの仮面を被り、漆黒のローブを纏う狂気の暗殺者――「歪なステファン」。
彼女は今も、夜の街でナイフを振るい続けている。
絶望し、歪んでいく標的の姿に、かつて生み出した「最高傑作(リリアン)」の影を追い求めながら。
けれどどれほど血を流そうとも、その飢えが満たされる日は、永遠に訪れないのだ。
コメント
1件
読み終わりました……静かな夜の美術学園から、一気に闇に堕ちる展開、すごく引き込まれました。 完璧な美を追い求めていたステファニーが、リリアンの言葉で「歪み」の魅力に目覚め、そのまま親友を自らの作品に変えてしまう——その狂気が純粋で無垢な恍惚として描かれているのが、逆に恐ろしくて美しかったです。 最後の「ステファン」としての決意、もう戻れない自分の選択を受け入れた姿に、胸が締め付けられました。 エコさんの描くダークな世界観、すごく好きです。また続きを読ませてください🌙
#SF
山根利広
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