テラーノベル
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柔らかい夕陽が背中に当たっている。
今だけは、それをとても暑いと感じる。
激しい火花が、絶えず頭の中に散っていた。
「阿部くんっ…!だめだって…っ!!」
「やぁっ、めぅおくん、まらかえんないのっ!」
「わかった…っ!帰んないから…っ!とりあえず一回離れよう…?ね…?」
お互いのためにも、今は絶対に距離を取った方が良い。
なかなか気の抜けた、だがしかし、どちらにもダメージの少ない提案をしてみ──
──たけれど、どうしよう。
阿部くんの眉の中心に、どんどんと皺が集まっていく。
「むぅ」
ぽこっと出っ張った喉仏が細い首の真ん中を昇っていくのと同時に、頬がぷくーっ!と膨らんだ。
──…かッ!!?かわい”…ッ”!?
「ぃ、いや…ですか…?」
おずおずと尋ねることしかできないでいる。
案の状、「ゃです」と返された。
どうしようどうしようどうしよう。
これくらいしか、言葉が浮かばない。
どうにかその体とくっ付いてしまわないように手で押さえながら、心の中でありったけ叫びまくる。
──マジで負けそう…ッ…!!!
先程までは、まだなんとかなっていた。
図書室の倉庫部屋で阿部くんの姿を見つけた瞬間から、全然キていた。では、下校中はどうして我慢できていたのか、何故今は爆発寸前なのか。
その答えはとても簡単だ。
俺のブレザーのおかげである。
あれを阿部くんに被っていてもらっていたのには、俺なりの二つの考えがあった。
まず一つ目に、なんとなく、阿部くんは今の自分の姿を誰にも見られたくないんじゃないかって、そんな気がしたのだ。誰の目にも映らないように、逆に、阿部くんが誰の目も気にしないように、息苦しいのには目を瞑ってもらって、頭から被せた。
そして二つ目の考えだが、これはただ単に俺がどうにかなりそうだったのだ。
ブレザーの効果は抜群だった。
阿部くんのフェロモンをとても良く遮ってくれた。
そんなこんなで帰り道の間はどうにかなっていたが、阿部くんの部屋に入ってブレザーを回収した途端、自分の欲求は簡単にぶり返した。
だから起きてしまわないうちに帰りたかったのだが、それは叶わなかった。
阿部くんは目を覚ましてしまい、そして今に至る。
「めぅおく、うで、じゃまぁ、」
「う、腕…?」
「ぎゅーするのっ!」
──マジでかわいい………つらい…。
何が起こっているのか分からない。
気付いたらこうなっていた。
この三十分くらいの間に、阿部くんに何があったのだろう。
今まで俺が一緒に過ごしていた阿部くんと、全く違う。
目を覚まして眠そうに目を擦っていた段階では、“眠いのかな?可愛い”なんて呑気に思っていた。
…のだが、既にあの時点で俺はピンチだったのかもしれない。
「だめだよ阿部くん」
なけなしの理性を寄せ集めて、諭すように伝える。が…
「んぇ…、、…なんれ……?」
「なんで?」と言われても…。
…よし、分かった。一回整理しよう。
まずは、今浮かんでいる俺の予想についてだ。
明らかに!今の阿部くんは!俺のこと絶対好き!
