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市役所はさほど混んでおらず、母は「だったらランチしてからにしましょう」と呑気にランチをすすめてきた。ああ、今頃奈々子は焼かれて骨になっているのだろう。天気も良く、外で山の方を見たら煙が見えるだろうけれど……まぁ、いいかと思いながら母に付き合う。
「さっき車の中で、あんたが大崎さんのことを〇〇だったら、〇〇してたらとか言ってたけど、後で言っても思っても意味ないからね」
その言葉がぐさりと胸に刺さった。母は大事なことを隠すくせに、言いたいことは無鉄砲にしゃべり、後で覚えていない、厄介な人だ。
車の中ではうんうん、と聞いてくれて「同情するわー」と言ってくれたのに。
ランチを終え、市役所に戻ると、なぜか人が増えていた。
「ああー、さっき手続きすればよかったわねー」
母がベンチにどすんと座り、私もその横にちょこんと座った。
「……大崎さんはどうしちゃったのかね、不倫の末に死んだのかねぇ。朝のワイドショーは全部彼女のことばかり。暇なのかしら」
確かに。田舎の専業主婦の死が連日報道されているが、その裏で何かが起こっているのではないかと疑ってしまう。
でも、奈々子が不倫なんてするのかしら。どこで出会ったのだろう。あまり見なかったネットニュースをスクロールしてみると、他県の男性と一緒に車に乗っていたという情報があった。
そして車内で見つかった彼が奈々子を抱きしめていたらしい。
ああ、まさにワイドショーが好むネタの餌だ。
「あ、わたしの番号。呼ばれたわ」
母はどさどさと受付に向かい、私が行こうとしたら「いいから」と首を横に振られた。しかし、何のために私が同行しているのだろう。
母が役所の人と話している間、私はトイレに行った。
さっきは泣いてただけでなく、奈々子のお母さんから話を聞いていた時に無意識に水をたくさん飲んでいたからだ。涙も出てトイレも行ったのに、体の中からどんどん水分が抜けていく感じがした。
手を洗い、トイレを出ると、フロアの中に響く大きな声。女のヒステリックな声が聞こえた。
どこかで聞いたことがある……。
「あんたらがな、奈々子を殺したんや!」
「落ち着いてください! こちらは適正な判断をしましたので……」
「なんだよ! 奈々子の夫が乗り込んだからって弱気になってるんじゃないのよ!」
奈々子のおばさんだ。昨晩の通夜で怒っていたあの人。
どうして今、奈々子の叔母がここにいるのか。告別式ではないのだろうか。
私は少し厄介なことになりそうだと感じ、後ろに下がろうとしたが、
「あら、あなた……たしか奈々子の葬式に来てたわよね!」
「は、はい」
しまった、捕まった。奈々子の叔母は喪服を振り乱し、私の元に駆け寄ってきた。
「あなたも奈々子の辛さ、知ってるわよね!」
彼女の手にはクリアファイルがあり、そこからたくさんの紙が落ちた。
私や周りの人がそれを拾うと、彼女が言った。
「これ、読んでみてください……うちの姪っ子が夫やその親たちにされたことです! ねぇ、どう思う? こんなことされて、奈々子は市役所に訴えたのよ! なのにシェルターに匿ってもらえなかったのよ!」
彼女は周りの人にその紙を読ませようとしているが、奈々子の叔母の勢いが強すぎるのか、みんなすぐにその紙を渡し、後ろに下がっている。
私は、さっき奈々子の母から聞いていた内容とほぼ一致していた。
印刷されていたのは、ネットでの書き込みらしく、日付や時間が記されていた。
……奈々子の口調で書かれたようなものだった。ネットでここまで赤裸々に告白していたのか?
そうか、奈々子はネットで辛さを告白していたというわけか。
「ねぇ、ちょっとお話聞いてちょうだい!」
「えっ?!」
奈々子の叔母に腕を掴まれ、引っ張られた。
まさか1日で奈々子の母、叔母と過ごす羽目になるとは。
母は遠くから私を見て、再び手続きをしていた。呑気なものだ。
私はもう散々、奈々子の母から話を聞いて涙が枯れ果てるくらい精神がぐちゃぐちゃになった。これ以上辛さに踏み入れたくなかった。
奈々子の叔母が騒いでいたため、何人か市の役員と警備員が駆けつけてきた。
「あちらに行きましょう、あちらに」
役員の一人、名札に「栗本」と書いてある。ボブカットにメガネをかけた女性が、もう一人の女性と共にこちらに向かってきた。
40~50歳くらいのベテラン職員だろう。どう見てもその容姿で二人揃うと、あの女のお笑い芸人にしか見えないのだが。
なぜか奈々子の叔母だけでなく、私まで引き込まれるように奥の部屋に連れて行かれた。
「あの、わたしは関係ないんですけどぉ」
と言っても、栗本さんが
「すいません、ご協力ください」
と耳元で囁いてきた。警備員もいるから、これ以上大事にはしたくなかった。私も従うことにした。