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促されるまま、コユキが視線を向けた写真に写っていた物は……
青く澄んだ海を背景に、どこまでも続く美しい砂浜、ビーチチェアを並べて満面の笑顔を浮かべる一組の男女の姿だった。
揃って日焼けした男女の顔は、これまたお揃いのグラサンで判り難いが、善悪ん家のおじさんとおばさんに良く似て見える。
それに背後の海沿いの景色にもコユキはネットで良く見た覚えがあったのである。
確か、ここは……
「アンティグア・バーブーダ…… ね」
「ハワイでござる、ちなワイキキビーチ」
「なるほど」
静かに頷いたコユキは、二枚目の写真に目を移す。
広々とした公園に、多種多様な巨木が所々に繁茂し、遠景にダイヤモンドヘッドらしき物が見えた。
さっきのがワイキキと言う事は、恐らくカピオラニパークだと思われる。
続けて最後の一枚を手に持って確認する。
そこに写し出されていたのは、ヨーロピアン調のキャビネットを設(しつら)えた、ハイオーカーのフローリング。
ハイエンドなムードを醸し出すマーブルのカウンタートップを有する豪奢(ごうしゃ)なコンドミニアムを背景にしたラナイ。
そこに置かれたエマニュエルチェアに並んで微笑むのは、一枚目と同じ男女。
グラサンを外したその顔は、正しくコユキの記憶に残る、善悪の父母のそれであった。
「あれ? おじさんとおばさん? こ、これは? え、一体、どういう……」
コユキのはてな? に、善悪は苦々しい表情のまま、絞り出すように答えた。
「見ての通りでござる、僕ちんの父上と母上は現在ハワイでウハウハ、ヒャッホウの悠々生活なので…… ござるっ!」
なるほど、わからん。
コユキは無言のまま僅か(わずか)に顎を引き善悪に先を促した。
只、顎の肉が邪魔をして善悪には伝わらなかった。
伝わって居ないにも関わらず、なんと、善悪は許可も得ないまま勝手に話しを続けるのだった。
「小生が得度(とくど)を受けると直ぐ(すぐ)に、さっさと還俗(げんぞく)して移住しやがったのでござる!」
言い捨てると、又善悪は不機嫌そうに口を閉ざした。
一方コユキは、ホッと胸を撫で下ろしながら重ねて善悪に聞いた。
「なんだ、元気だったのね、良かった良かった! でも、だったら何でアンタ不機嫌そうにしてんの?」
何か考え込む様に答え無かった善悪だったが、暫く(しばらく)すると、コユキの目に視線を合わせながら口を開いた。
その表情はいつも通りとは言えない物であったが、不機嫌というよりは、何故か口惜しそうであった。
「還俗(げんぞく)した事自体に格別の不平はござらぬ、得度したばかりの拙者を放置して移住した件も、修行と思えば文句を言う筋合いでは無いかと…… 某が納得出来ないのは、新居のコンドミニアム購入の為に、檀家さん達の寄進(きしん)を使い切った事でござる! 檀家さん達も経済的に恵まれた家庭ばかりでは無いのでござる! 生活を切り詰めて迄の寄進は、浄財とも言うべき清浄な志(こころざし)でござる…… それを、この様な使い方をするとは、許される事では無いと思うのでござる」
コユキは漸く(ようやく)善悪の苦悩の意味を正しく理解出来た。
勿論、寺院と言えど人間が営んでいる訳で、別に霞(かすみ)を食って生きている訳じゃあない。
多少の贅沢だってする事は有るだろうし、娯楽の類だって当然存在する事だろう。
善悪の主張は人によっては、子供じみた理想論だと一笑に付すのかも知れない。
しかし、コユキは、この幼馴染の愚直な青臭さが嫌いでは無かった。
どこか誇らしい気持ちで、善悪の顔を見つめていると、彼は小さく独り言を呟いた。
「僕ちんのパソコンも買い換えていないし…… フィギュアだって我慢しているのに……」
「えっ?」
「あっ!」
気まずい空気が場を支配し、暫し(しばし)の間続いた。