…だと思うんだよ……。
だってそうでしかないだろう。
これまでのはぐらかすような言葉なんて一言も無ければ、むしろ俺を引き止めるようなことばかりを拗ねたように、甘えたように紡ぐ。
それに、全くと言っていいほど合わせくれなかった目を、今は俺だけに向けてくれているのだ。
ここまでしてもらっておいて、「好かれていない」と思う奴はいないだろう。
では次に、であればこれで「両想い」になれたのか?という疑問だ。
いや、違う。多分だけど、“まだ”絶対違う。
「まだ」と言ったのは、これから好きにさせるつもりしかないからだ。
決して強がりとかではない。
今はきっと、発情期で正常な判断ができていないだけだ。
目の前にたまたまαの俺がいたって、ただそれだけの話だと思うから。
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三文小説
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たとえハグだけだったとしても、発情期中の阿部くんに触れることなんてできない。
──そんなダサいこと、絶対したくない。
それに、後で誰よりも悲しくなるのは、辛い気持ちになるのは、きっと阿部くんだと思うから。
そして最後に、あと一つだけ。
色々と綺麗事を言った。言ったが…。
それよりも何よりも、俺自身が今絶対に阿部くんに触れたくない、最大の理由があった。
──初めては…ッ!絶対にッ!!
──両想いになってからじゃないとやだ!!!
これに尽きる。
手を繋ぐのも、抱き締めるのも。
キスも、その先だって。
全部阿部くんが、俺を「本当に」見てくれた日から、少しずつ始めていきたいのだ。
ラウールや康二、今日出会った先輩たちの前でどんなにスカしていたって、結局中身はただのバカガキだ。
だが、これのおかげで阿部くんも俺も後悔しないのなら、それはきっと、今一番役に立つ「我儘」な気がする。
…だがしかし、これを直接言ったところで、果たして伝わるだろうか?
ぽやぽや状態の阿部くんに言葉の意味が伝わるかどうか、かなり怪しい。
そして、「初めては」の部分を丁寧に説明するのが、こればかりは自分で思っておいてなかなかにダサい気がして言えそうにない。
答えになっていない答えを、どっちつかずの言葉を、並べることしかできなさそうだ。
「はぐらかさないで」と、そう言ったのは俺の方だったというのに。
「阿部くん俺のこと好きじゃないでしょ?」
3%くらいだけ淡く期待して、一応聞いてみる。
自分で聞いたくせに、ちょっとグサっと来る。
「ぅん〜?ん〜…?」
右に、左に、シーソーみたいに揺れる頭。
ふわふわの髪が、半円を描いて舞う。
「うん。すきじゃない」
グサァッ!と刺さった極太の槍を、どうにか引っこ抜く。
“そこだけはハッキリしてんだね…”
出かけた言葉を飲み込んで、「好きじゃないなら、そういうのはだめ」と言いかけたとき──、
「でも、安心するからすき」
なんて言って、阿部くんはふにゃっと笑った。
そんなことを言う君が、おかしかった。
おかしくて、愛おしかった。
「っふ、ぁははっ、めちゃくちゃだ」
「んふふ、めぅおく、にこにこ〜、ふふ」
──また、聞きにいくね。
上機嫌に笑いながら俺の両頬をつついてくる阿部くんを、そっと抱き締めて頭を撫でた。
今は、ゆっくり休んで。
戸惑ってるのは、俺も阿部くんも、きっと一緒だよね。
大丈夫、大丈夫。
気持ちと体調が落ち着いたら、また明日会おう。
今のことは全部忘れたフリした俺で、「いつもの」阿部くんに会いに行くから。
その君で、俺のこと少しずつ見ていってくれたら、それだけで嬉しいから。
これは、友情のハグ。
言い聞かせるみたいにして、その細い腰に腕を回して。
確かめるみたいにして、その形の良い頭を、ふわふわの髪を、何度も撫でて。
わざとらしい、なんて思ってしまうのだけは、どうか許して。
自分で抱いておいて、本当はどっちの気持ちの方が多いのか、全然分かんないんだ。
阿部くんが好き。
阿部くんの力になりたい。
阿部くんを守りたい。
阿部くんに好きになってほしい。
悔しそうに泣く君を抱えながら、これからは俺が一番近くで守るから、なんて身勝手なことを思っていた。
俺の匂いが好きだと言ってくれた君に、君以上の、心臓が飛び出るくらいの、「好き、大好き」を感じていた。
全部同じくらい大きくて、ずっしりしてて、どれも大切すぎて捨てられない。
ぐちゃぐちゃだけど、不快じゃない。
言葉にならない思いを肌越しにだけでも伝えたくて、その首筋に鼻を埋めたとき──。
──…ん……?
