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こはる
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上野文
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ふゅう@低浮上
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コメント
1件
みぅです🤍🥀 第241話、読み終えました。 帰還先を巡って、思い出とCが重なってくる感覚がすごくリアルで怖かったです。リオが「家に帰りたい」と思う気持ち、そのままだからこそCに狙われるって、読んでて胸が苦しくなりました。 でも「今の姉さんの身体で戻る」って言えたリオ、ちゃんと成長してるんだなって思いました。 それに最後の雲賀匠さんの登場…今度こそちゃんと話せるのかなってドキドキしてます。 白峰律の研究ノートの「C」の文字、ゾッとしました。 続き、静かに待ってますね🌙
第241話 戻せない理由
【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室・昼】
ユナの寝台の下で、黒い影が揺れていた。
リオが「一緒に帰ろう」と言った瞬間、反応した影。
名前には触れない。
身体にも触れない。
医療棟という場所にも触れない。
ただ、ユナがどこへ戻るかを選ぼうとした時だけ、動いた。
イデールは治癒結界を維持したまま、寝台のそばに立っている。
ハレル、リオ、サキは、ユナから数歩離れた場所にいた。
サキのスマホでは、reが黒い影を避けるように白い線を曲げている。
ノノの声がイヤーカフから入った。
『現実側から連絡が来た』
『ユナさんの帰還地点が決まった』
リオがすぐに聞く。
「どこだ」
『帰還した学園』
『校舎一階の保健室を作り直した、臨時医療受け入れ室』
リオは眉を寄せた。
「病院じゃないのか」
『最初は学園へ戻す』
『身体と意識を確認して、安定してから専門の病院へ運ぶ』
「家は?」
その言葉が出た瞬間。
寝台の下の黒い影が、わずかに広がった。
サキのスマホでreが強く震える。
リオも気づいた。
「……自宅って言葉に反応した」
セラの声が通信に入る。
『ユナとリオが暮らしていた家は、記憶が強すぎます』
リオは黒い影を見る。
セラは続けた。
『家族の記憶』
『以前の生活』
『帰れなかった時間』
『Cが入口に使うものが多すぎます』
リオは唇を噛んだ。
家へ連れて帰りたい。
姉が戻ったら、まず自宅の部屋で休ませたい。
以前と同じ場所で、以前と同じように話したい。
その気持ちは本物だった。
だからこそ、Cに利用される。
ハレルが言った。
「最初から全部を取り戻そうとしない方がいい」
リオが見る。
「まず安全な場所へ戻す」
「身体を安定させる」
「それから家へ帰ればいい」
サキも頷く。
「ユナさんが元気になってから、リオと一緒に帰ればいいよ」
リオはユナを見た。
眠ったままの姉。
「……そうだな」
少し間を置き、寝台へ向かって言う。
「姉さん」
「最初に戻るのは、家じゃない」
「帰還した学園の医療室だ」
黒い影が揺れる。
だが、さっきのようには広がらない。
「そこで身体を診てもらう」
「それから、ちゃんと家に帰ろう」
ユナの指先が小さく動いた。
ノノの声が入る。
『反応あり』
『帰還地点の言葉を聞いてる』
リオは続けた。
「今すぐ昔に戻るんじゃない」
「今の姉さんの身体で、現実へ戻る」
寝台の下の黒い影が細く縮んだ。
完全には消えない。
それでも、ユナの青い反応との間に、わずかな隙間ができた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/臨時医療受け入れ室・昼】
保健室の中央には、白い線で囲まれた空間が作られていた。
そこへ新しい寝台が置かれている。
呼吸器。
心拍測定機。
点滴用の器具。
意識反応を確認するための隔離端末。
学校の保健室とは思えないほど、多くの機材が並んでいた。
佐伯は寝台の高さを確認している。
村瀬は壁に貼った表示を見直していた。
『現実世界』
『帰還した学園』
『校舎一階・臨時医療受け入れ室』
『一ノ瀬ユナを治療する場所』
日下部は床の白い線へ小型端末を接続した。
「異世界側へ帰還地点の情報を送りました」
佐伯が聞く。
「反応は」
「ユナさん本人の反応が少し上がっています」
村瀬が安堵する。
「届いたんですね」
「はい」
「ただ、同時に黒い反応も出ました」
三人の表情が硬くなる。
佐伯が寝台を見る。
「自宅の話をしたからですか」
「その可能性が高いです」
日下部は端末に表示された波形を見る。
青い線の横に、細い黒い波がある。
「Cは、帰還地点をただの住所として見ていません」
「そこにある記憶ごと入口にしようとしています」
