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会社の話をしているうちに駅について、新幹線は降りた。
そこから普通の電車に乗り換える。
最初は結構ぎゅうぎゅうに人がいたのだが、街中を外れると、やはり空いてきた。
窓の外には、長閑な田園風景が広がっているが。
何処の田園風景もちょっと似ていて、懐かしい感じがする。
がらんとした電車の長い座席に二人並んで座っていた。
短いトンネルを通ったとき、窓ガラスに自分と蓮太郎が見えて。
唯由は、人から見たら、私たち、どんな風に見えているのかなあと思う。
まさか、コンパ、
それも、別々に開催されたコンパに行って。
なんとなく合流して。
王様ゲームで指名されて。
愛人のフリをすることになって。
今、ふたりで横並びに電車に乗っている人たちだ、とは思わないだろうな。
そんなことを考えて、ふいに黙った唯由に蓮太郎が訊いてくる。
「どうしたんだ?」
「いえ。
雪村さんと出会ってから今までのことが走馬灯のようによぎりまして」
「短い走馬灯だな」
と言ったあとで、蓮太郎は、
「まだ旅行はこれからなんだ、死ぬなよ」
と言う。
死ぬなよ、と言うわりには、淡々とした口調に、ああ、雪村さんだなあ、と思って笑ってしまう。
「外は暑そうだな」
何処までも続く田んぼを見ながら蓮太郎が言った。
田んぼのど真ん中の道を自転車で走っている女子高生がいる。
休日なのに、制服のスカートをひるがえして走っている彼女は部活の帰りなのか、模試の帰りなのか。
なんにせよ、暑そうだ、と思った唯由は、
「そういえば、ハンディファン持ってきましたよ」
とゴソゴソ鞄から雑誌の付録の可愛いミニ扇風機を出してきた。
「こういうのって涼しいのか?」
「結構涼しいんですよ」
唯由はミニ扇風機のスイッチを入れた。
蓮太郎に渡そうとして、蓮太郎の手に指先が触れる。
その手の体温を感じただけで、どきりとして、手を離してしまった。
可愛いキャラクターのついたミニ扇風機がふっ飛んでいきかけ、慌ててつかむ。
「い、生きてますね、この扇風機……」
蓮太郎の手に触れただけで動揺してしまったことを誤魔化すように唯由は言った。
「……生きてるな、この扇風機」
と蓮太郎も認める。
指が触れたとき、蓮太郎もビクッとして手を離したように見えたので、それでだろう。
扇風機をつかんだまま、唯由は黙り、蓮太郎も黙った。
向かいの席に座っていた幼い男の子だけが、
「ママー、あの扇風機、生きてるんだってー」
とこちらを指差し言って、しっ、と苦笑いしているママに言われていた。
宿のチェックインまで時間があるので、唯由たちは近くのテーマパークに立ち寄っていた。
少し眺めて食事でもして時間を潰そうと思ったのだ。
しばらくすると、大野美菜から電話がかかってきた。
「蓮形寺~。
ラブラブデートはどんな感じ~」
我々は仕事よ~という美菜は社食が閉まっているので、同じく出勤してきていた道馬たちとランチに来ているのだと言う。
「今、お蕎麦を食べて。
町娘になって、散策しています」
「……あんた何処に行ってんの?」
唯由たちは江戸の町を模したテーマパークに来ていたのだ。
「えーっ。
いいなあ。
私もお姫様とかになりたい~。
雪村ヤンバルクイナもなんか仮装してんの?」
「雪村さんは、かぶき者の格好しています」
「それ仮装じゃないじゃん。
あいつ、普段から生きざまが、かぶいてんじゃん」
確かに、と笑って電話を切る。
駅には宿からの迎えの車が来ていた。
見晴らしのいい山の宿に着くと、従業員たちがずらりと並んで出迎えてくれる。
「唯由」
と女将の保子が出てきたので、唯由は慌てて蓮太郎に小声で言った。
「あの、おばさんのことは、保子さんでお願いしますね。
おばさんとか言うと、はっ倒されると思うんで」
「はっ倒しゃしないわよ。
まあ、ゆっくりしていきなさいよ」
……聞こえていたようだ。
保子は、ふうん、と蓮太郎を上から下まで眺めたあとで言う。
「あんた、こんないい男でいいの?