なんだ…?
なんか……変だ…。
違う。これじゃない。
「…阿部くん、これ、誰の匂い…?」
阿部くんの匂いじゃないものが、混じっている。
取れない。くっ付いている。
もちろん、俺のものでも無かった。
──誰のだ…?いや…、知ってる…。
今日の昼、俺はこれを嗅いでいる。
ライバルにマウンティングするように、威圧的に自分のフェロモンを俺に向かって「わざと」出してきた、…あの人の……っ…!!
「…なんで……なんで佐久間くんの匂いがするの」
先程までの余裕はどこへやら。
でも、譲れない。一ミリだって譲りたくない。
阿部くんが、少しずつ俺を好きになってくれたら嬉しいと思う気持ちに嘘はない。
でも、他の誰かの「印」が付いていることを許すのは、話が全然違う。
やだ。
俺のじゃなきゃやだ。
昼休みに佐久間くんと何話してたの。
何してたの。
教えて。
俺には言えないこと?
彼氏でもないのに、こんなに怒って、バカみたいだ。
それでも、気になって仕方なかった。
阿部くんには、「俺だけ」がいい。
しばらく抱き締めている間に、阿部くんの動きは大人しくなっていた。
そろそろ興奮が治まってきたか?と腕を離し、どこかをぽやーっと見つめている阿部くんの顔を覗き込んだ。
「阿部くん、答えて」
「ん…、ふ、ぅ…っ…」
──何か、話してる…?
「阿部くん…?なんt──ッ!?」
少し先にあった本棚が、視界からフェードアウトしていく。
次に見えたのは天井。
最後に見えたのは、泣きそうに目を潤ませる阿部くんの顔だった。
体が後ろに倒れたんだと気付いたのは、それから十秒ほど経ってからだった。
腰のあたりに重みを感じる。
そこに阿部くんが座っている。
心なしか軽いような気がして、ちりっと切なくなる。
びーっ、びーっ、びーっ。
サイレンの音がする。
間違いなくこれは俺の頭の中で鳴っているものだと気付いた時、阿部くんは小さく息を吸い込んで言った。
「めぅおくっ!おこっちゃやぁ…っ!」
──助けてください。
──俺の阿部くんがこんなにも可愛いです。
「ご、ごめん…、でも、佐久間くんの匂いするのはなんで…?」
「んぅ?」
「今は無理か…、ごめん忘れて」
また明日にでも聞きに行こうと思い直し、起きあがろうとする。
…が、胸の上に置かれた阿部くんの両の掌が、それを阻む。
「めぅおく、」
「あべくん…おねがい…もうかえらせて…」
虫の息だ。
「だぁめっ」
「じゃあ…せめて…おりて…」
無意識というか本能なんだろうが、頼むからそこで腰をゆるゆると動かさないでくれ。
色々と弾けそう。
「やら。めぅおく、ぎゅーしたでしょ」
「しました…すみません…」
「ちぁぅ、」
「ぇっ」
「だから、つぎ、ちゅ、しゅる」
「だめです…」
顔の両脇に置かれる掌たち。
少しずつ迫ってくる阿部くんの綺麗な瞳。
“だめ”と言っておきながら強く拒めないでいるのは、俺が、もうとっくのとうに負けてるから。
この恋心に──────
──「亮平!ちょっとアンタ何やってんの!!」
バタンッ!!ドタドタッ!!
