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「おかえりなさいませ、ご主人様!」
メイド服の女が、両手を広げてそう言った。
ミアが俺の背後で息を呑み、鞘に手をかける。
当然の反応だ。鍵のかかった空き家に見知らぬ女が入り込み、食事を用意して待っている。
普通に考えれば、罠か、それより悪い何かだ。
だが、俺の手は剣に伸びなかった。
焼いた肉と香草の匂いが漂っている。
やたらと香草を利かせすぎる、この焼き方には覚えがあった。
「……リタか」
「はい! ご主人様」
女は嬉しそうに、ぱっと表情を明るくした。
「三日前から、お待ちしておりました」
「三日前?」
「はい。ご主人様がギルドをお辞めになると聞きましたので」
俺がギルドを辞めたのは昨日だ。
(三日前って、まだ俺自身も決めてなかったんだけどな)
(いや……、リタのこういうところは今さらか)
今回も、訊くだけ無駄だろう。
「シ、シードさん。この方は……?」
ミアが俺の袖を掴んだまま、警戒を解かずに囁いた。
鞘にかけた手も、そのままだ。
「知り合いだ。昔、少し面倒を見た」
「面倒だなんて、そんな」
リタが胸に手を当て、うっとりと言う。
「拾っていただいたんです。私、この方がいなければ、とっくに死んでましたから」
ミアの指が、俺の袖の上でぴくりと動いた。
俺はランタンを置き、ようやく荷を下ろす。
半年ぶりの拠点は、埃ひとつなく磨き上げられていた。
到底、三日で済ませられる仕事量ではない。
「大袈裟だ。言っておくが、俺は少しばかりの融資をしただけだ。返済も、とっくに終わっている」
六年前、リタは地方貴族の屋敷でメイドをしていた。
ところが当主を誘惑したと濡れ衣を着せられ、違約金の名目で借金を背負わされ、娼館へ売られる寸前だったのだ。
揉めているところを、たまたま通りかかった俺が鑑定した。
到達予想値は八億ドゥレ──実現度は31パーセント。
31パーセントという値は、決して高いものではない。
今になって思えば、少し無謀なスカウトだったのかもしれない。
それでもこの少女は、想像を遥かに上回る伸びを見せ、気がつけば大陸屈指の実力者と呼ばれるまでに成長していった──なぜかメイド服のままだけど。
「あの、シードさん。この方は……その、何をされている方なんですか?」
#元カレ
まぁ
25,630
アトハ
153
#聖女
にゃみ3
37
#ハッピーエンド
にゃみ3
30
ミアが恐る恐る尋ねてきた。
リタは布巾で手を拭きながら、あっさりと答えた。
「見ての通りメイドです」
「いや、そうじゃなくてだな」
俺は額を押さえた。
「……こいつは冒険者だ。三年前、東の山脈で古竜を討伐している」
「こ、古竜っ!?」
ミアの声が裏返った。
無理もない。古竜を単独で屠った冒険者など、大陸中を探しても片手で数えるほどしかいない。
「じゃ、じゃあ、竜殺しの……?」
「ああ」
「そんな方が、どうしてメイドの格好を……」
それは俺も知りたい。
ミアの視線が、リタのエプロンとフリルを往復する。
当のリタは、心底不思議そうに小首を傾げた。
「? 私はご主人様のメイドですから」
「いや、竜殺しなんですよね?」
「はい。竜殺しですね」
それが何か? とでも言いたげだった。
ミアが助けを求めるように俺を見る。
俺は肩をすくめるしかない。
「……こいつは昔からこうだ」
「昔からこうなんですか?」
「竜殺しの称号を手にした翌週も、同じ顔で紅茶を淹れに来たぞ」
リタは満足げに頷いている。
褒められたとでも思っているらしい。
俺は椅子を引き、腰を下ろした。
「リタ。前にも言ったが、もう十分すぎるほど返してもらっている。おまえは自分の稼ぎで、好きに生きればいい」
「はい。ですから好きに生きております」
「……そうか」
それならもう何も言うまい。
リタは俺の前に皿を置き、それからミアの方へ向き直った。
その動きが、途中で止まる。
「あら」
視線が、ミアの左腕に落ちていた。
外套の裂けた袖と、その下に巻かれた布を見て、リタの表情が変わる。
「……お怪我を」
「あ、これは、大したことでは──」
「座ってください」
声のトーンが、ひとつ下がった。
次の瞬間には、リタはミアの腕を取り、手際よく布を解いていた。
ミアが抵抗する暇もない。
「消毒はされていますね。処置も悪くありません。ですが、この結び方では血が止まりすぎます」
「あ、あの……、これぐらいは自分で」
「駄目です」
リタはにこりと笑い、ミアの言葉を封じた。
