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#ライトノベル
こはる
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Nu²Ⅰ
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上野文
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#ご本人様には関係ありません
ふゅう@低浮上
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第242話 境界にいる父
【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室・昼】
白い壁の向こうに、雲賀匠が立っていた。
頬はこけ、目の下には深い疲れが残っている。
転移した学園の情報処理室で会った時と同じように、
その身体は周囲の景色へ完全には重なっていなかった。
白い線の奥にいるようにも見える。
すぐ目の前に立っているようにも見える。
ハレルは胸元の主鍵を握りしめた。
「父さん」
今度は、驚いて名前を確かめたのではない。
前回のように短い時間で消えられないよう、呼び止めるための声だった。
匠はハレルを見た。
「約束したからな」
ハレルの脳裏に、情報処理室で交わした言葉が戻る。
――次は逃げるな。
あの時、匠は小さく頷いた。
次は、もっと話すと答えた。
サキがreの映るスマホを胸元で握る。
「お父さん、今度はすぐに消えないよね」
匠は一瞬だけ、サキへ父親らしい目を向けた。
だが、すぐにユナの寝台へ視線を戻す。
「前よりは持たせられる」
「ただし、完全にこちらへ出てきたわけじゃない」
ハレルが壁へ近づく。
白い石の表面には、細い光のひびが何本も走っている。
その向こうに匠がいるが、触れようとすれば壁に手が当たるだけだった。
「どこにいるんだ」
「境界の補助層だ」
「前に会った時と同じ場所か」
「近いが、同じではない」
匠は足元に流れる白い線を見た。
「補助層は一つの部屋じゃない。現実と異世界の間に重なっている、いくつもの細い支えだ」
「私は、その支えを移りながら動いている」
リオがユナのそばから聞く。
「身体はどうなってる」
匠は少しだけ黙った。
「完全には固定されていない」
「現実にも異世界にも、身体がないってことか」
「ないわけではない」
匠は自分の手を見る。
指の輪郭が、一瞬だけ白い数字のように崩れ、すぐに元へ戻った。
「境界へ入った時、身体と意識の位置がずれた」
「今の私は、現実側にも異世界側にも一部が残っている」
「どちらかへ無理に出れば、残った側が引き裂かれる」
サキの表情が曇る。
「じゃあ、お父さんは帰れないの」
「今は、まだな」
サキは何かを言おうとした。
しかし、匠が先に続けた。
「だが、戻る方法がないわけじゃない」
「ユナを戻す手順は、私自身を戻す手順にも繋がる」
ハレルは匠を見つめた。
「だからユナさんを先に戻すのか」
「それだけじゃない」
匠はユナの寝台の下を見た。
黒い影は、白い壁のひびが現れてから動きを止めている。
消えたわけではない。
ただ、匠の存在を警戒するように、青い治癒光の外側で細くなっていた。
「ユナの帰還が成功すれば、正しい門を一度、最後まで動かせる」
「その記録が残れば、消えた一般人たちを探す道にもなる」
ハレルは頷いた。
ユナ一人を戻して終わるわけではない。
クロスワールドゲートに消された人たちは、今もどこかにいる。
「そのためにも、あの影を外す」
匠が言った。
リオは黒い影を睨む。
「どうやって」
「攻撃はするな」
「でも、こいつが姉さんの選択に混ざってるんだろ」
「だから攻撃できない」
匠の声が少し強くなる。