そんな音と共に聞こえてきた絶叫に思わず体を跳ねさせていると、その間に阿部くんの体が一人でに離れて行った。
何が起きたんだと状況を把握するために体を起こして部屋の真ん中に目を向けると、そこには女の人がいた。
阿部くんは隅の方で、何もない空中を見てにこにこと笑っていた。
「ぁ、ぁの…」
「あなた大丈夫!?なんとも無い!?」
「ぇ?ぁ、あぁ、はい…」
「よかった…。うちの子が襲いかかってるように見えて…。亮平のお友達?」
「…いや、未来の彼氏っす」
その人は、きょとんと目を丸くする。
ウソじゃない。
実現させれば、ホントになるから。
「亮平の母です。よろしくね、未来の彼氏さん」
少しの間があってから微笑んだその顔は、阿部くんのそれとよく似ていた。
:
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:
阿部くんを抱えて一階に下り、リビングへお邪魔する。
お母さんが間に入ってくれたので、また捕まってしまわないうちに帰ろうと思っていたのだが、阿部くんはそれを許さなかった。
「だめ。めぅおくんと、いっしょいるの」
と言って聞かず、仕方なくお茶だけ飲ませてもらうことになった。
「りょうへーい、りょーへー」
しかし、それからお母さんが何度声を掛けても、阿部くんは相変わらず空中を見つめてふにゃふにゃと笑うばかりで、返事をしなかった。
「だーめね、これ。酔ってる」
「ぇ、酔ってる、んですか…?お酒飲んでないのに…ですか?」
「私もパパと番になるまでは何回かあったけど、あの子、今多分あれになってるのよ」
「あれって…?」
「フェロモン酔い」
「ぇっ、、ぇ…?」
初めて聞いた言葉だった。
それは何かと尋ねると、お母さんはテーブルに置かれたコップを片手に持ってから、こちらに視線を向けた。
「発情期中にαのフェロモンを嗅ぎ過ぎちゃうと、あんな風に酔っ払っちゃうのよ」
「そんなことあるんすか?」
「他のカップルさんにもあるのかどうかは正直分からないな。こういう話って、恥ずかしくてみんな人には話さないでしょ?だから、意外とみんな知らなかったりするのかもね」
「確かに…」
「それに、酔うまで何も事が起こらないケースっていうのが、そもそも珍しいのよ」
「珍しい…?」
「うちの子を、大切に思ってくれてありがとね」
「は、はぁ…?」
「それにしてもこんなに酔うってことは…、あなたたち、結構近い距離にいたりした?」
「あぁ、はい。阿部くん発情期来ちゃったんで、学校からここまで抱えて来ました。あとは、ブレザー被せた方がいいかなって思って、俺の貸してました」
「あぁ〜、多分それよ」
「マジすか」
「あなたの匂いがついたものと、あなた自体の匂いをずっと間近で嗅いでたからじゃないかしら?」
「ぅぁぁ…阿部くんごめん…」
「大丈夫よ、明日にはケロッとしてるでしょうから」
完全に裏目に出ていたようだ。
次からは気をつけよう。
「この子に発情期が来たのは、今日が初めてかしらね」
「…ぇっ…?」
お母さんは、頬杖をつきながら憂うような目で阿部くんを見つめていた。
「中学三年生になると検査があるでしょ?それから今日まで、私一回も見たことが無かったの。一昨日から具合悪そうにはしてたから、もしかしたらその辺からあったのかもしれないけど、それ以前は全然」
“一昨日”、それは俺が阿部くんに初めて会った日だ。
もしかして、俺と会ったことで阿部くんの体に何か変化が──?
