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庫裏(くり)の中の居間に上がり込んだコユキは、座布団の上にどっかりと腰を下ろした。
座卓の上にあった茶菓子を次々と口の中へ放り込んでいく。
善悪に弱い自分を見せたくなかったのに、我慢出来なかった。
悲しいやら悔しいやらで、
「……なんか、いかにも坊さんのお菓子って感じっ」
フンッ、と鼻を鳴らし文句を言ったが…… 菓子に文句って。
塩羊羹、六方焼、栗しぐれ、ぱり○こ…… そして塩羊羹、おっ、アルファベ○トチョコ発見、やったラッキ~……
――――もう、最悪、こんな時でも食欲ばっかりだよ、アタシ……
コユキは、また泣きそうになるのをグッと堪えて誤魔化す様に大声で叫ぶ。
「……ぜ、善悪ーぅ! まだぁっ? こんな事してる場合じゃ無いんだってばぁっ!」
「はーいはい、ただいま~♪」
お盆には大き目のグラスが二つ、一つには氷入りの麦茶、もう一つにはカ○ピスだ。
「お待たせ~! はい、コユキ殿っ! ちゃんと八対二で割ってあるから安心するでござる」
もちろん八が原液、二が水である、コユキの好みを知り尽くした幼馴染の気遣いが有り難い事このうえない。
「ふぅ、もう喉カラカラだよ…… ありがと」
コユキの中では濃い目よりの薄す目、一般で言う所のどちらかと言えば濃い目、のカル○スをグビグビと一気に飲み干した。
善悪はコユキの向かいの座布団に腰を下ろした。
座卓の脇にお盆を置いた動きに続いて、ツイっとコユキにほど近い畳に何かを置いたようだ。
見てみると、そこには新品と思(おぼ)しいピンクのソックスが置いてあり、更にその上には大判の絆創膏が二枚乗っている。
――――あ、踵(かかと)の
善悪のこうした細やかな気配りに、コユキは小さな頃から毎回感心させられて来た。
――――憎い程、気が回るのよね、それに相手を恐縮させ無いさり気無い所作、あくまでも自然体に影響しない絶妙のタイミング。 昔から、こいつのこういう所って、素直にモノ凄いって思う。 何となく、人としての格って言うか、魂の位階が違うって言うのか? うーん? 僧侶って職業だから、当然って言えばそうなのかもだけど、単純に坊主だから出来るとは思えないし…… 尊敬するし、アタシももっと大きくなったら(今以上?)見習ってみたいと心から思う。 でも、今大事な所は…… そこじゃないっ! 今一番に確認すべき事は……
「ねえ、善悪? なんで女物の靴下とか持ってんの? あんた若(も)しかして…… 女そぅ」
「拙者のママンの物でござるっ! 因(ちな)みに新品でござる」
喰い気味に答えられた。
本気度から見てマジだな…… 善悪に対する疑惑は晴れた、良かった。
しかし、コユキは小首を傾げて、再び善悪へと疑問を投げ掛けたのである。
「そういえば、善悪ん家のママン、いや、おばさんは? おじさんも! 今、奥に居るの?」
言葉にした瞬間、不意に目の前の善悪から表情が消えただけでなく、眉間に皺を寄せ、大きな体が小刻みに震え出したではないか。
「っ!」
コユキは理解した。
二十年近く引き篭もっていた身では、ご近所の慶弔(けいちょう)には疎(うと)くなっていても当然だった。
主な情報源はインターネットのニュースなのだから。
ネルソンマンデラの訃報(ふほう)に涙を流して悲しんだコユキであっても、善悪ん家のご不幸には気付けなかったのだろう。
「ごめん、善悪。 なんか悪い事聞いちゃったよね…… あたし今自分の事でパニクってて…… ごめんね」
コユキが申し訳なさそうに言うと、善悪は俯いたままゆっくりと顔を左右に振った。
そして、無言のまま立ち上がると、部屋の端にある戸棚に向かい、引き出しの一つから数枚の写真を取り出した。
再びコユキの前に腰を下ろした善悪は、写真をコユキの手前に置いて口を開いた。
「これを」