コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
中央広場の時計の針は、いつの間にか午前9時を指そうとしている。
しばらく色々と考え続けていた俺だったが、このまま悩み続けてもしょうがないと、広場のベンチから立ち上がった。
冒険者ギルド方面へと戻りつつ、目に入った店をのぞいていく。
ただし、現在の所持金はたった70Rのみ。
日本円にして7000円。
無駄遣いどころか、生活必需品を揃えるのすら厳しいだろう。
気になった品物と店はメモを取るだけに留め、もう少し懐が暖かくなってから買うかどうかを検討することにした。
「今夜ウォードさんと飲む約束もあるしなぁ……命の恩人だから俺が全額出したいし…………そのためにも、冒険者ギルドでドロップ品の買い取りについても確認しておかないとな!」
俺は冒険者ギルドの前へと戻ってきた。
深呼吸してからゆっくりと入口扉を開けて中に入る。
ギルド内は朝一の人混みからは想像できないぐらい、人もまばらで静かだった。
「良かった……テオはもう、ここには居ないみたいだ」
ホッとしたところで、誰も並んでいないカウンターの窓口へと向かい、下をむいて何やら作業中の窓口職員へと声をかける。
「すみません」
「はい、おはようございます。ご用件は何でしょうか?」
すぐに顔を上げ対応したのは20代前半に見える美人な女性職員。
ゲーム内のエイバス冒険者ギルドでもおなじみな彼女の素敵な爽やか笑顔に、少しニヤけそうになるのを押さえつつ、俺は手短に用件を伝える。
「タクト・テルハラと申します。『原初の神殿』にご紹介いただき、ダガルガ・ボア様へお会いしたいのですが」
「紹介状はお持ちですか?」
「ええ、お預かりして参りました」
「かしこまりました。少々そのままお待ちください」
言われた通り【収納】から『エレノイアの紹介状』を取り出してから待っていると、カウンター横の扉から出てきたのは――
「おう、兄ちゃん。神殿の紹介だってな!」
「は、はい……タクト・テルハラと申します」
「ガハハ、固ぇなァ! かしこまんなくていいからよ、楽に行こうぜ、楽に!」
「はぁ……」
浅黒く日焼けしたゴツゴツの筋肉。
傷跡が残る厳つい面構え。
やたらと大きく響き渡ってくる野太い笑い声。
軽く2mは超えてるんだけど!!
ゲームで画面越しに見るのとは全く違う迫力に、やや怖気づいてしまう。
「しょうがないですよ。ギルド長は『いかにも……』って感じの人ですし、初対面なら怖がるのが当たり前です!」
「違ぇねェ、ガハハハハハッ!」
眼帯男にビシッと言い放ったのは、いつの間にか戻ってきた窓口女性職員。
「という事でタクトさん。こちらが、我がエイバス冒険者ギルドのギルド長です。ほらギルド長、挨拶!」
「おう、そうだな! 俺がダガルガ・ボアだ、よろしくなっ!!」
「……よろしくお願いします」
ダガルガと一緒に、部屋の隅に置かれたテーブル席のひとつへと移動。
ここは待合や面談などに使われるフリースペースで、長居したり他人に迷惑をかけたりしない限り誰でも使ってよいことになっている。
座るよう指示された席が “さっきテオが座っていた椅子” だったため少し戸惑ったものの――ここは大人しく座っておくことにした。
「紹介状があるんだってな?」
「はい、こちらです」
俺が差し出した『エレノイアの紹介状』を受け取ったダガルガは、腰の革袋から取り出した小さなナイフで封を切り、中の便箋に目を通していく。
「……状況は大体分かった。エレノイアの嬢ちゃんの言う通り、ある程度の知識とチカラさえありゃあ、どうにか生きてけるだろ。よっしゃ、俺が何とかしてやるぜッ!」
「ありがとうございます! あと、エレノイア様から『手土産』を預かってまして……」
俺が【収納】から手土産を取り出すやいなや、ダガルガの目の色が変わった。
「おッ【収納】持ちなのか! そのスキル便利だよなァ、うらやましいぜ!」
「持ってる方は少ないんですか?」
「そっか、お前にゃ記憶が無ぇんだったな……【収納】持ちは確か100人に1人ぐれぇだと思うぞ。有ると無ぇとじゃ、探索時は雲泥の差だからなァ……ってな訳で、俺みてぇに無ぇほうの奴は“コレ”を使うのさ!」
とダガルガは、自分の腰に付けた袋を指した。