「ご主人様が連れてこられた方です。ぞんざいには扱えません」
ミアが言葉を失ったように黙り込む。
包帯を巻き直されながら、俺の方をちらりと見た。
「ご主人様は昔から、血が止まれば問題ないと思っておられますから」
「ほっとけ」
俺は、そう言いながら用意された茶菓子を口に運ぶ。
「今後、お怪我をされたときは私に見せてください。傷跡が残ってからでは遅いですから」
「……はい」
ミアは小さく返事をして、リタの手元へ視線を落とした。
その横顔は、どこか強張っている。
「……リタさんは、最初から強かったんですか?」
ぽつりと、ミアが尋ねる。
「いいえ。ご主人様に拾っていただいた頃は、剣を握ったこともありませんでした」
「それなのに、たったの6年で古竜を……?」
「”6年も”かかりましたけどね」
リタは包帯の端を結びながら、あっさりと答えた。
「私も……、どうすればリタさんみたいになれますか?」
「そうですね──」
リタは少しだけ考え込むように目を閉じ、
「おもてなしの心を忘れないことですかね」
「なるほど。おもてなしの心ですか……」
「はい、なにをしたらご主人様に喜んでいただけるかを常に考えるのがメイドの務め──基礎にして絶対のルールですからね」
「勉強になります」
大真面目な顔でこくりと頷くミアを見て、
「竜はどうやって倒すんだ、竜は」
思わず突っ込むも、残念ながら聞き入れられることはなかった。
(まあ、ミアが馴染んでくれたようでなによりか)
顔を突き合わせて何事かを語り合う二人を見ながら、俺は小さくため息をついた。
***
食事を終える頃には、夜も更けていた。
俺は温くなった茶を飲みながら、二人に話しておくべきことを切り出した。
「これから、新しいギルドを作る。俺が見つけた人間を、俺の判断で育てる場所だ」
「はい、存じております!」
「今決めたのに、もう知ってたのか」
「はい。ご主人様のことは何でも知っておりますので」
リタが満面の笑みを浮かべる。
「ですから……、寝室を二つ整えておきました!」
「手際が良すぎるな!?」
さすがに驚きを見せた俺に、リタは満足げに微笑んだ。
「二階の部屋をご主人様と私に。向かいの部屋をミア様に。夜のお世話もお任せください」
「おい、待て。おまえ、住む気なのか?」
(あと年頃の娘が、大声で夜のお世話とか言うんじゃない!)
「?」
リタは、本当に理解できないという顔をした。
「ご主人様がギルドを作られるのに、私がいない方がおかしいのでは?」
俺は、しばらく言葉を探した。
しばらく言葉を探したが──説得できる言葉も出てこない。
「冒険者稼業はいいのか?」
「私はご主人様のメイドですから」
「……そうか」
そんな普段通りの会話をする俺たちを見て、ミアはぽかんと口を半分開けたまま固まっていた。
その視線が、俺とリタの間を何度も往復していたが、
「私……、お邪魔ですか?」
悲しそうに俯くミアを見て、俺は思わず口を開いていた。
「この馬鹿メイドの言うことは真に受けないでいいぞ」
「馬鹿とは失礼ですね。私はご主人様のお気持ちを先回りして──」
「おまえは黙ってろ」
リタの抗議を黙殺し、俺はミアへ向き直った。
「おまえを連れてきたのは俺だ。邪魔なら、最初から連れてきていない」
「でも……」
「おまえは、俺が作るギルドの最初の一人だ。変な遠慮はするな」
ミアはじーっと俺の顔を見ていたが、こくりと頷いた。
「それと、寝室は三つだ。誰がおまえと同じ部屋で寝ると言った」
「あら。照れなくてもよろしいのに」
「今すぐ三つ目を用意しろ」
「かしこまりました。では、夜中に寂しくなりましたら、いつでもお呼びくださいませ」
「誰が呼ぶか!」
二階へ向かうリタを見送りながら、俺は早くも頭を抱えた。
こうして俺の新しいギルドは、未来の剣聖と竜殺しのメイドを最初の二人として、妙に騒がしく始まることになるのであった。
コメント
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読み終えたよ〜!第3話、めっちゃ良かった!リタ登場シーンからテンション上がったわ。鍵かかった空き家にメイド服で待ってるとか、完全にシードのこと把握してるし、ちょっと不気味だけど愛があって好き。古竜倒した竜♡♡♡がメイドやってるギャップもたまらん。ミアが「お邪魔ですか」って不安そうにするシーン、グッときた。シードが「最初の一人だ」って言うところでじわっと来たわ。新しいギルドの始まり、めちゃくちゃ楽しみ!🔥