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——消えた公安部捜査官の血痕、そして「人間じゃない何か」の痕跡が残る廃工場。月原の心を蝕む冷たい闇に、育ての親である警視総監の言葉が、唯一の光を灯す。—— 月原は、廃工場の血痕を凝視していた。河口柚月と内宇利茅羽馟の身に何が起こったのか。そして、彼らが最期に耳にしたという「人間じゃない」異音。現場に残された痕跡は、彼のプロファイリングの範疇を遥かに超えていた。床には、何かが引きずられたような跡の終着点に、抉られたような深い傷が残されていた。まるで、尋常ではない力で金属を破壊したかのような痕跡だ。
「水科。現場に残された血痕のDNA鑑定を最優先で回せ。そして、この金属の傷痕の形状を解析しろ。何が、これほどの破壊を起こしたのか」
インカム越しに、水科の疲弊しきった声が返る。「了解です、主任。ですが、金属の傷痕は、解析班のデータベースに該当するデータがありません。まるで、既知の武器ではないようです……」
月原は、血痕に手を伸ばした。まだ生々しい。しかし、これ以上の情報は得られない。河口と内宇利の生存を信じたい気持ちと、最悪の可能性が頭の中でせめぎ合う。その時、彼のインカムに、優先回線からの着信が入った。警視総監・桑野誠弥からだ。
「悠斗。報告は受けた。河口と内宇利の件、そして荻野原日真惢の裏切り……すまない。私の目が届かなかった」
桑野の声は、いつになく沈痛な響きを帯びていた。月原は、警察組織の頂点に立つ桑野が、これほどまでに感情を露わにするのを初めて聞いた。
「警視総監。今回の情報漏洩は、公安部内から**『ゼロの執行室』の極秘作戦**に直接アクセスされたものです。荻野原がどうやって我々の作戦内容を知り得たのか、それが分からなければ、更なる情報漏洩を防げません」
月原の声は、冷静を保ってはいたが、内心の動揺は隠しきれない。同じ公安部内の裏切りは、彼の信頼の根幹を揺るがしていた。
「分かっている。だが、今はその詮索は後回しだ。最優先は、河口と内宇利の行方、そして真のターゲットの確保。荻野原の身柄拘束は、水科と吾妻に公安部内の捜査権限を与える。私が全責任を負う。だが、お前は決して、単独で荻野原を追うな」
桑野の言葉には、月原への深い気遣いと、親としての温もりが込められていた。彼の脳裏に、両親を失った幼い自分を、桑野が温かく抱きしめてくれた日の記憶が蘇る。あの時も、彼は孤独な闇の中にいた。
「しかし……」月原が反論しようとすると、桑野の声が一段と重くなった。
「悠斗。お前は、月原夫妻と漆盪一家の真実を追う、**私にとって唯一の『剣』**だ。その剣が折れては、誰も彼らの無念を晴らせない。この廃工場に残された痕跡から、お前たちが対峙している敵は、我々の常識を超えた存在である可能性が高い」
(思考)「常識を超えた存在……警視総監も、あの盗聴器の音声を聞いたのか?」
月原は、盗聴器に残された「人間じゃねえ」という言葉を思い出す。桑野は、その言葉の裏に隠された意味を既に察しているようだった。
「吾妻から、お前が『44』というUSBメモリを回収したと報告があった。水科が解析を進めているはずだ。その情報が、奴らの正体、そして河口たちの行方を解き明かす鍵となるだろう」
桑野は月原の感情を読み取り、的確に次の指示を出した。「吾妻には、公安部内の情報戦に対する全権限を与えた。彼女は今、赤杉と満重里(会計・資金追跡専門官)と連携し、荻野原の資金の流れを追っている。公安内部の者とはいえ、彼女が突如として動いた背景には、必ず金の流れがあるはずだ」
月原は、桑野の言葉に、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩むのを感じた。孤独な戦いだと思っていたが、桑野は常に、彼の背後で支え続けてくれている。それは、法を超えた、父親のような温もりだった。
「了解しました、警視総監」月原は深く息を吐いた。「俺は、河口と内宇利の捜索を継続します。同時に、『44』の解析結果を待ちます」
「頼む、悠斗。生きて、真実を掴んでくれ」
通話が切れると、月原は再び廃工場を見渡した。血痕。破壊痕。そして、盗聴器に残された「人間じゃねえ」という声。この場所は、確実に、公安部が直面する未曾有の脅威の入り口だった。
月原は、胸ポケットに触れた。そこには、奪われたデータを回収する際に手に入れた、もう一つのUSBメモリ『44』がある。
公安部内の裏切り、そして、常識を超えた敵の存在。彼の「贖罪」は、いよいよ**「国家の過ち」**の深淵、そして、人知を超えた闇へと足を踏み入れようとしていた。