一見、何の変哲もない小さな革袋にしか見えないが――
「これは『魔法鞄』といって、【収納】の効果がついた凄ぇアイテムなんだぜ!」
『魔法鞄』自体はゲームにも登場するアイテムだ。
ただしプレイヤー自身はアイテム欄を使える上、収納量も十分にあったことから、通常のアイテムの持ち運びはそれで事足りてしまう。
ということで『魔法鞄』はプレイヤー達から、どちらかと言えば趣味アイテムっぽい扱いをされていたんだよな。
もちろん俺も存在を知ってはいた。
だが一応“記憶喪失”という設定のため「へ~」と適当に相槌を打っておく。
「でもやっぱり【収納】スキルはうらやましいよな~。魔法鞄は結構高ぇしよ、袋自体を落としたり盗まれたりしちまったら意味ねぇからな、ガハハハッ! ……いけね、忘れてたぜ!」
手土産の存在を思い出したらしいダガルガは、嬉しそうに包みを開封していく。
「エレノイアの嬢ちゃんは、いつも気の利いたモン届けてくれんだよなァ――おっ、流石分かってんじゃねぇか!!」
包みの中に入っていたのは、おいしそうな香り漂う焼き菓子が10個ほど入った器と、黄金色の液体のようなものが入った小瓶。
早速焼き菓子を1つ食べ、ダガルガは笑顔になる。
「うんめェ! おい、お前も食うか?」
「ありがとうございます、いただきます」
握りこぶしサイズで平べったいキツネ色の焼き菓子。
勧められるまま、とりあえず一口かじってみる。
少し硬めに焼き上げられたそれは、香ばしいクッキーのような食感で、生地に練り込まれたナッツが味のアクセントになっていた。
「美味しいですね、これ!」
「おう! 嬢ちゃんの得意料理でな、たまに焼いては届けてくれるんだよ。で、こっちは『ローズ印の蜂蜜』だ!!」
小瓶を回し、貼られたラベルを俺に見せてくるダガルガ。
高級そうな白地には、蜂と薔薇がオシャレにデザインされたイラストが描かれていた。
「ローズ印は大人気で、なかなか手に入んねぇんだよ! ここの蜂蜜食べたら最後、他の蜂蜜じゃ物足りなくなっちまう旨さだからなァ……くぅぅ~~」
凄く嬉しそうに、蜂蜜の小瓶に頬ずりするダガルガ。
甘いものに夢中な彼の姿を見ているうち、いつの間にか俺の緊張はとけていた。
ピリピリと声をかけてきたのは、窓口にいた女性職員。
「おう! なんだ、お前も食いてぇのか?」
「違います!」
彼女は差し出された焼き菓子の器には目もくれず、ムッと否定する。
「なんだ食わねぇのか」
「……昼休憩にいただきます」
「やっぱ食いてぇんじゃねぇか! うめぇもんなァ、これ――」
「なんだ、そっちかよォ…………あッ!!」
「こちら昼まで預からせていただきます」
「そりゃないぜ……」
ダガルガの隙をついて蜂蜜と焼き菓子を没収した女性職員は、颯爽とカウンターへ戻っていった。
しょぼんとするダガルガだったが、溜息交じりに俺へと向き直る。
「……んで何か質問はあるか?」
「えっと……ここへ来るまでに森で魔物を倒しまして、ドロップ品として鉄鉱石や石炭を手に入れたんですが、これってどこかで換金できますか?」
「買取なら冒険者ギルドの窓口でもやってるぞ! エイバスは『職人の街』だから生産素材は需要があってなァ。鉄鉱石も石炭もいつでも大歓迎だ!」
お、ゲームと同じ状況か――助かるぜ。
なら当面の資金問題は解決できそうだな、この辺の魔物だったら割と余裕で狩れるわけだし。
とりあえず手持ち素材だけでも早めに換金しておきたいところか……話が終わったら窓口に行ってみよう。
「あと、生活必需品や防具を揃えるのにおすすめなお店ってありますか?」
「まぁ予算次第だな! 手持ちの金はどんな感じだ?」
「全部で70Rです」
「まぁその状況じゃ、しゃあねぇよな……なるべく安くて品物もそれなりな店をいくつか教えといてやるよ!」
ダガルガは魔法鞄から紙切れとペンを取り出し、候補店とその場所をサラサラッと書いた。
「――ほらよ! この辺りの店なら、ぼったくりはないから安心していいぞ!」
「ありがとうございます」
「いいってことよ、無くさねぇうちにしまっとけ!」
「はい」
貰ったメモは【収納】へしまっておく。
「そんで、剣術指導についてだがよォ――」
ダガルガとの話に割って入ってきたのは、俺が会いたくないと願っていたはずの“あの男”。
素っ頓狂な声を上げ、思わず立ち上がる俺。
なんで居るんだ?
