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ふわり。
何かが優しく頭を撫でる感触がして、それにつられるようにふっと意識が浮上した。
目を開ける。と、たちまち眩しい光が飛び込んできて、反射的に瞼を下ろす。ゆっくりと瞬きしながら目を慣らそうとしていると、その眩しさからおれを守るみたいに、人影が光を遮った。
「あ、めめ、起きた?」
「……阿部ちゃん……?」
視界に飛び込んできたのは、ただいま絶賛おれの片思い中である相手の顔。
阿部ちゃんが楽屋の照明を背に、優しく微笑みながらこちらを覗き込んでいる。
ああ、今日も可愛いな。目が覚めて一番に見るのが好きな人だなんて、これ以上ない最高の目覚めじゃないか?
「おはよう。ぐっすり寝てたね」
「うん……」
日の出前から撮影だったんだよね、お疲れさま。そう言いながら頭を撫でてくれた、その感触は今しがたおれを眠りから引き起こしてくれたものと同じだった。
彼の言うとおり、今日おれは太陽が昇る前の時間から始めないといけない撮影があり、昨晩から(といっても帰宅したときはすでに日付が変わっていたのだが)三時間ほどしか睡眠時間を取れていないままで稼働していた。そのあとにこれから始まるメンバー全員での冠番組の収録があるのだが、早めに入れたのでついでに仮眠を取ってしまおうと楽屋に着くなりソファに横になって、すぐに落ちてしまった。俺が寝ている間に阿部ちゃんも来たのだろう。どうやら俺と阿部ちゃん以外のメンバーはまだのようで、楽屋はおれが着いたときと変わらず静かだった。
阿部ちゃんはグループの共有カレンダーを毎日こまめにチェックして、メンバー全員のスケジュールを変更も含めて把握している。マネージャーすら感心するほどだ。そして、ハードなスケジュールをこなしているメンバーをこんなふうに労ってくれる。彼自身も多忙で、内容的にも大変な仕事も多いというのに。そんな阿部ちゃんの優しさやまめさは彼の持って生まれた気質で、特別おれだけに向けられているものではないけど、それでも嬉しくて心が温かく弾む。
時計を見ると、もうそろそろ他のメンバーたちが揃い始めるだろう頃合いだった。せっかく阿部ちゃんと二人きりなのに、今の今まで眠りこけていたなんてもったいない。少しでも話したいと思ってソファから体を起こしたところに、阿部ちゃんが「めめ、」と言いながら自分の頭をちょんちょんと指さした。
「出てるよ」
「……え、あ、えっ、マジ?」
連日の仕事に今日の撮影で疲労が溜まっていたせいか、睡眠中すっかり気を抜いてしまっていたのだろう。
指摘され、慌てて耳と、一緒に出てしまっていた尻尾をしまう。阿部ちゃんは「他の人たちがいなくてよかったけど、気をつけなよ」と微笑った。うん、と大きく頷いたおれの耳に――この耳というのは普通に人間に備わっている耳のことだ――がやがやと騒がしい数人分の話し声と足音が聞こえてくる。そしてそれ以上の会話を挟む暇もなく楽屋のドアが開き、見慣れた顔たちがどやどやとなだれ込んできた。
「おっちー! おっ、阿部ちゃんと蓮もう来てたんだ!」
「おーっす」
「おはよーう」
「おはよう、佐久間、翔太、ふっか」
「おはよう」
入ってくるなり「阿部ちゃん、聞いてよ」と絡み始めた佐久間くんのところへ阿部ちゃんが行ってしまい、代わりに阿部ちゃんが座っていたところへしょっぴーが「あ〜眠い」と言いながら腰を下ろした。
皆が来る前に阿部ちゃんと話そうというおれの目論見は儚くも敗れ去ったわけだけれども。
――阿部ちゃん、見えるんだ。
驚きの事実におれはしばらく呆然としていた。
隣に来たのがしょっぴーでよかったかもしれない。彼とは特に会話らしい会話をしなくても気まずくならないし、とりわけ今のしょっぴーは非常に眠そうなので放っておくのも自然に見えただろうから。
この世には二種類の人間がいる。
動物性を持つ人間と、持たない人間だ。
生まれつき、人間ではない他の動物の特徴を宿していること。それが俗に言う動物性である。
動物性を持つ人間は、通常だと見た目も言動も動物性を持たない普通の人間と変わりない。しかし、特定の条件下で動物性が発現すると、持っている動物特有の形質が身体や行動に現れる。例えば体に耳や尻尾や翼が生えたり、フェロモンを発したり、それに惹かれたり、といった具合だ。
そして一番重要なこと。
動物性を持つ人間に現れる形質は、動物性を持つ人間にしか見ることができない。
つまり、動物性を持つ人間の体に耳や尻尾が生えていても、動物性を持たない人間にはそれが見えず、普通の人間と変わらないように見える。動物性を持つ人間が発情して普段と異なる言動を取っていても、動物性を持たない人間にはその人が睡眠不足や体調不良などで様子がおかしいように見えてしまう。
だから、動物性を持たない人間には、動物性を持つ人間が区別できないのだ。
動物性の有無や、何の動物を宿しているかは、非常にセンシティブな事柄とされている。まともな人であれば、他人が動物性を持っているかどうか聞いたりしない。動物性にまつわるあれこれを詮索するなんて失礼千万だ。と同時に、動物性を持つ人間は人前でそれを顕すことが無いよう厳しく教えられる。動物性は遺伝性だが発現するかは人によるし、発現する動物の特徴も実際に出てみないとわからないので、動物性の有無や宿している動物を偽る人も多い。この動物は人殺しだの、淫乱だの、とんでもない言いがかりをつけられたりひどい扱いをされることだってあるのだ。
動物性を持つ人間の割合は公に発表されたり統計が取られたりしてはいないものの、聞いたところだとだいたい人口の二、三割くらいらしい。数は少ないけど珍しいと言うほどでもない。つまり、おれたちのグループに何人かいてもおかしくない。そして、これまでのところ他のメンバーが動物の形質を顕したこともおれが知る限りは無いから、確実なのはおれと阿部ちゃんだけ。
何だか、おれと阿部ちゃんの間に二人だけの秘密が生まれたみたいだ。
もちろんそんな呑気な話ではないし、それ以上のことをあべちゃんに聞けるわけもないけれど。
「そろそろ始まるよー」
いつの間にか楽屋には全員が揃っていて、番組のスタッフから連絡を受けたらしい岩本くんが声を掛ける。
それに「はーい」と明るく返事をする阿部ちゃんを、つい目で追ってしまう。
隠したはずの耳がぴこぴこと動き、尻尾が揺れる、ような感覚がした。
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