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やっぱり冬の夜は冷える。
靴下を二枚重ね履きしているにも関わらず、それでも足の裏まで冷たくなる程に。僕の部屋にはエアコンがないのでヒーターをつけているんだけど、ほとんど意味をなしてないし。さ、寒い……。
「あー、これ無理だ。エアコンを付けてもらうように父さんに頼もう」
何かこだわりでもあるのか、父さんって大のエアコン嫌いなんだよね。でも、さすがに耐えられないや。うん、頼み込もう。風邪を引いちゃったりするよりマシだ。
現在、時刻は深夜一時を回ったところ。寒いのも当たり前だよね。深夜の寒さは凍てつく氷のようで、僕の手は完全にかじがんじゃった。
でも――。
「寒いけど、もうちょっと頑張ってみよう」
そんな独り言を呟く今時分。カーテンの隙間からは月明かりが差し込んで、デスクライトのみを点けた薄暗い部屋を浮かび上がらせていた。
で、何を頑張っているのかというと、小説を書いているんだ。この前交わした、小出さんとの約束を果たすために。
でも、上手くいかない。全然上手くいかない。まあ当たり前か。小説を書くのなんて生まれて初めてだし、それ以前に僕って文章力も想像力もないし。筆が全く進まないのも至極当然。とりあえず小出さんの趣味に合わせて『異世界転生』を軸にして書こうとしているけど、うん、全然駄目だね。
「あー、考えすぎてさすがに頭が疲れてきた……」
本日の限界を感じた僕である。これ以上、無理をしても意味ないや。
ということで、ノートを閉じて布団に潜ろうとした。が、その前にチラリと見やる。小出さんからお借りした、小説やDVDなどが詰め込まれたボストンバッグを。
小説を書く前に、先に読んでおくべきだったなあ。少しでも読んでいれば、小出さんとの会話の種が増えるわけだから。
クリスマスまで、あと一ヶ月もない。果たして僕は、それまでに彼女に想いを打ち明けることができるのだろうか。
* * *
そして翌日――と思ったけど、寝付いた時には日付が変わってたから、正確には今日なんだけどね。
でも、僕にとって嬉しいことがあった。変化があった。
「お、おはよう、園川くん」
なんとビックリ。小出さんは登校してきて自分の席につくや否や、僕に朝の挨拶を投げかけてくれたのである。
初めてのことだった。確かこれまでは僕の方から話しかけないと喋ってくれなかったはず。でも、今日は小出さんの方から話しかけてきてくれた。
ハッキリ言って、めちゃくちゃ嬉しい。全く予想してなかったから余計に。それに、小出さんとの心の距離が一歩前に進んだような気がした。嬉しいのも当然だよね。
「うん、おはよう小出さん」
「あ、あの、そ、園川くん……目の下にクマができてるけど、大丈夫、かな? すごく眠そうだし」
「うん、ちょっと眠いかな。昨夜さ、小説を書こうと頑張ってみてね。そしたら結局、寝たのが夜中になっちゃって」
それを聞いて、小出さんの目がキラーンと光った。この前と同じ、少女漫画の主人公のように、目にはお星様をいっぱいにして。
「え!? ほ、本当に!? 本当に書いてくれたの!?」
小出さんの目の光。それはまさに純粋な光だった。混じり気が全くない、とても綺麗で眩しく感じる程の、光。まさか、ここまで喜んでもらえるだなんて。頑張って良かった!
「うん、書いてるよ。と、言いたいところなんだけど、難しすぎてまだ全然書き進められてなくてね」
「だ、大丈夫! 最初は皆んなそうだから!」
「そうなんだ。やっぱり小出さんも最初は苦戦したの?」
「苦戦というか……あ、あの、ば、爆発しちゃって……」
「爆発!? え、どういうこと!?」
「も、妄想が……ば、爆発しちゃって、書く手が止まらなくて。それで、酷い内容に……」
妄想が爆発。いや、良かったよ。てっきりパソコンか何かが爆発しちゃったんじゃないかと心配しちゃった。でも、あれだね。『芸術は爆発だー!』みたいだね。小出さんってそっちタイプだったんだ。
と、そんなことを考えていたら、小出さんは後ろに手を組んでモジモジ。そしてそわそわし始めて落ち着きがなくなっていた。何かを言いたげみたい。
「どうしたの小出さん? 僕で良ければ何でも言ってよ」
「あの……こ、交換しない?」
そう言って、小出さんはポケットからスマートフォンを取り出し、僕に画面を向ける。そこにはQRコードが表示されていた。
「え……それって、もしかして……」
こくり、と。小出さんは小さく頷いた。
小出さんの頰はほんのりと紅色に染まっていた。そして恥ずかしそうにしながら、ちょっと照れ照れしながら、僕を上目遣いに見た。
「め、メッセージ……やり取りできるように……」
それは、メッセージアプリのQRコードだった。このQRコードを僕が読み取ると、お互いのIDを交換し合うことになって、小出さんとリアルタイムでメッセージのやり取りができるようになるんだ。
でも、まさかそんな……。こんなにも早く小出さんと連絡先を交換し合えるだなんて。
本当は今すぐにでも大声を張り上げたかった。「やったーー!!」と。もちろんそんなことはしないけど。恥ずかしいから。しかも今は教室にいるわけだし。クラスメイトから奇異の目で見られちゃう。でも、嬉しすぎた僕のテンションは爆上がり。
「も、もちろん! もちろん喜んで交換するよ!」
興奮気味に、僕もスマートフォンを制服のポケットから取り出してアプリを立ち上げた。胸が、激しく鼓動している。
そして僕は小出さんのQRコードをスマートフォンで読み取った。
すると、僕の液晶画面に『小出千佳を友達に追加しますか?』というメッセージが表示された。もちろん、追加するさ!
僕は『友達』という単語に高揚感を覚えながら、ボタンを押す。スマートフォンには『小出千佳を友達に追加しました』と表示された。
「こ、交換してくれてありがとうね……園川くん」
小出さんは小さくペコリと一礼して、手に持ったスマートフォンを見つめている。すごく嬉しそうに、ちょっと微笑みながら。で、なにやらスマートフォンをいじり始めた。理由はすぐ分かったけど。
『ピロン』
僕のスマートフォンが、メッセージの着信を知らせた。僕は画面をタップし、メッセージを確認する。
【交換してくれてありがとう! これからもよろしくね!(((o(*゚▽゚*)o)))】
メッセージは、小出さんからだった。
インターネットの中の小出さんは、普段とは違い、とっても元気な感じだった。僕はそれがおかしくて、ついつい小さく笑ってしまった。
だって今、僕の隣の席にいる小出さんは、いつも眠たげで、引っ込み思案で、あまり笑わない女の子だから。