村瀬は壁の表示へ手を添えた。
「だから、ここを新しい場所として固定する」
「はい」
日下部も表示を読み上げる。
「ここは現実世界」
「帰還した学園」
「校舎一階、臨時医療受け入れ室」
「一ノ瀬ユナを治療する場所」
床の白い線が淡く光る。
その時。
壁に貼られた文字が、一瞬だけ揺れた。
『臨時医療受け入れ室』
その文字が薄くなり、別の言葉が浮かぶ。
『一ノ瀬家・ユナの部屋』
村瀬が息を呑んだ。
「日下部さん!」
「見ています!」
日下部が隔離端末を操作する。
黒い文字が壁の上で揺れる。
さらに、保健室の白い壁が薄く変わり始めた。
小さな本棚。
カーテン。
机の上に置かれた写真立て。
実際にはここにないはずの部屋が、保健室へ重なろうとしている。
佐伯が立ち上がった。
「自宅の記憶が、ここへ入ってきてる」
村瀬は壁へ向かって、はっきりと言った。
「ここは一ノ瀬家ではありません」
「ユナさんの以前の部屋でもありません」
「ここは帰還した学園の臨時医療受け入れ室です」
日下部も続ける。
「過去の記憶を入口にしない」
「帰還地点は、現在存在するこの場所です」
佐伯は寝台へ手を置いた。
「ここで一ノ瀬ユナを受け入れる」
「治療が終わるまで守る」
白い線が強く光った。
重なりかけていた部屋が消える。
机も。
本棚も。
写真立ても。
残ったのは、元の保健室だった。
日下部は黒い波形が下がったことを確認する。
「拒否成功」
村瀬は息を吐いた。
「まだ帰還も始まっていないのに……」
「帰還地点を探しています」
日下部は端末を見つめる。
「Cは、どの記憶なら私たちが受け入れるか試している」
佐伯が聞く。
「城ヶ峰さんへ連絡しますか」
「はい」
日下部はすぐに報告を送る。
帰還地点への記憶干渉。
一ノ瀬家を模した空間の一時出現。
拒否成功。
送信後、日下部は通信回線を再確認した。
「こちらの異常は、ノノさんたちにも共有します」
◆ ◆ ◆
【現実世界・雲賀匠の事務所・昼】
古い箱は、書棚の奥に押し込まれていた。
表面には埃が積もっている。
木崎は箱を机の上へ置いた。
側面に書かれた文字。
『律』
匠の字だった。
木崎は蓋を開ける。
中には、古い紙の資料が何冊も入っていた。
大学の研究資料。
手書きのプログラム。
印刷された論文。
そして、一枚の写真。
木崎は写真を手に取った。
若い男が二人、研究室らしき場所で並んでいる。
一人は雲賀匠。
今より若い。
まだ目元に疲れもなく、珍しく笑っている。
その隣にいるのが白峰律だった。
黒い髪。
細い眼鏡。
穏やかな表情。
二人の後ろにある黒板には、複雑な図が描かれている。
二つの円。
その間を繋ぐ線。
現在使われている境界図に似ていた。
木崎は写真を裏返した。
短い文字が書かれている。
『律と最初の境界実験』
「最初の……」
木崎は眉を寄せた。
匠はクロスゲート社を追っていただけではない。
もっと前。
白峰と一緒に、境界の研究をしていた。
箱の中をさらに探る。
写真の下に、薄いノートがあった。
表紙には何も書かれていない。
最初のページを開く。
匠の手書き。
『律は、帰還先を場所ではなく記憶で固定しようとしている。』
木崎の手が止まる。
次の行。
『本人が強く望む場所なら、座標が曖昧でも戻れるという考えだ。』
さらに、その下。
『だが、記憶は書き換えられる。』
『偽の記憶でも、本人が信じれば門になる。』
『この方法は危険だ。』
木崎は無言で文字を追った。
今、ユナの帰還地点へ自宅の記憶が重なろうとしている。
偶然ではない。
白峰律は、ずっと前から記憶を帰還地点として使おうとしていた。
木崎は写真とノートを並べて撮影した。
城ヶ峰へ送る。
短い文章を添える。
『匠と白峰は共同研究者だった。』
『白峰は、記憶を帰還地点に使う方法を研究していた。』
送信。
すぐに城ヶ峰から返信が来た。
『原本を保全しろ。ほかにも探してくれ。』
木崎は鼻で笑った。
「言われなくてもやる」
ノートをめくる。
数ページ先。
黒いインクで、大きく一文字だけ書かれていた。
『C』
その下には線が引かれ、続きのページが破り取られていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・仮設指揮室・昼】
城ヶ峰は、木崎から届いた写真を見ていた。
若い匠。
若い白峰律。
二人が並ぶ研究室。
背後の境界図。
捜査員が横から画面を見る。
「雲賀匠は、クロスゲート社の外部調査者ではなかったんですか」
「それだけではなかったらしい」
城ヶ峰は答える。
「白峰律と一緒に、門の原型を作っていた」
「では、雲賀匠もクロスワールドゲートの開発者ですか」
城ヶ峰はすぐには答えなかった。
写真だけでは分からない。
匠がどこまで関わったのか。
いつ白峰と別れたのか。
なぜ白峰を止めようとしたのか。
まだ確認が必要だ。
そこへ、日下部からの緊急報告が届く。
帰還地点への記憶干渉。