「影だけを狙ったつもりでも、ユナ本人の選択まで削る可能性がある」
「Cはそれを待っている」
イデールが治癒結界を維持しながら聞いた。
「では、どう分けるんですか」
匠は答える。
「選択と、選択肢を分ける」
リオが眉を寄せた。
「同じじゃないのか」
「違う」
匠は壁の白い光へ指を触れた。
治療室の中央に、二本の細い線が浮かぶ。
一本は青い。
もう一本は黒い。
「ユナが現実へ戻りたいと思うこと。それが選択だ」
「だがCは、その前に答えを並べようとしている」
黒い線の先に、二つの文字が浮かんだ。
『現実へ戻る』
『異世界に残る』
リオが言う。
「普通の選択に見える」
「そう見せている」
匠が指を動かす。
文字の下から、さらに細い黒い線が現れた。
『現実へ戻る――リオを異世界へ残す』
『異世界に残る――リオを現実へ帰す』
サキが息を呑んだ。
「どっちを選んでも、一緒に帰れない」
「ああ」
匠は頷く。
「Cは、本人の願いを消す必要はない」
「選べる答えを先に狭めればいい」
「人は、目の前に二つしか道がなければ、そのどちらかを選ばなければならないと思う」
リオの拳が震える。
「姉さんに、そんなものを選ばせる気か」
「まだ選ばせていない」
匠は黒い線を見る。
「今は、ユナが目を覚まし、戻る意思をはっきりさせる瞬間を待っている」
イヤーカフからノノの声がした。
『匠さん、聞こえてる』
『つまり、影を消すんじゃなくて、Cが作った選択肢を偽物だと確認すればいい?』
「それだけでは足りない」
『何が必要?』
「第三の道だ」
ノノが黙る。
匠は続けた。
「Cが用意した選択肢の外側に、ユナ自身が道を作る」
「与えられた答えを選ぶのではなく、自分の言葉で帰る方法を決める」
セラの声が通信に入る。
『案内人が必要ですね』
匠の目が、少しだけ細くなった。
「そうだ」
『道を決めるのではなく、偽の道を避けるための案内』
「それができる者が二人いる」
サキがスマホを見る。
「セラさんと、re?」
reが小さく光った。
匠は頷く。
「reは、Cの影が置かれた場所を避けて線を引ける」
「セラは、その線が何を避けているのかを読める」
セラはすぐには答えなかった。
通信の向こうで、わずかな沈黙が落ちる。
『私にできるでしょうか』
「できる」
匠は迷わず答えた。
その言葉に、セラの声が止まる。
匠はセラのことを知っている。
少なくとも、案内人としての力を知っている。
ハレルはそれに気づいたが、今は聞かなかった。
匠も、それ以上は説明しない。
「ハレル」
「何だ」
「主鍵で、ユナの現在位置を固定しろ」
「医療棟にいるって確認するのか」
「それだけじゃない」
匠はユナを見る。
「過去のユナでも、記憶の中のユナでもない」
「今、この身体で治療を受けている一ノ瀬ユナを固定する」
ハレルは主鍵へ手を添えた。
白い光が胸元から伸びる。
「一ノ瀬ユナ」
「王都イルダ医療棟にいる」
「身体とコアは繋がっている」
「今は治療中」
青い治癒光が少し強くなる。
黒い影は動かない。
匠が次にリオを見る。
「リオは、帰る理由を言え」
「理由?」
「後悔ではなく、今の選択としてだ」
リオはユナを見る。
助けられなかったから。
置いてきたから。
自分だけ戻ったから。
それは全部、過去の後悔だ。
Cが使おうとしているものでもある。
リオは一度、息を吸った。
「姉さん」
ユナの指先が動く。
「俺は、置いてきたことをやり直すために来たんじゃない」
「今の姉さんと、これから一緒に生きるために来た」
青い反応が強くなった。
黒い影が、わずかに揺れる。
「家に戻ったら終わりじゃない」
「病院にも行く」
「聞きたいこともある」
「怒りたいことだってある」
リオは少しだけ笑った。
「だから、昔に戻るんじゃない」
「俺と一緒に、これからへ帰ろう」
ユナのまぶたが、わずかに動いた。
サキのスマホでreが強く光る。