隠し通さなきゃ!
そもそもバレちゃいないよな?
色んな思考が、頭の中を駆け巡る。
そんな俺の焦りをよそに、能天気に会話するダガルガとテオ。
「……なんだ、お前ら知り合いか!」
「うん、さっき仲良くなったんだよー」
「そうかそうか! ところで、テオは何の用だ?」
「あのさ、タクトへの剣術指導なんだけど、俺に任せてよっ!」
急すぎるテオの提案に、俺は顔を引きつらせてしまう。
「いやでも、エレノイアの嬢ちゃんに頼まれたのは俺だしな――」
「ちっちっち」
渋るダガルガに向け、指をふるテオ。
「ダガルガが、すっごく強い一流剣士だってのは認めるよ? でも使ってる剣は大きくて重いじゃん。『斬る』って表現より、『パワー活かして剣で殴りつけたり、叩き斬ったり』って言ったほうがしっくりくる戦闘スタイルなんだよねー」
「おう、その通りだな!」
テオの言葉にうなずくダガルガ。
「タクト、今の物理攻撃力っていくつ?」
「えっと……24です」
ステータスを確認し答える。
「に、24だとォ?! ――低すぎだろ。剣術教える以前にまずはLVアップか何かでチカラつけねぇと、こりゃどうにもなんねェぞ……」
黙り込むダガルガ。
テオはニコッと笑って話を続ける。
「そこで俺の出番ってわけだっ!」
「……なるほど。テオの剣術スタイルは『軽い剣』と『素早さ』を活かすタイプだから、確かにタクトでもすぐに真似できそうだな!」
「だろ?」
ゲーム内のテオはずっと歌ってばかりで、戦う描写なんか一切無かったはずだ。
「当然っ!」
胸を張るテオ。
「テオは凄ぇんだぞ、剣だけじゃなく槍も弓も斧も、何かよく分からんマイナーな武器でも戦えるんだぜ!」
「1番得意なのは楽器だけどね、やっぱり吟遊詩人だからさー」
「あ、俺の剣は無理だったな!」
「ダガルガの剣が重すぎるんだって! あんな重い大剣よく使えるよねー」
「ガハハハハッ」
笑い合う2人。
ひととおり笑い終えたあと、テオは話を切り出す。
「てなわけでダガルガ、俺がタクトの剣術指導したほうがよくない?」
「そりゃそうだが……エレノイアの嬢ちゃんに頼まれたのは俺だし、なんだかんだと色々貰っちまったしなァ――」
「あのさー、ひとり立ちの支援って何も『剣術指導』だけじゃないだろ?」
「……なるほど!」
ダガルガは「ちょっと待ってろ」と、腰に付けた魔法鞄の中身を確認し始めた。
ややあってバッグから“丸い盾”を取り出し、俺へと差し出す。
「おいタクト、これやるよ!」
「これは?」
「『ミスリルバックラー』だ! たまたまダンジョンで見つけてから、売るのすっかり忘れてたんだけどよ。防御力が高い割に軽くてな。片手剣との相性もいいから、お前さん向きだぜ!」
「そんな、もらえないですよ――」
「もらってくれねぇと困るんだって! エレノイアの嬢ちゃんに『ローズ印の蜂蜜』なんてレアなもん貰っちまったし、このままじゃ俺の気が済まねぇんだよ!」
「あの蜂蜜、そんなに珍しいんですか?」
「おう! 限定生産らしくてなァ、毎年時期になるとすぐ売り切れちまうんだ! ローズ印をよ、ほんのちょっとの量スプーンでとってなめると、薔薇の香りが口の中にブワァーっと広がるんだぜェ……」
うっとりしながら語るダガルガだったが、話の途中であったのに気付く。
「おっといけね! ……まぁなんだ、蜂蜜の件がなくても、嬢ちゃんには世話になってるからな。出来る範囲で面倒みてやっから、困った事があったら言えよ!」
「ありがとうございます! あの、でも、俺やっぱり剣術指導は――」
瞬間、テオが俺の耳元でボソッとつぶやいた。
ゾワッと何かが背筋を走り、俺の思考が停止する。
笑顔のテオによる“無言の圧力”。
「…………はい、よろしくお願いします……」
俺は、抵抗を諦めた。