「聞くまでも無いけど、あなたαでしょ?」
「うす」
「あなたが、変えてくれるのかもしれないね」
「変える…?」
不意に、足元がムズムズしてくる。
気になってその方を見ると、いつの間にか四つん這いの阿部くんがぺたぺたとこちらに近付いてきていた。
胡座をかいていた俺の脚の上に向かい合うようにして座り、胸に右頬を擦り寄せてくれる。
「んふ、ふふふ」
大変に可愛くて苦しいのだが、阿部くんとお母さんと、どちらに集中したら良いのか分からなくなる。
「んふ、これ、しゅき…」
「阿部くん…お母さん見てるよ…」
「ごめんねぇ、放っといていいから」
「うす。…ぁ、それで、変えるって…?」
「あぁ、そうだったわね。そうね…、この子、診断受けた後から家に引っ込むようになっちゃったの。学校では普通にしてたらしいんだけど、あんまり遊びに行かなくなったし、平日も土日も、勉強ばかりする子になったわ」
「阿部くんすごいっすよね、テスト、一位だったんすよ」
「親としてもそれは嬉しいけど、診断受けた直後からのことだったから、正直辛くて見てられなかったわ。「そんなに気にすることじゃない」って言ってあげたかったけれど、勉強することでしか将来自分の居場所はないって、そんな気持ちがあるように思えて、声掛けられなかったわ。真面目な子だから」
「そんな…」
“自由に生きられないのが、やだった…”
苦しそうに、途切れ途切れに吐き出された阿部くんの言葉が耳の中で再生される。
阿部くんは、あの順位表をどんな気持ちで見ていたんだろう。
嬉しいって気持ちではないような気がした。
どちらかというと、「よかった」とか「これでひとまず大丈夫」とか、そんな悲しい安心感みたいなものを感じていたんじゃないだろうか。
もしかするとそんなことは全然頭に無くて、あの一点を失ったことの方が、阿部くんには大きかったのかもしれない。
俺が「すげぇ」と思うマイナス一点は、阿部くんにとっては何よりも怖い「否定」だったのかもしれない。
完璧にやること、認められることが、阿部くんが世界と繋がれる唯一の方法だったのかもしれない。
いや、「繋がれる」も違うような気がした。
阿部くんは隠したかったんじゃないか。
俺が勘違いしたように、あの情報だけを見れば、阿部くんはαなんだとみんなが思うだろう。
そして、今まで発情期が来なかったおかげも助けになって、周りにΩだと思われずに生きていけるんじゃないかという希望を持っていたんだとしたら…。
「阿部くん…ごめん…」
やっぱり、あんなこと、軽い気持ちで聞いちゃいけなかったんだ。
好奇心、なんて程無責任なつもりはもちろん無かったが、特別になりたいという願望は間違いなくあった。
阿部くんは、俺だろうと俺じゃなかろうと、何も望んでいなかったんだろう。
αと番になることを。
自分を、Ωだと認めるしかなくなってしまうから。
発情期が来ることを。
自分が、Ωだって思い知らされてしまうから。
「ごめん…、俺が、阿部くんに会っちゃったから…」
「めぅおく、ふふ、くふふ…」
さっきとは全く違う気持ちで心がいっぱいになって苦しい。
阿部くんが、どうしてそこまで自分の性別を拒むのかは分からない。
何か辛い経験をしたのか、誰かに酷いことを言われたのか。
どんな過去があるにしろ、その傷を俺が抉ってしまったことに変わりはない。
阿部くんは今、俺のせいで訳も分からないまま、にこにこと笑っているのだ。
俺が無理に笑わせているのだ。
その事実が、その笑顔が、何よりも痛くて、でも、どうしてあげたらいいのか分からなくて、自分が嫌になった。
好きな人一人、心の底から笑わせてあげられていないなんて。
「だっせぇ…、マジで最悪だ…」
「悪い方に捉えないで欲しいの。人と繋がるのって痛みを伴うんだよ。そのタイミングが今だったって、それだけなのよ」
「阿部くん、俺に「βだよ」って言ったんです。知られたくなかったんだと思います。俺が、αだから。俺と、一緒にいたくないから」
