テラーノベル
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「終わんない……。」
長瀬ゆきは机に突っ伏した。
目の前には報告書の山。
結び屋に入ってから何度見たか分からない光景だった。
「帰りたい。」
「まだ昼だぞ。」
向かいの席で綾橋一樹がペンを走らせる。
「帰りたい。」
「働け。」
「嫌だ。」
「働け。」
即答だった。
ゆきは机に額をぶつける。
その時、扉が開いた。
「おはよう。」
入ってきたのは齋藤臨時だった。
「遅い。」
「ちょっと寝坊した。」
悪びれた様子もなく椅子に座る。
「何してんの?」
「報告書。」
「うわ、地獄。」
「お前もやるんだよ。」
「聞かなかったことにする。」
一樹がため息をつく。
「都合が良すぎる。」
「人生それくらいが丁度いいんだよ。」
臨時は笑った。
うるさく騒ぐわけじゃない。
でも、いるだけで空気が少し軽くなる。
昔からそうだった。
ゆきが落ち込んでいる時も。
一樹が機嫌悪い時も。
気付けば臨時が何か話して、気付けば元通りになっていた。
「そういや昼どうする?」
「食堂。」
「夢がないなぁ。」
「腹に入れば同じじゃん。」
「若者の発言じゃないな。」
「臨時も若者でしょ。」
「俺はまだいける。」
「何が。」
「気持ちが。」
一樹が呆れた顔をする。
ゆきは少し笑った。
平和だった。
いつも通りだった。
その時。
臨時のスマホが鳴った。
画面を見た瞬間、臨時の表情がほんの少しだけ変わる。
「もしもし。」
いつもより静かな声。
「うん。」
「分かった。」
「今から行く。」
通話が終わる。
臨時は立ち上がった。
「悪い、今日は帰る。」
「何かあった?」
ゆきが聞く。
「母さん。」
臨時は軽く肩をすくめた。
「ちょっと体調悪いらしい。」
「大丈夫なのか?」
「まあ、いつものことだしさ。」
そう言って笑う。
「俺が行けばなんとかなるから。」
それだけ言って、臨時は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
しばらく沈黙。
「昔からだなぁ、ホント。」
一樹がぽつりと呟いた。
「何が?」
「何かあるとすぐ笑う。」
ゆきは少し考える。
確かにそうだった。
小さい頃から、臨時はあまり弱音を吐かなかった。
転んでも笑う。
怒られても笑う。
泣きそうな時でも笑う。
「なんでだろ。」
ゆきが呟く。
一樹のペンが止まる。
「さあな。」
それ以上は言わなかった。
その頃。
臨時はスーパーで買い物をしていた。
野菜、肉、牛乳、卵。
慣れた手つきでかごに入れていく。
薬局にも寄る。
薬を受け取る。
そのまま古いアパートへ帰る。
「ただいま。」
部屋の奥から小さく返事が聞こえた。
臨時は安心したように笑う。
「今日カレーな。」
台所へ向かい、手際よく準備を始める。
包丁を握る手は慣れていた。
昔からやってきたのだろう。
誰かのために、自分ができることをやる。
ただそれだけ。
夜。
ベランダで缶コーヒーを開ける。
静かな空。
誰もいない。
笑う必要もない。
それなのに、臨時の口元は少しだけ笑っていた。
癖みたいに。
ずっと昔から。
「はぁ……。」
小さく息を吐く。
そして、誰にも聞こえない声で呟いた。
「俺がちゃんとしないとな。」
翌日。
結び屋の扉が開く。
「おはよう。」
いつもの声。
いつもの笑顔。
ゆきは思わず笑った。
「今日はちゃんと朝だな。」
「頑張った。」
「偉い。」
「もっと褒めて。」
一樹が呆れたように言う。
「うるさい。」
臨時は笑った。
いつも通りに。
まるで何もないみたいに。
だけどその笑顔の裏側を、ゆきは少しだけ気にしていた。
~雑談~
最近「夜桜さんちの大作戦」という作品にハマっています。
元々、原作から読んでいて、2年前のアニメも今もリアタイしています。
でも、最近夢小説とか妄想とかを頻繁にするようになってしまった。
占ツクでも昨日から連載始めたからね?
あー、マジ勉強しないといけないのにそれどころじゃねぇ。
コメント
2件
第18話、読み終わりました。 この話、すごく好きです。日常の空気感がしっかりあって、その中で臨時さんの「笑う理由」がじわじわと切実さを帯びてくるのが印象的でした。特に、ベランダで一人になった時の「笑う必要もないのに笑ってしまう」という描写が胸に残ります。自分で自分を保つための、ずっと続いてきた習慣みたいなものが見えた気がして。 結び屋という場の設定も、3人の関係性を自然に見せてくれていて、すごく良いバランスだなと感じました。続きが楽しみです。