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羽海汐遠
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懐かしい記憶。それは思い出。それは過去。
今はもう覚えていないけれど、それは確かにあったもの。今の私にはもう感じられない温かさ。
小さい頃の世界はとても大きく見えて全てが可能のように見えていた。無限のもの、何者にもなれるような気がしていたの。
そう例えば、それは眩しさ。
裸足で踏んだ地面の冷たさに驚きを隠せずに笑顔のまま辺りを駆け回っては母親に叱られて悲しくなりながらも次はどんな体験が出来るかと密かにワクワクしていたあの頃。
そう例えば、それは優しさ。
親の手の中で静かに抱かれゆらゆらと揺られながらウトウトと首を揺らした夕方の帰り道、あの暖かい空間に幾度となく心地良さを覚えたあの頃。
そう例えば、それは好奇心。
見えるもの全てに輝きを覚えては触れて嗅いで食んだ時に感じた苦さや甘さに妄信的になっては親に怒られるまで吸った花の蜜の味。
そう例えば、それは苦しさ。
でも私は朝8時になってから始まる不気味なあの音楽と共に始まる人形たちの劇になんとなく心が軽くなった感覚を忘れたくなかった。
そう例えば、それは光。
産まれたときに見た病室の光景なんて、誰も覚えちゃいない。
そう例えば、それは私。
私はもう何もかも忘れてしまって何も覚えちゃいない廃人と化してしまって、疲れ果てては画面越しの悪魔に顏を掴まれて抜け出せなくなってしまったけれど、朝早く始まる教育番組のダンス番組を見て踊った時の記憶や靴下を片方ずつ間違えては履き直して母親に呆れられたとき、背伸びをして手伝おうと意気込んで失敗しては笑われて悔しかったときのこと。
私はもう何もかも忘れてしまって何も覚えちゃいないけれど、それは確かにあったもの。もしかしたら無かったかもしれないけれど、その記憶は確かに私の中では完結したもので、もう私は世界の広さをこれ以上知ることは出来なかった。
今でも私は忘れたくない。裸足で踏んだ土の感触、泥団子を作って口に入れたときの苦み、アリを踏みつけたときの面白さ、走ったときに感じたあの風、両親と寝たあのベッドの温かさ、怖かったあの教育番組の音楽、知り得なかったことを知り得たときの脳内に埋め込まれる感覚。
それでも私は、私たちはそれを忘れていく。時を超えて、重ねて、忘れていく。空の高さ、空間の広さ、建物の大きさ、初めて地に手をあてたときのザラザラとした感触、水一つでキャッキャとはしゃいでいたあの時の笑顔の角度を。
懐かしい記憶。それは思い出。それは過去。
もう感じることの出来ない、可哀想な綻び達。
コメント
1件
うわあ……すごく静かに、でも確かに胸の奥を揺さぶられるお話でした……🥀 「覚えてないけど確かにあったもの」って言葉、すごく切なくて、でもどこか温かい。特に朝の教育番組とか、泥団子食べちゃった記憶とか、子ども時代の“感触”が鮮明に蘇ってくるようでした。 忘れたくないのに忘れていくって、大人になるってそういうことなのかなって考えさせられました……。第1話からもう惹き込まれました、続きも大切に読みますね🌙🤍