「自信持って。もし亮平が本当にそう思ってるなら、そんな風にくっ付いたりしないわ」
視線を胸元に下げてみる。
阿部くんはくふくふと笑い声を漏らしながら、俺のワイシャツのボタンを一つずつ外していって、肩からそれを剥ぎ取る。足の上から降りて、すぐ隣に仰向けに寝転がった。
「んにゃぁっ、めぅおくのにおいだぁ…んふふっ」
満足そうに呟いて、頭からそれを被る。
手足をパタパタと動かして、「きゃぁー!んふーっ!」と一人で興奮している。
しばらくすると、ワイシャツを抱え込んで猫のように丸まった。
「ごめんねぇ」
「…お母さん、俺、超幸せっす…」
どんな感情が我先にと心を揺さぶって出てきたのかも分からない涙を掬った親指を、下に着ていた黒いタンクトップの裾で拭った。
:
お茶を飲み切ったところで立ち上がり、玄関へ向かう。
振り返って、お母さんと別れ際の言葉を交わす。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、またいつでも来てね」
「うす」
「なんのお構いもできなくてごめんなさいね。亮平がお世話になったのに」
「いや、俺がそうしたかったんで」
「ありがとね。そういえば名前聞いてなかったね」
「目黒です」
「あぁ、だから「めぅお」なのね」
「んははっ」
「次はご飯でも食べにいらっしゃい、パパにも紹介させて」
「嬉しいっす」
「りょうへー!目黒くん帰るわよー!」
その掛け声に、ワイシャツに包まっていた阿部くんの頭がむくっと持ち上がった。
「んっ!ゃっ…、やぁっ…!」
悲しそうに眉を寄せて、泣きそうな顔でペチペチと駆けてくるその姿に、「ぅ”ぐっ」と唸り、破裂しそうな心臓をどうにか外から握り潰して押さえ込んだ。
「阿部くん、また明日ね」
「やら…いっしょ、ねる…」
「また今度ね」
「やぁ…きょぅがいい…」
「だめよ。目黒くんの親御さん心配するから。ほら、目黒くんにシャツ返しなさい?」
「ややぁ…っ…!」
「もー…」
「全然いっすよ。阿部くん、それあげる」
「! いーの…? りょへの…?」
「うん、阿部くんのにしていいよ」
「んふー、くふふっ、ぁぃがとぉ」
「じゃあまたね」
「めぅおく、めぅおく」
「ん?」
「あしたも、あいにきてくれる…?」
「…ッ”、うん、すぐ会いに行く」
「めぅおく、めぅおく」
「ふふっ、ん?」
「あしたも、ぎゅ、してくれる…?」
──ぁ”あ”もう!絶対結婚する!!!
流石にそれをお母さんの前で言うわけにはいかないので、グッと堪える。
ゴロゴロと寝転がっていたからか、前髪が少し崩れている。
それをかき上げて、顕になったつるつるのおでこにそっと口付けた。
「また聞かせて、今度は酔ってない時に」
阿部くんはそこに指を当てながら、ぽやんとした目でこちらを見つめ、首をコテンと左に傾げた。
ギリギリのところで耐え続けてくれていた心臓が、そこでついに爆発した。
:
すっかり暗くなってしまった街並みを歩く。
運命なんて、もうよく分からない。
それでも、俺は君と生きたい。
もし、そんなものが本当にあるんだとしたら。
俺の運命は、もうきっと、全部君で染まってる。
明日、「いつもの」阿部くんとどんな話をしよう。
そんなことを考えながら星を見上げる。
オリオン座が、冬よりかは小さく見えた。
夏の大三角形は、もうすぐ。
今年は、阿部くんと一緒に見たい。
できることなら、手を繋いで──。
「ぁ、キスしちゃった」
そういえば昨日も手の甲にしちゃってた、と気付いた瞬間、春の冷気に触れた剥き出しの肩が震えて、くしゃみが出た。
To be continue…
コメント
21件
コメント失礼します!⚫くん、エライ!!よく耐えた🤣!!私だったら耐えられない😍!!そして🟢ちゃんママ、メッチャ好き〜🥰!!理解ある大人がいると大分良いですね!!
早く続きが読みたいっ!!!!!!!
💚が可愛すぎる!!!!!