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グローリア帝国で巨鯨の霊堂襲撃を食い止めた私たちは、そろそろミネティーナ様からの呼び出しがあるのではないかと思い、ミンネ聖教国へと戻っていた。
「よかった……シリスも、光の霊堂も無事だったんだね」
「はい。翼が酷く傷ついており、しばらくは満足に飛ぶことができないとのことでしたが、ご無事であると竜騎士団から連絡があったそうです」
ティアナから巨鯨と交戦したであろうシリスが無事であると聞き、私もアンヤたちもホッと胸を撫でおろしていた。
これで4つの霊堂が健在だということになる。
だが、残り4つか。
「ねえ、ティアナ。邪神の封印は大丈夫なんだよね?」
「それは……ミネティーナ様にお聞きするほかありません。ですが、ここ最近はめっきり連絡が途絶えていて……」
私たちは騒然とする。
霊堂襲撃があった後だ。何か良くないことが神界で起きているのではないかと疑った。
そんな私たちに対して、ティアナはこちらを安心させるような穏やかな声を出す。
「このようなことは今までにもよくありました。御力を温存しておられるだけだと思います」
「こっちから言葉を届けたり、向こうの様子を確認しに行ったりすることはできないかな?」
「難しいでしょう。ミネティーナ様や大精霊様の御導きがなければ、正確な座標を掴むことができませんから」
私は僅かでも神力を持ち、ティアナも借りものであるとはいえ聖魔力を持っている。
コウカたちの存在だってあるのだから、どうにか向こうに働きかけられないかと思ったがそれも難しそうだ。
「ですが祈りであれば……言葉は無理でも、祈りであればきっと届けられるでしょう」
祈りか。やらないよりかはマシだな。
祈っている存在に気付いてもらえれば、あちらからも何かアクションがあるかもしれないからだ。
そう思い、大聖堂から祈りを捧げた私たちであったが、いくら待っても何かが起きることはなかった。
――そうして仕方なく大聖堂を後にした私たちの元に、新たな仕事が舞い込む。
大陸の南東部に位置するエストジャ王国の状況が思わしくないようで、一部の地域では救援へ向かっていた騎士からの連絡も途絶えてしまっているらしい。
つい先日において、南側諸国に広がる穀倉地帯が生き残りのゴーレムによって襲撃されたせいで、食糧支援の為に騎士団を派遣しなければならなくなった。
そのため、これ以上は戦力を回す余裕もないということから、私たちに様子を見てきた上で救援活動を行ってきてほしいとのことだった。
ここでただ待っているわけにもいかなかった私たちはそれを承諾し、聖教団の人からの感謝を受け止めながらエストジャ王国へと向かった。
◇
「酷い……」
エストジャ王国で私たちが派遣されてきたこの場所には、この国の中でも有数の都市があったはずなのだ。
だが私たちの目の前に広がっているのは見るも無惨な残骸だ。
煙を上げている都市を遠くから見た瞬間から、嫌な予感はしていたが実際に見てしまえば言葉を失ってしまう。
「これじゃあ、生きてる人は……」
「シズ」
「あっ……ごめん」
特にショックが大きい様子のダンゴとアンヤを気遣ったヒバナから諫められ、シズクも口をつぐんだ。
魔泉は鎮めてきたし、ゴーレムの工場だって壊した。襲われている街だって、数えきれないほど救ってきたはずなのに状況は改善しない。悪くなるばかりだ。
危険に脅かされる中で必死になってでも私たちがやってきたことって、いったい何の意味があったのだろう。
結局、手の届かないどこかで誰かが死んでいくじゃないか。
「ヒバナ、シズク、中の様子を確認しましょう。できればノドカも一緒に来てくれると助かります」
「まかせて~」
情けない私に代わり、コウカが姉妹の中でも上の方の子たちを連れて中に入ろうとしている。
「ダンゴにアンヤ……それにユウヒもね。キツいようだったらここで私たちが戻ってくるのを待ってて」
「ううん、ボクも行く。現実から目を逸らしたくなんてないから」
強い。
「……アンヤも。それに助けを求めている誰かがいるかもしれない」
強い、強すぎるよ。どうして2人ともそんなに強くいられるんだ。
「2人が行くのなら、わたしがここに残ってマスターを――」
「その必要はないよ、コウカ。私も行くから」
1人で残される私の為に残ろうとしてくれたコウカの言葉を遮る。
このまま取り残されるのは嫌だ。だって――。
「私にもみんなと同じものを見させてよ」
私はいつだって、みんなと同じ場所に立っていたいんだ。
そうして反対を押し切り、同行させてもらったはずなのに早速後悔しそうだった。
激しい戦闘があったのか、瓦礫の山の中で惨たらしく殺されている人々。老若男女、民間人だろうが戦士だろうが関係ない。平等に訪れているのは死だ。
無情なこの光景が精神を擦り減らし、心を凍てつかせていく。
「――もうこれ以上はやめておきましょう」
「ノドカちゃん……動いているものは、何もないよね?」
シズクからの最後の確認に対して静かにノドカが頷くのを見て、彼女は「ありがとう」と言葉を返した。
「ここを出て……そうですね、シンセロ侯爵領にでも向かいましょう。たしか近かったはず――」
「待って」
努めて明るい声を出しているのが明け透けなコウカの言葉を遮ったのはアンヤだ。
彼女は焦げ落ちた残骸を踏みしめながら奥へ奥へと進んでいった。
そんなあの子の背中を見て、物憂げな表情のダンゴが呟いた。
「アンヤ……」
「とりあえず追いかけましょう。いいわよね、コウカねぇ」
「当たり前です」
すかさず私たちもアンヤの後を追う。
――誰よりも他人に優しいあの子が受け入れられないのは分かるけど、これが現実なんだよ。
やがて広場で佇んでいるアンヤの背中に追いつき、呼び掛けるがアンヤは振り返らずにただ一点を見つめていた。
その視線の先には――この国の兵士?
