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十二日の金曜、真尋は学校で担任に会い、父親の電話の中身と日付を記録してもらった。担任は「結衣さんは、元気です」ともう一度言った。
十二月十五日、月曜。恭平からの封筒は、来なかった。
先月は二十五日に来た。十二月分として、八万円。真尋は十五日の夜、恭平にメッセージを送った。『十二月の生活費は、どうなりますか』。
返事は、十分後に来た。
『先月渡した分で足りるだろ』
真尋は、その文字を家計簿に写した。『12/15 恭平「先月渡した分で足りるだろ」。12月分の追加なし。0円』。
内藤の言葉を思い出していた。ゼロも数字です。
八万円は、食費と結衣の分で、もう半分以上使っている。真尋の十一月のパート代は十一万円。週五になった十二月の分は、一月の末に入る。光熱費は、十一月分から真尋の名義に替えた。電気もガスも、新しい契約にして、引き落としは自分の口座。恭平が「俺が払う」と言ったものを、恭平が払わなくなる日に備えて、先に動かした。
真尋は、家計簿の十二月のページを、書き直した。
食費、四万円。結衣の給食費、四千三百三十円。学用品、二千円。携帯、五千円。光熱費、一万八千円。灯油。結衣の冬靴。
スイミング、六千五百円。
真尋は、その行の上で、ペンを止めた。
「結衣」
隣で宿題をしていた結衣が、顔を上げた。
「スイミング、しばらくお休みにしていい? 一月から」
結衣は、少し黙った。
「お金、足りないの?」
「足りなくはない。でも、今は、一つ減らしておきたい」
「いいよ」
結衣は、鉛筆を置いた。
「お母さんと走る。土曜の朝。前に、公園で走ったみたいに」
「走ろう」
真尋は、スイミングの行に線を引いて、横に『1月〜 休会』と書いた。
結衣は、ランドセルから新しいノートを一冊出した。表紙に、鉛筆で、大きく書く。
『おこづかいちょう』
「何、それ」
「お母さんと同じ。おこづかい、もらったら書く。使ったら書く。おばあちゃんにもらった五百円、まだ使ってないから、五百円って書く」
結衣は、一行目に『12/15 おばあちゃん 500』と書いた。日付の書き方が、真尋の家計簿と同じだった。
「合わなくなったら、どうするの」
「合うまで調べる」
真尋は、笑った。久しぶりだった。
結衣は、二行目に『12/15 つかった 0』と書いた。ゼロも数字です、と内藤が言ったのを、結衣は知らない。知らないのに、同じことをした。
水曜の午後、丸正食品の社長が事務所に来た。
十一月に来たときより、顔色がよかった。専務の件は、身内で話をつけて、専務が会社を離れたと聞いている。
社長は、神谷と応接の小部屋で三十分話し、出てくると、事務室の真尋の机の前に立った。
「篠原さん。これ」
封筒を出した。デパートの商品券の、封筒だった。
「あのとき、気づいてもらわなかったら、うちは年を越せんかった。これは、会社からじゃなくて、私から」
真尋は、立った。
「受け取れません。私は事務所の仕事をしただけです。神谷税理士事務所の顧問料の中に、入っています」
「そう言うと思った。でも」
「受け取れません」
社長は、封筒を持ったまま、困った顔をした。
神谷が、後ろから手を出した。
「社長。私が預かります」
「所長さん」
「事務所で受け取って、事務所で処理します。篠原さんに直接ではなく」
社長は、少し考えてから、封筒を神谷に渡した。
「それなら。所長さん、年末、よろしく」
神谷は社長を、ビルの入口まで見送った。
戻ってくると、神谷は真尋の机の上に、封筒を置いた。
「事務所の経費で処理した。業務だ」
「所長」
「顧問先からの謝礼は、事務所が受けて、事務所が担当者に渡す。それだけだ」
神谷は所長室に入った。扉が閉まった。
大久保が、湯呟みを置いて、閉まった扉に向かって言った。
「所長。嘘ついたでしょ。商品券を経費で処理できるわけないじゃない。帳簿、私がつけてるんだから」
中からは、何も返ってこなかった。
大久保は、真尋を見て、笑った。
#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

1,510
木風
791
#サレ妻
都築七美
1,141
「真尋さん。もらっておきなさい。あの人、嘘が下手なの。下手なのに、つくの」
真尋は、封筒を持った。三万円分、入っていた。
家計簿の九冊目を開いて、書いた。
『12/17 商品券 30,000(丸正の社長→所長→私)』
括弧の中が、長くなった。
金曜。
五時に上がって、学童で結衣を迎えて、家に着いたのは五時五十分だった。
玄関の前の郵便受けを開ける。チラシが三枚。電気の検針票。それと、白い、長い封筒。
宛名は、恭平だった。
差出人の欄に、会社の名前が印刷されている。『アルバ住宅株式会社 総務部』。
その下に、小さく、赤い字で。
『経費精算に関する確認のお願い(在中)』
真尋は、封筒を持ったまま、玄関の灯りの下に立った。
一か月半前、同じ場所で、同じ灯りの下で、保険会社のはがきを読んだ。
宛名は恭平だ。恭平の勤め先からの、恭平への手紙だ。真尋が開けるものではない。
真尋は、封筒の表を写真に撮った。裏を返して、封の部分も撮った。
経費精算。
恭平の車の、青いファイル。経費精算書の控えの束。真尋は、その束の表紙を撮っただけで、中を読んでいない。
「お母さん、寒い」
「ごめん。入ろう」
真尋は、封筒を手提げに入れた。開けずに、恭平に渡す。それが筋だ。
ただ、日付と、差出人と、赤い字は、もう写真に残っていた。
コメント
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エピソード第15話、読み終わりました。静かで、でも確かな強さがあって、とても好きな回です。 真尋がスイミングの行を線で消して「休会」と書き、結衣が同じノートを出して「おこづかいちょう」と書く——あの並び、何度も読み返してしまいました。数字を書き、ゼロも数字だと知らないまま同じことをする親子の姿に、じんと来ました。 商品券のくだりも良かった。神谷所長の下手な嘘と、大久保さんの「もらっておきなさい」が、ちゃんと真尋を支えている。最後の封筒の構図、あの灯りの下でまた違う手紙が届く感じ、続きが気になります。真尋が写真に残した「経費精算」という赤い字、どう転ぶんでしょう。