お母さんみたいに浮気されるわよ。
まあ、浮気とかできるほど小器用そうでもないけど。
あんたのお父さんだって、ただただ不器用でやさしい人だったのに、あんなことになっちゃったんだから。
早月さん、なんで、あんな昔の恋人を突き離せないような優柔不断な男を選んじゃったのかしらね。
面倒見のいい人だからかしら」
そ、その優柔不断な男の方があなたの実の弟ですが、保子さん……。
「まあ、ゆっくりしていって。
頼りない姪だけど、よろしくお願いしますね」
保子はなんだかんだ言いながらも、そう言って蓮太郎に頭を下げてくれた。
二人きりで緊張するかな、と思っていたが。
よく考えたら、宿に着いたら、やることはたくさんあった。
まずセンス良く整った部屋を見て驚く。
何部屋もあるので、全部見て歩く。
意味もなく、和室に座ってみる。
ガラス張りのジャクジーから眼下に広がる森を見る。
更に露天風呂もあるデッキに出て、森の風を浴びる。
お茶菓子を楽しむ。
川が流れてる、とまたデッキに出て、木々の下に見える小さな川を眺めていると、後ろから、
「楽しそうだな」
と蓮太郎が声をかけてきた。
「雪村さんも楽しそうですよ」
と唯由は笑う。
唯由がちょこまか部屋の中を見て回るあとを蓮太郎もずっとついてきていたからだ。
「そうだな。
楽しそうなお前を見ているのが楽しいかな」
いやいやいや。
なにを言ってるんですか……と唯由は赤くなったが、蓮太郎の表情は動かない。
……いつものように思ったままを言っているだけのようだ。
まあ、それはそれで照れるんですけど、と思いながら、部屋に戻った。
唯由はジャクジーと繋がっている一番広い部屋の中を見回し言う。
「素晴らしいお掃除ですよね。
調度品の陰にもチリ一つない」
「チェックしたのか。
姑か」
……いやいや。
あまりにも掃除が行き届いていたので、感心して、つい……と唯由は苦笑いする。
「そういえば、いつも思うんですけど。
ああいう和室とか、素敵だけど、なにをしたらいいのかなって」
和風モダンな調度品と素敵な陶器の照明器具が床の間や黒檀の机の上にある和室。
……なにをしたらいいのだろうな?
灯りをつけて瞑想にふけるとか?
ずっと灯りをつけておいたら、この部屋から和室を眺めたときに綺麗かなとは思うのだが。
一人暮らしをはじめてから電気を切って歩く癖がついてしまったので、つけっぱなしはなんだか落ち着かない。
「あとで、あそこで二人で酒でも呑めばいいじゃないか」
「あ、そうですね」
そうか。
大人数で来たときには思いつかなかったけど。
こうして、二人で旅行に来たときは、静かにあそこでお酒でも呑めばいいのか……。
そう思ったとき、蓮太郎は唯由のカメラを手に、いつもリラクゼーションルームで座っているようなリクライニングチェアに腰を下ろした。
昼間撮った写真をチェックしている。
町娘とかぶき者が江戸の村を楽しむ様子がデジカメのモニターに映し出されている。
「ちょっと江戸にタイムスリップしてきたみたいだな」
と蓮太郎が笑った。
「それか、前世から一緒にいたみたいだ」
……あなたの前世は、かぶき者だったのですか?
かぶき者と町娘の恋。
あまり上手くいったとは思えないのですが……。
大浴場でそれぞれゆっくりしたあと、夕食の時間になったので、お食事処に行った。
唯由たちの夕食は幾つかある個室のうちのひとつに用意されていた。
個室だが、周りの楽しげな声も聞こえてくるので、程いい感じだ。
昼間の話と明日何処に行くかの話で、それなり盛り上がり、部屋に戻る。
途中、土産物屋で楽しげに話している若いカップルを見かけた。
つい、そのカップルを見てしまったのは、たまたま聞こえてきた地名が自分たちのところのものと似ていたからだ。
あれ? 同じところから来た人なのかな?
と唯由が思ったとき、女性の方と目が合った。
でも、訊くのも変なので、にこ、と笑うと、にこ、と向こうも笑ってくれた。