一ノ瀬家の部屋が一時的に重なった。
拒否成功。
城ヶ峰は、木崎が見つけたノートの文章を読み直す。
『律は、帰還先を場所ではなく記憶で固定しようとしている。』
同じだ。
城ヶ峰は日下部へ返信する。
『白峰律の研究と一致する。』
『記憶地点への干渉を警戒しろ。』
『自宅だけではない。ユナ本人が強く覚えている場所すべてが候補になる。』
日下部から、すぐに返事が来た。
『了解しました。』
『異世界側にも共有します。』
城ヶ峰は次の指示を出す。
「白峰律の大学時代の研究記録を洗え」
「雲賀匠との共同研究を優先」
「記憶、帰還地点、境界固定、この三つに関わる資料を探せ」
捜査員たちが動き出す。
城ヶ峰は画面の写真を見つめた。
二人は笑っている。
この時には、まだ友人だったのだろう。
「どこで道を分けた」
小さく呟く。
答える者はいない。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室・昼】
現実側で起きた干渉が、ノノから伝えられた。
『帰還地点に、自宅の部屋が重なった』
『でも、日下部さんたちが拒否した』
『今は臨時医療受け入れ室へ戻ってる』
リオの表情が硬くなる。
「姉さんの部屋を使ったのか」
『うん』
『それと、城ヶ峰さん側で白峰律の昔の研究が見つかった』
ハレルが聞く。
「何が書いてあった」
『記憶を帰還地点に使う研究』
『本人が強く望む場所なら、座標が曖昧でも戻せるって考えてたみたい』
セラが続ける。
『ですが、記憶は事実と同じではありません』
『本人が信じれば、存在しない場所でも帰還先になってしまう』
サキはreの白い線を見る。
「だからreは、記憶じゃなくて、今ある場所を選んでるんだ」
セラは静かに答えた。
『そうだと思います』
リオはユナへ話しかける。
「姉さん」
「家に帰りたいと思っても、その景色について行くな」
ユナの指が、わずかに動く。
「最初に戻るのは、学園の医療室だ」
「そこに日下部さんたちがいる」
「佐伯さんと村瀬さんも待ってる」
黒い影が細かく揺れる。
リオは続けた。
「家は、その後だ」
「俺と一緒に、本当に帰る」
青い反応が少し強くなった。
サキのスマホで、reが白い線を一本伸ばす。
その線は、黒い影を避けながらユナの指先へ近づいていく。
だが、途中で止まった。
何かが足りない。
ハレルは主鍵を握った。
「帰還地点は決まった」
「ユナさんも聞いている」
「それでも、まだ道が繋がらない」
ノノが言う。
『選択の影を外す方法がない』
治療室に沈黙が落ちた。
その時。
ハレルの主鍵が、急に熱くなった。
「っ……!」
ハレルは胸元を押さえる。
主鍵から、細い白い線が伸びた。
reの補助線とは違う。
もっと古い。
不安定で、ところどころ切れた線。
その線は治療室の壁へ向かい、白い石の表面に触れた。
壁が、わずかに揺らぐ。
サキが息を呑む。
「お兄ちゃん、あれ……」
壁の向こうに、人の影が見えた。
背の高い男。
こちらへ歩いてくる。
完全な身体ではない。
景色の中に半分だけ重なったような姿。
ノノが通信越しに声を上げる。
『新しい反応!』
『Cじゃない!』
『主鍵と、匠さんの手順に一致してる!』
ハレルは、壁の向こうに浮かぶ人影を見つめた。
頬のこけた顔。
目の下に残る深い疲れ。
白い層の中に半分だけ重なった、不安定な姿。
間違えるはずがなかった。
少し前、転移した学園の情報処理室で会った父。
あの時、匠は補助層に留まるため、短い時間しか姿を見せられなかった。
そしてハレルは、消えていく父へ言った。
次は逃げるな、と。
壁の向こうの匠が顔を上げる。
遠く、途切れた声が治療室へ届いた。
「帰還先は、それでいい」
ハレルは主鍵を握りしめた。
「父さん」
前のような驚きではない。
また姿を消す前に、今度こそ聞かなければならないという緊張が、胸の奥へ広がった。
匠はハレルとサキを見た。
その視線が、一瞬だけ父親のものに戻る。
「約束したからな」
ハレルは息を止めた。
情報処理室で交わした言葉を、匠も覚えていた。
――次は逃げるな。
匠は、寝台の下で揺れる黒い影へ目を向けた。
「今度は、前より長く話す」
「だが、その前にユナを戻す」
白い壁に、ひびのような光が走る。
匠は続けた。
「帰還先は固定できた」
「次は、ユナの選択からCの影を剥がす」
サキがスマホを胸元で握りしめる。
「お父さん、今度はすぐに消えないよね」
匠はすぐには答えなかった。
白い線が、その身体の周りで不安定に明滅している。
それでも、前のように話を急いで終わらせようとはしなかった。
「ああ」
「今度は、できる限りここにいる」
ハレルは父を見つめたまま、静かに頷いた。
前は、帰還のために必要な手順を聞いた。
今度は、それだけでは終わらない。
白峰律のこと。
Cのこと。
そして、父が今までどこにいたのか。
聞かなければならないことが、いくつも残っていた。
壁の向こうで、雲賀匠が一歩前へ進んだ。