白い線が黒い影の横を通り、これまで止まっていた場所より少し先へ伸びた。
ノノの声が上がる。
『補助線、前進!』
『選択反応と黒い影の間が離れてる!』
匠が言う。
「まだだ」
「今の言葉で隙間ができただけだ」
ハレルは聞く。
「次は」
「ユナ本人に、Cが用意していない言葉を選ばせる」
リオは眠る姉を見る。
「目を覚まさせるのか」
「無理には起こさない」
「まず、影と本人反応を完全に分ける」
匠の身体の周囲で、白い線が激しく揺れた。
サキが不安そうに見る。
「お父さん」
「まだ大丈夫だ」
匠は壁のひびへ手を押し当てた。
「日下部とノノに、手順を送る」
「現実側と異世界側で同時に拒否線を作る」
「reが影を避け、セラが道の意味を読む」
「父さんは?」
ハレルが聞く。
匠は黒い影を見た。
「私は、Cが選択肢を作り直すのを止める」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/臨時医療受け入れ室・昼】
日下部の隔離端末に、新しい文字が表示された。
《選択と選択肢を分離》
《偽の二択を拒否》
《第三線を確保》
日下部は画面へ身を乗り出す。
「匠さんからです」
佐伯と村瀬も端末を見る。
床の白い線に、新しい枝が一本加わった。
帰還地点へまっすぐ伸びる線ではない。
途中で大きく横へ曲がり、何もない空間を通ってから寝台へ戻ってくる。
村瀬が聞く。
「遠回りしている?」
「違います」
日下部は線を追う。
「Cが用意した帰還先を避けています」
佐伯が壁の表示を見る。
臨時医療受け入れ室。
今度は文字に揺れはない。
日下部は通信を開いた。
『異世界側、聞こえます』
『現実側で第三線を受け取りました』
ノノが答える。
『こっちも確認!』
『まだ細いけど、医療棟まで伸ばせる!』
日下部は床の白い線へ手を置いた。
「ここは現実世界」
「帰還した学園」
「臨時医療受け入れ室」
佐伯が続ける。
「一ノ瀬ユナを受け入れる」
村瀬も言う。
「与えられた記憶ではなく、本人が選んだ道から」
白い線が強く光った。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/医療棟・治療室・昼】
現実側から届いた光が、治療室の床へ現れた。
一本目。
帰還するための道。
二本目。
揺れを逃がす補助線。
そして、新しく加わった三本目。
Cが用意した選択肢を避けるための線。
reが、その線へ近づいた。
画面の中の白い光が、ゆっくり動く。
三本目の線に触れる。
その瞬間。
寝台の下の黒い影が大きく広がった。
青い治癒光へ、何本もの黒い文字が浮かぶ。
『帰る』
『残る』
『弟を守る』
『弟を置いていく』
『現実』
『異世界』
言葉が増えていく。
選択肢を増やしているように見える。
だが、どれもユナを追い込む言葉だった。
匠の表情が変わる。
「来るぞ」
白い壁の向こう。
匠の周囲にも黒い針が現れた。
Cが、匠のいる補助層を見つけた。
ノノが叫ぶ。
『黒い針、補助層へ侵入!』
サキがスマホを握る。
「お父さん!」
匠は黒い針へ手を向けた。
白い文字が何重にも広がる。
「前回は、位置を隠すために消えた」
黒い針が白い線へ突き刺さる。
匠の姿が大きく揺れた。
それでも、匠は動かなかった。
ハレルを見る。
「だが、今回は逃げない」
白い光が、黒い針を押し返した。
コメント
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読了しました。第242話、匠さんの「今回は逃げない」という決意が胸に沁みました。「選択肢」と「選択」を切り離すという発想が鮮やかで、Cの罠の巧妙さと匠さんの深い理解にゾクゾクします。リオが「過去の後悔ではなく、今の選択として」帰る理由を語る場面、最高でしたね。第三の道を現実と異世界の両側から準備するこの連携プレイ、どう決着するのか続きが待ち遠しいです。