引き続きハヤト=ライデンである。我輩が口にしたアークロイアルという名前は、早速目の前の少女の興味を引いたようだ。
「ライデン会長、アークロイアルとは?」
「うむ、先日完成したばかりの最新鋭艦である。スクリューシャフトを搭載し、風がなくとも帆船とは比べ物にならぬほどの速力を発揮する。無論、装備としても90門戦列艦を参考にしておるので攻撃力も絶大である」
まあ、石油さえあればより高性能な蒸気タービン搭載の本格的な軍艦を建造できるので、アークロイアルとて我輩の中ではとっくに旧式鑑なのであるが。
とは言え今現在の帝国ではまさに最強クラスの軍艦であることは確かである。
「それは凄い。そんな船を売っていただけるのですか?」
ほら、やはり食い付いてきた。疑問よりも新技術に対する期待が表に出ている。見ていて心地が良い。
「石油を売ってくれる見返りである。ただし、軍艦である以上値段については妥協せぬが」
「おいくらで?」
「割り引き価格で星金貨百枚。これ以上は安くならん」
開発費などを考えれば随分と割り引きを効かせたものである。しかし星金貨百枚は大金だ。とても払えるような金額ではあるまい。値段交渉をするにしても、それによりこの会談の主導権を握れる。
まあ、石油の無償提供と引き換えに分割は認めるつもりだ。力関係も優位となるだろう。
「分かりました、すぐに用意します。セレスティン」
「御意」
「は?」
星金貨百枚をすぐに用意する!?星金貨一枚は、日本で言えば十億程度の価値がある。つまり一千億円を請求したのだぞ!?
それをあっさり!?即決で!?
『ライデン会長』
はっ!?レイミ嬢が日本語を!
『言った筈ですよ、お姉さまを侮るなと。お姉さまは規格外なのです、この程度では動じませんよ』
『規格外にもほどがあるわ!』
「レイミ、その言葉は?」
「東方の言葉です。ライデン会長もご存知なのだとか」
「う、うむ」
「そうでしたか。内容は?」
「お姉さまは大変可愛らしいと話していただけです。直接言うのは恥ずかしい様子でしたから」
「そうなのですか?私よりレイミを見るべきだと考えますが」
明らかに誤魔化したのに、あっさり信じおったぞ!?
そうしていると、老執事が大きな袋を抱えて戻ってきた。
「お嬢様、こちらになります」
「ありがとう。ライデン会長、枚数をご確認ください。星金貨百枚です」
「う、うむっ!ダイロス!」
「はっ!」
皆さんごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。
お姉さまに最新鋭艦をちらつかせ大金を請求して主導権を握るつもりだったライデン会長達の狼狽ぶりは、見ていて心地良いものです。
確かに星金貨百枚は大金ですが、農産物の販売による莫大な利益。そしてなにより南方との密貿易は恐ろしいまでの利益を叩き出しています。私も先日話を聞いて腰を抜かすかと思いましたからね。
だって今回の密貿易、三回目でしたか。その利益だけで星金貨千枚に相当します。日本円だと一兆円ですよ。
どうすればそんな利益が出るのか聞いてみたいものです。
「会長、確かに百枚あります。偽造通貨でもありません……」
ダイロスさんも唖然としていますね。
「ご確認いただけて何よりです。これで商談成立と見て構いませんか?ライデン会長」
「……認識を改めよう。君は最新技術に対して出費を惜しまないようだ」
「はい、最初に申し上げた通りです。より大きな利益のためなら投資を惜しむつもりはありません。以後も新兵器などは有用と判断できたならばお金は惜しみませんよ」
「うむ……何が君をそこまで駆り立てるのだね?今現在の装備だけでも暗黒街では最強クラスであろう。下手をすれば正規軍並みである」
「より強い力を求めています。この世界は意地悪なので、私から大切なものを奪おうとするんです。だから、護るためには常に強大な力をつけねばなりません」
「果てしない軍拡は限界を招いて身を滅ぼすことになるぞ?」
「承知しています。だから、破滅するより先に私の敵を破滅させるだけです。今回の抗争でまだまだ力が足りないことを痛感しました。更なる組織強化のために、『ライデン社』とは今後もより良い関係を望みます。石油はお約束通りそちらの提示した半額で提供しますから、存分にお役立ててください」
あっ、お姉さまが笑った。
ハヤト=ライデンである。今この瞬間我輩は理解した。この少女は、商談をしているのではない。石油を半額で提供するのは、我輩の歓心を買うためでもない。
この少女は石油販売による利益ではなく、その石油を用いて我輩が開発するであろう新兵器を望んでいるのだ。
……シャーリィ=アーキハクトは我輩と友好を結びたいのではない。我輩が発明する強力な兵器が欲しいのだ。儲けるためではない、組織をより一層強くするための手段として見ているのだ。
……面白いではないか。我輩の理論が、学んできたことが正しいと証明される絶好の機会である。この少女に最新兵器を惜しみ無く供給し続ければどんな結果を招くか。我輩はそれを見てみたい。
「良かろう。代金は確かに受け取った。数日以内にアークロイアルをこちらの港湾に回す。それに、これから我が社が開発する兵器のサンプルを完成次第そちらに回す。試験を君たちに任せたい」
「お任せください、有用なデータの収集を約束します」
我々は双方立ち上がり握手を交わした。あらゆるものをどんどん吸収して利用するであろうこの少女に対して、この決断が正しかったのかは分からん。だがひとつ確かなことは。
「これでより組織を強くすることができます」
「私も吟味させてくださいね、お姉さま」
「もちろんです。何が必要で何が不要なのか、それはみんなで見極めていきましょう」
この妹と笑顔で語らう少女は帝国に激震を走らせる存在となる。そして、それらは我輩の開発した武器によって成される。歴史上の偉人達が見つめた瞬間を、我輩も特等席で鑑賞させて貰うとしよう。
……それはさておき。
「農産物の購入も継続して行うので融通を効かせてくれたまえよ?」
「もちろんです、優先して卸させて貰いますよ。輸送などの費用は此方で持ちますから」
「うむ、楽しみである」
我輩の好物もしっかり確保せねばな。これは別問題なのである。
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