「生きてる人……生きてる人だよ!」
「ノドカの探知にも引っ掛からなかったってことは、ずっとここでジッとしていたっていうの? まったく……もう」
ダンゴが喜びを声にし、とやかく言っているヒバナもどこか安堵した様子だ。
気付いた時には彼の傍にアンヤが駆け寄って声を掛けていた。
「……助けに来た。大丈夫?」
「ぁ……君、は……?」
「……アンヤ。ますたーは救世主って呼ばれている」
茫然自失となってしまっている彼はアンヤの視線を追い、私たちを見た。
何も言えない私の代わりにコウカが提案する。
「とりあえず、ここを出ましょう。それで……単刀直入に聞きます。この街で生き残っているのはあなただけですか?」
空気が張り詰め、全員が固唾を呑んで彼の言葉を待つ。
――そして私は絞り出されるような彼の言葉を聞いて、やっぱりかと思った。
「いない……だろうな。皆……死んでしまったぁ……っ」
崩れ落ちる彼に掛ける言葉など、誰も持ってはいなかった。
「コウカねぇ……その人に何があったのか聞いて」
「ここで何があったんですか?」
都市を囲む外壁に背中を預けて項垂れる男に対して、コウカはシズクから言われた通りの質問をする。
「み、見ての通り……襲撃を受けたんだ」
「それで誰も逃げ出せないなんてことになるかな……」
「し、忍び込んでいた……|邪族《ベーゼニッシュ》……って奴らが……指揮系統を混乱させたんだ。い、いつの間にか大量の敵が入り込んでいて……あっという間だった……」
シズクの呟きに対して反応した兵士はそんなことを口にした。
それを聞いてまた考え込んでいたシズクが何やらコウカとヒバナに耳打ちをしていた。2人もそれに仏頂面で頷いている。
そして意外にもヒバナが彼に優しい言葉を掛けた。
「分かったわ、あなたを保護する。近くの街に送り届けてあげるから、そこで軍や聖教団にもちゃんと事情を話して」
「ま、待ってほしい……!」
「何?」
今までにないくらいの勢いで食い掛ってくる兵士の男に、ヒバナは怪訝な顔をした。
「す、少し離れた場所に村がある……つ、妻と2人の子供がいるんだ。無事が知りたい……っ」
ヒバナがシズクに目を向けると、今度はシズクが緊張するどころか微笑みすら見せながら男に近寄っていった。
「いいよ。あたしたちが連れていってあげる。その前に少しだけ待ってね。ほら、奥さんとお子さんたちに会うんだから綺麗にした方がいいでしょ?」
私はそんなあの子の取った行動にひどく驚いていた。
水魔法を彼の鎧に掛けはじめたシズクが、その鎧に付着した汚れを落としている。赤の他人を気遣うようなことをあの子が率先して行っているのだ。
そして大方、汚れを落とし終えたシズクがコウカとヒバナがいる方へ顔を向け、首を横に振っていた。
――あの子たちはいったい、何をしているんだ。
疑念は絶えないが、ノドカとダンゴ、アンヤも聞かされていないのだ。
あの子たちが伝えてこないということはきっと聞かない方がいいことなのだろう。
そうして彼をその村に送り届けることになったのだが、スレイプニル達が誰も彼を乗せたがらなかったため、徒歩で向かうことになってしまった。
怪我のなかった彼が問題なく歩けたのは不幸中の幸いと言える。
先頭をコウカが歩き、その後ろを兵士の男、そしてシズクとヒバナが。さらにその後ろを残る私たちとスレイプニル達が歩く形で街道を進んでいく。
彼によると、村へは今日の夜にでも辿り着けるほどの距離だそうだ。
「この森を抜ければ……すぐです」
「そうですか……行きましょう」
この森は魔泉ではないようだが、先頭の方を歩く男を除いた3人はやけに警戒しながら進んでいる。
それに釣られるような形で、ダンゴとアンヤまでもがどこか緊張感を持っていた。
いい加減、何を考えているのか教えてほしいものだ。
そんな状態で進んでいる時のことだった。
不意に男が立ち止まり、そんな彼の背中にシズクとヒバナが杖を突き付ける。
「――自分、なんです」
急に話し始めた彼の言葉の真意が掴めない。
そんな彼に対して、ヒバナがその肩を強く押してこちらに振り返らせた。彼のひどく震えた瞳がはっきりと見える。
