私
こと、佐島靖は、いわゆる天才というやつである。
いや、正しく言うなれば、私は天才ではないのだが……しかしそれでも、凡人と呼ぶにはあまりにも隔絶された才覚を有していることは間違いない。少なくとも自分にとっては、それこそが真実なのだ。
私が生まれて初めて受けたテストでは満点以外を取ったことが一度としてないし、運動能力測定においてもトップ以外の成績を出したことはない。学業においては全国模試一位の常連であり、その類まれな美貌と相まってか、学内において知らぬ者はいないほどの有名人となっている。
だが、そんな輝かしい経歴を誇る私にも弱点があることを、皆さんはご存じだろうか。そう――それはズバリ、恋である! ああ、愛しき我が恋人よ。君だけが私の心をかき乱す。まるで嵐のように荒々しくも甘美なる恋の炎が、私の心の中で燃え盛っている。君への想いが溢れ出して止まらないんだ。
「えっ!? あ、あの、ちょっと待ってください!」
おっといけない。つい感情に任せて語りすぎてしまったようだ。目の前にいる女性に迷惑をかけてはいけないな。ここは自重して、まずは自己紹介から始めることにしよう。
「初めまして。私は財団のエージェントです」
白衣を着た男の顔を見たとき、僕はそれが人間ではないことを確信していた。
「あなたのお名前はなんですか?」
「僕の名前は……」
そこで僕の記憶は途切れている。
* 気が付くと、僕は真っ暗な部屋の中にいた。
「ここはどこだろう」
手探りをしてみたけれど何も見えない。暗闇の中で自分の呼吸音だけが聞こえてくる。
「誰かいないかー!」
叫んでみても返事はない。
どうしてこうなったんだっけ? 確か、学校からの帰り道だったはずだ。あの日は珍しく早く帰れたので、普段通らない道を歩いていた……と思う。
そこで私は何かを見たような気がするのだが――今となっては何も思い出せない。それどころか、自分の名前すら分からない始末である。
記憶喪失というわけではないだろう。私の身体的特徴や性格などは分かるし、生活に必要な知識だってある。
ただ、自分自身に関することだけがぽっかり抜け落ちている感じなのだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいか」
今の私にとって大事なのは、自分がどこにいるかということだ。
ここはどこかの建物の中みたいだけど……窓もなく扉もない密室みたいな部屋だし、出口があるとは思えないなぁ。
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