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『とまり木』での騒動から2日が経過した。 私とリズはルーイ様が心配だったこともあり、頻繁に店の方へ様子を見に行ったが、特に何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。
「ルーイ様、ユニレーム商会からその後連絡はありましたか?」
「いいやー、今のところなんもないね」
「そうですか……」
何事もないのならそれに越したことはないけど、ルーイ様がユニレーム商会宛に出した手紙についてはどうなったのだろう。クライヴさんが直接届けに行ったのだから、間違いなく相手側の手に渡っているはずなのに……
「あのサイラスとかいう男もあれ以来姿を見せていないし、もうしばらく様子をみてみよう。こっちから特にすることはないよ」
心配しなくても大丈夫と、ルーイ様は笑った。現在彼はお菓子作りの真っ最中。意識がそちらに向かっているため、私への返事は少々おざなりだった。
カシャカシャというリズミカルな泡立て器の音。ボールの中でバターと砂糖が混ざり合い、白っぽくふんわりとした状態へと姿を変えていく。作業台の上には下ごしらえされた栗が並んでいた。これは一昨日クライヴさんから貰ったものである。この栗をどうやって食べようかと悩んでいたルーイ様だったけど、パウンドケーキにすることが決定したそうだ。鼻歌をうたいながら手際良く作業を進めていくルーイ様……とてもご機嫌だ。
「ルーイ様、お手伝いしましょうか?」
「サンキュー。それじゃあ、そこの栗を包丁で粗めに刻んでくれる?」
「はーい」
出会った当初は料理はおろか、掃除すらろくにできなかったのに……
今ではどちらもひとりで難なくこなしている。人は変わるものだ。いや、ルーイ様は人ではなく神様だけど。いずれにせよ、セドリックさんの指導の賜物であるな。
私は戸棚の中からエプロンを取り出して身に付けると、ルーイ様の隣で作業を開始した。
「ところで、今日はリズちゃんはいないの? パウンドケーキご馳走したかったのに……」
「リズはモニカから用事を頼まれていて、それが終わってから来ますよ」
「そっか、なら良かった。クライヴ君にもケーキあげたいけど……次はいつ来るかなぁ」
栗をお裾分けしてくれたのはクライヴさんだ。私たちの中で最もパウンドケーキを食べる権利がある人と言ってよい。とはいえ、彼も忙しいのでケーキのためだけに呼び付けるわけにもいかない。
「なんだったら私が届けましょうか。クライヴさんの三番隊は今、リザベット橋の警備担当ですから。詰所の方に行けば会えるはずです」
「助かる。じゃあ、お願いするわ。あっ、詰所に行くならついでにネルとティナの様子を見てきてくれる?」
「了解です」
「お仕事のほうも頑張ってるってシャロンさんから聞いたからね。ふたりの分のケーキも用意するから渡してあげて」
ネルとティナ————
6年前……リアン大聖堂での一件で保護した少女たちだ。彼女らは現在軍の詰所で生活をしている。
出会った当初の彼女たちには強い催眠術がかけられており、非常に不安定な状態だった。それでも月日の経過により術の効果は薄れていったようで、今では私とも普通に会話ができるほどに落ち着いている。監視が必要な立場とはいえ、拘束されているわけではないので、詰所内で清掃などの簡単な雑用仕事を手伝っているらしい。
「詰所には『ラリー』で行くのを忘れるなよ」
「もちろん。『とまり木』以外の外出はラリーの姿の方が気楽なんです。言われずともあの格好で行くつもりでした」
「あんまり『ラリー』を乱用するのもどうかと思うけどね。本来の自分の立場を忘れちゃダメだよ。クレハの姿のままで意見や主張がしっかりとできるようにならないとだぞ」
「わ、分かってますよ。一応自分なりに使い所は考えてますから」
「それならいいけど……よし! あとはこれを窯で焼いて出来上がり。40分くらいかな。お茶飲みながら待ってようぜ」
水瀬葵
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ルーイ様の鮮やかな手腕によりパウンドケーキ作りはあっという間に終わってしまった。これでも本人は素人だから大したことないと言い張っている。彼に料理を教えたのはセドリックさんで、比較対象も彼だから無理もないか。何はともあれ出来上がりが楽しみだ。
「ごめんくださーい」
私とルーイ様が飲み物の準備をしていると、裏口の方から女性の声が響き渡った。この声はリズだ。モニカの用事は無事に終わったようだ。私はテーブルの上に並べていたティーカップを、二人分から三人分へと変更した。
「クレハ様、お待たせ致しました。ルーイ先生も、こんにちは」
「こんにちは、リズちゃん。ずいぶんと急いで来たみたいだけど、どうしたの?」
リズは額に薄っすらと汗をかいている。息も僅かだか乱れているので、ここまで走ってきたのだろう。彼女には熱いお茶よりもまずは冷たい水を出してあげた方がよさそうだ。
「リズ。はい、お水どうぞ。そんなに慌てて……もしかして家で何かあったの?」
「あ、ありがとうございます。お家の方に問題はありません。クレハ様と先生に急いでお知らせしたいことがあったもので……」
リズはスカートのポケットに手を入れる。そこから白い紙のようなものを取り出すと、私の方へ差し出した。
「ついさっきお屋敷に届いたのです。クレハ様へ……レオン殿下からのお手紙です」