杖を突き付けられているにもかかわらず、尚も男は言葉を続けた。
「あ、あの街に敵を引き入れる手引きをしたのは……じ、自分なんです……っ! む、村ごと家族を……人質にされてっ……それで……! 申し訳ございません……! 申し訳ございません……!」
男は地に頭を着けて慟哭を上げた。そして誰に謝るでもない謝罪を続けていた。
――どういうことだ。
「……えっ?」
素っ頓狂な声を出したのはダンゴだ。だが彼女だけではなく、隣にいたアンヤも口を半開きにして呆然としていた。
「嘘は~……ないと思います~」
「ノドカ?」
沈痛な面持ちながら、動揺はしていないノドカ。
そんな彼女の言葉を聞いたシズクとヒバナ、そして彼の陰で剣を突き付けていたコウカがゆっくりとそれぞれの得物を下ろした。
「ごめんね、ユウヒちゃん。あたしたちの言葉をこっそり拾っていたノドカちゃんにもお願いしてたんだ」
訳も分からない私にシズク、そしてヒバナが全てを明かしてくれた。
「シズはその男がプリスマ・カーオスの擬態か疑っていたのよ。ただ1人、煤で汚れただけの鎧を着て、街の中にいたその男をね。でも白状してくれたおかげで合点がいったわ」
未だに頭は追いついていないが、不満だけはある。
「だったら……もっと早く教えてくれてもよかったのに」
「だからだよ」
「え?」
「ユウヒちゃんがそんな感じだから言わなかったんだ。これくらい、普段のユウヒちゃんなら自分で疑問を持っていたでしょ? それに気付けないってことは、ユウヒちゃんは顔に出さないだけで本調子じゃなかったってことだよね」
衝撃的だった。
言われてみれば、怪しい部分なんて何箇所もあった。
きっとシズクの言うように、私は思いのほか追い詰められてしまっていたということなのだろう。
「ちゃんと打ち明けてくれてありがとうございます。そうせざるを得なかったという理由も、泣きたくなる気持ちも分かります。ですがあなたのやったことは取り返しもつかず、消えることもない。これからあなたを家族の元に連れて行きますが、その後どうするかはちゃんと自分で決断してください」
宣告のようにも聞こえるコウカの言葉を男は涙を流しながら受け入れた。
その光景を見ている私たちの中に1人、その表情に影を落とす者がいた。
「……アンヤはどうすればいい? あの人は救ってはいけない人だった?」
迷子のような表情をしたアンヤが誰に問い掛けるでもなく呟く。
そんな彼女にいち早く寄り添ったのは、甘えん坊で気遣い上手なあの子の姉だ。
「アンヤちゃん~。それって~自分の心に~嘘ついてるでしょ~」
「ぇ……?」
言い聞かせるようなその言葉に小さな姉も続く。
「ボクはあの人がやったことをきっと許せないだろうけど、アンヤの気持ちは別だろ? アンヤが救いたいって思っているんだったら、何も迷う必要はないよ」
複雑な表情であの男を見つめるダンゴは、私と同様に未だに気持ちの整理を付けられていないに違いない。
でも私はダンゴとは違い、あの人を責めることなどできなかった。
きっと私はどんな理由があったとしても、家族の方を取ってしまうだろうから。
少し落ち着きを取り戻した男から事情を詳しく聞くと分かったのだが、彼の家族が住む村を人質としたのはやはり|邪族《ベーゼニッシュ》を名乗る存在だったらしい。
そしてその|邪族《ベーゼニッシュ》は自分を“爆剣帝ロドルフォ”と名乗っていたそうだ。
その名前を聞いたコウカはひどく驚き、怪訝そうな表情を浮かべていた。
四邪帝の1人が暗躍を続けているのかは定かではないが、ここにいるかもしれない以上はより一層の警戒を続けなければならない。
そして予定よりも遅い時間の到着となったが、私たちは無事に彼の家族が住んでいるという村へと辿り着いた。
「本当にここ、なんですね?」
「ええ、間違いありません」
闇に閉ざされ、生活の音すら何も聞こえない村とは反対に、男の表情は安堵に満ちたものだった。
家族の名前を呼び、自分の帰りを教える男。彼はコウカに照明を要求し、村の奥へと進んでいく。
それを見送るみんなの表情はもの悲しさに満ちていた。
「……こうなるのも必然ね」
「アイツらはこんなことを平然とやれる奴らだよ」
いやに動悸がする。
――本当は薄々感付いてはいる。みんなの様子から察することもできる。
それでも信じたくないという気持ちとやっぱりそうなるかという気持ちがせめぎ合い、酷い吐き気を催した。想定が甘かったと言わざるを得ない。
だって、目的を果たしさえすれば人質を生かしておく理由など彼らには残っていないのだから。
やがて、絶望に満ちた男の声が静かな村に木霊した。
◇
「様子を見てきたけど、酷い有様」
「意味のないくらい切り刻まれてる」
泣き崩れている男はコウカが引っ張り出してきた。
それに同行する形で村の様子を見てきたヒバナとシズクが淡々と事実を告げていた。
みんなはこの村に足を踏み入れた時から、その普通の人間よりも優れた嗅覚で血の匂いを僅かに感じ取っていたらしい。
「やっぱり、あの男じゃありません」
「え?」
「あの男は……きっとこんなことはしないはずです」
森で兵士の男に聞いたことから予想するに、コウカの言うあの男というのはきっと爆剣帝ロドルフォだ。
彼と2度、戦っているコウカだ。何かを感じ取っていたということだろうか。
「そんなことはどうでもいいわ。結局、倒さなくちゃいけない相手なのには変わりないんだし」
「……そうですね。余計な情報でした」
詰まるところ、爆剣帝がどういう男なのかは関係ないのだ。邪神の配下にあるということはどのみち戦うことは避けられない。
だが謝罪するコウカをフォローする声もあった。
「そうでもないよ。こんなことをやったのはきっと|邪族《ベーゼニッシュ》で間違いないから、余計にプリスマ・カーオスが影で動いている可能性が高くなったし」
プリスマ・カーオス。
私があの時、ちゃんと倒せなかったからこんな惨劇が起きたとでもいうのだろうか。なら私はあの兵士の人以上に、どうしようもないことをしでかしてしまったのではないだろうか。
――みんなはこの事実に気が付いているのだろうか。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
『これ以上は付いていけないよ』
こんなもの幻聴のはずなのに。どうしても振り払えない。
「お姉さま~……?」
「主様……? えっ、主様!?」
ひどく眩暈がした。息も苦しい。
どうして戦わなくちゃいけないんだ。人を殺せなかったからってどうして苦しまなくちゃいけないんだ。
何が|邪族《ベーゼニッシュ》だ。人と何が違うっていうんだ。
――こんなのもう……やめたい。
駆け寄ってくるみんなの顔が見られない。
「……何があったの、ますたー?」
すぐ目の前にアンヤの顔があった。心配そうな面持ちのこの子が私の顔に両手を添えるようにして、挟み込んでいるのだ。
「私っ……私のせいかな?」
「え?」
「私があの時、あの人たちを……プリスマ・カーオスをこ、殺せなかったからっ」
誰か……違うって言ってよ。
「それは絶対に違うよ、ユウヒちゃん。プリスマ・カーオスにはその素体がいるって言ってたでしょ。前にあたしたちが戦った時にも違和感があったんだ。多分プリスマ・カーオスはその本体とも呼べる存在を倒さない限り、死なない」
「そうよ。どのみち、これは防ぐことができなかったことなのよ。決してあなたのせいなんかじゃない」
強い言葉で私を肯定してくれる2人。
「プリスマ・カーオスの仕業だと決まったわけでもありませんから。大丈夫ですよ、大丈夫です」
まるであやしてくれるみたいに抱きしめて背中を撫でてくれるコウカ。
――まだ大丈夫だ。まだ私はちゃんと戦える。あと少しなんだから。
落ち着いてきて、お礼を言うとまだこちらの様子を心配そうに窺いながらもみんなはホッと息をついていた。
「ここにいるのは……あまり良くありませんね。一度、人のいる場所に向かいましょう」
「それだったら、コウカねぇが提案していたようにシンセロ侯爵領が近いし、丁度いいんじゃないかな?」
シズクの提案にコウカは頷く。
「それじゃあ目指すのはシンセロ侯爵領で。あなたも一緒に来てください……辛いとは思いますが」
彼女が目を向けたのはあの兵士の男だ。あんな目をした彼をここに置いていくわけにはいかない。
「ボク……今日はちょっと疲れちゃったな」
「そうね。夜も遅いわ、少し離れた場所で休むことにしない?」
ダンゴとアンヤ、そしてノドカもどこか疲れた表情をしていた。恐らく私も。
でも眠って、また悪夢を見るのも怖い。それでも心と体は休息を求めている。
◇
気付いた時には既に朝だった。
いつの間にか眠っていたらしいが、夢を見たかは定かではない。少なくとも、スッキリとした目覚めではないのは確かだ。
――寝汗が酷いな、着替えよう。
布の擦れる音で起こすのも悪いなとテントの外に出て、そこで初めて男の人と行動を共にしていたことを思い出した。
彼に見られない場所で着替えたいものだが――彼はどこにいるのだろう。
「おはようございます、マスター。……あまり眠れませんでしたか?」
「おはよう……ねえ、あの人って昨日はどこにいたんだっけ」
「あの男ですか? 彼はそこの木陰で休むと……」
そこでハッとしたコウカが踵を返してテントへと向かう。
「……みんなを起こしてきます!」
――その後、起きてきたみんなと言葉を交わした。
「もう、どこに行ったんだよ」
眠ったことでダンゴは少し調子を取り戻したらしい。
「ノドカは気付かなかったの?」
「ごめんなさい~……昨日は~ちょっと~……」
「仕方ないよ、そもそもここは魔泉でもないんだし。ひーちゃんも責めているわけじゃないから、気にしないで?」
ノドカもここが魔泉ではないことに加え、疲れていたからか、あまり探知を機能させていなかったらしい。
落ち込む彼女をシズクとヒバナが宥めている。
「……多分、あの場所に戻ってる」
「そうだね。推測でしかないけど、私もそう思う」
彼はきっと家族の住んでいた村に戻っている。
愛する家族が殺されていたのだ。切り替えられるわけもない。
「一度、戻りますか。エルガーたちがいればすぐに戻れるはずです」
彼がいない分、移動は楽だ。
私たちは数分で昨日の村にまで辿り着いた。
朝になったことで分かったことだが、村の中には血だまりの中に倒れている死体があり、精神衛生上よろしくない。
「きっと昨日の家ですね……」
できるだけ死体を見ないようにしながら、村の奥へと進んでいく。
そしてコウカが「ここです」と一軒の平屋の前でエルガーを停止させた。
「様子を見てきます」
エルガーの背中から降りた彼女は剣を片手に家の扉を押し開けた。
――そして1分ほど経った後、出てきたコウカは静かに首を横に振った。
「……出発しましょう。ここは長くいたい場所でもありませんから」
全てを察してしまった。
彼は終わらせることを選んだのだろう。あまり理解したくはない選択だ。
「ッ!」
「アンヤ!?」
突然、私の前でミランから飛び降りたアンヤが家の中へと駆け込もうとする。
そんな彼女の手をコウカが掴み、引き留めた。
「……離してっ」
「アンヤ、見ない方がいいです。ここにはもう、あなたが救おうとした彼はいませんから」
「――ッ!」
それでもその手を振り切った彼女は扉を潜っていった。その背中をコウカもすぐに追いかける。
「アンヤちゃん~……」
「辛いだろうね……」
数分後、コウカに肩を抱かれたアンヤがすっかりとその表情を陰らせ、外へと出てくる。
「……悲しいことばかり、続く」
悲しみの連鎖だ。
救いたかったはずの人が悲しみと絶望の果てに終わりを選んだ。アンヤにとっても大きなショックだったのは疑いようもない。
「こんなこと……絶対に終わらせないといけない」
グッと手を握り、顔を上げたアンヤの瞳はもう悲しみに暮れてなどいなかった。
「アンヤが……アンヤたちの手で……必ず」
どこまでも強い意志を宿して彼女は前へ進もうとしていた。
「……うん、その意気だ。ボクだって精一杯やってやるさ。だから一緒に頑張ろう」
「ダンゴちゃん……ふふっ、少しダンゴちゃんらしくなってきたね」
「あはは、いつまでもクヨクヨしているボクじゃないさ。なんていったってボクはアンヤのお姉ちゃんだからね」
――ああ、私だけが置いていかれてしまう。