個室に通され、外には警備員と体格の良い男性が立っている。私の目の前には、奈々子の叔母と二人の同じ髪型をした、ボブカットにメガネをかけた中年女性職員が立っている。物々しい雰囲気の中、奈々子の叔母は深いため息をつき、次の瞬間には一気に口調を荒くして、さっきのように二人に捲し立て始めた。
「あー、この二人……書いてあったわ。奈々子のメモにも。こんなこと、あんたたちがやったからだって!この二人に相談したけど、あんたたちが適正な処置をしなかったから、匿ってほしいって言ったのにシェルターに行きたいと言ったのに、ダメだって言われて、結局奈々子がどうなったか分かってるのか!」
シェルターという言葉に、私は思わず反応した。奈々子はそこに逃げようと決心していたのだろうか。私の中でその思いが重くのしかかる。
栗林さんと墨田さんは、困惑した顔をしているが、奈々子の叔母に屈することなく、感情を抑え込んで、冷静を保とうとしているようだ。
「話を聞いた限りでは、奈々子さんがシェルターに匿われる基準に満たしていなかったという判断です。実家が近くにあることもあり、まずはご実家へお子さんたちと逃げてください、という指示を出しました」
と、栗林さんが言った。奈々子の実家と夫婦の家は同じ市内にあり、実家に逃げてもすぐに居場所がばれてしまうのではないかと、私は胸が重くなる。
「それがダメだったのよ!! なんで基準なんかで分けられるの!? シェルターに入っていたら今頃……! あんたたち、分かってる!? あの家に乗り込まれて、奈々子を連れ戻されたんだよ!? 知ってる!? その後、奈々子は義父母たちの前で土下座させられたのよ!? “家を出て行ってすいません”って、2時間も3時間も説教されて、録音もしてた……その音声、聞いたことがあるか!? もう、もう、もうっ!」
奈々子の叔母は、泣きながら書類を叩きつけ、涙を流し始めた。その涙は、ただの悲しみだけではなく、怒りと悔しさが混ざり合ったものに感じられた。私は思わずその体を支え、座らせた。
「もしシェルターに行ったとしても、奈々子さんには貯金もなく、スマホも使えない状況で、さらに厳しい環境に追い込まれるだろうと判断しました。彼女が弱れば、子供たちを育てられなくなる。そうなると、子供たちが困るんです!」
墨田さんが声を荒げた。その言葉が私の胸に突き刺さる。
「……困ってるのは……奈々子だったのよ、なんで?」
奈々子の叔母の声が、だんだんと弱くなっていく。まるで、その疑問を自分自身に問いかけているかのようだった。
「じゃあ、あなたの家で匿えばよかったんじゃないの?」
冷静に反論する栗林さん。しかし、奈々子の叔母は首を横に振った。
「私もそうしたかった。息子二人はそれぞれ家を持っているし、主人と私だけだった。でも、最初は主人もいいと言ってたんだけど、義父母や夫たちの嫌がらせを数回受けて、結局はうちで奈々子を受け入れるのをやめようと判断したのよ。主人が……」
私はその言葉を聞き、言葉を失った。彼女がどんなに頑張っても、結局奈々子を守ることができなかったのだ。
しかし、奈々子の叔母は強かった。私の母を見ていれば分かる。すぐに諦めてしまうような人ではない。
「お前たち、同居している親はいるのか?」
栗林さんと墨田さんにその言葉が投げかけられた。二人は顔を合わせ、何かを話し合っているようだ。
そして、栗林さんが小声で言った。
「……あまりプライベートなことを言うのもあれですが、私も主人の母を自宅介護しています。普段はデイサービスに預けて、子供たちや私、土日は主人も交代でみています」
それに続いて、墨田さんが言う。
「一応、義父母と同居していますが、非常にお世話になっており、完全に二世帯住宅なので介入することはありません。むしろ、親に助けられています」
二人の話が終わると、奈々子の叔母はしばらく黙っていたが、やがて言った。
「ふーん、なるほどね。墨田さんはまだしも、栗林さんは奈々子の気持ち、分かるんじゃないですか?」
その言葉に、栗林さんは顔を引き攣らせた。
「奈々子さんは、義父母が勝手に庭や家の掃除をしてくることに悩んでいたんですよ。でも、そんなことしてくれる人なんて、普通いませんよね?」
奈々子の叔母が皮肉たっぷりに言うと、私は驚きとともに思い出した。奈々子が何度も言っていたことだ。彼女の家族が出かけた後、義父母が合鍵を使って勝手に家に入り、部屋を片付けていたこと。庭の植木や草を勝手に切り、そのままにしておき、ゴミ袋の場所を知っていながら、それらを処理せずに放置していた。
奈々子の夫はまだ若く、働き盛りの年齢だ。その一方で、義父母は、
「息子は朝から晩まで働いているんだから、かわいそうだろ、だからこれくらいやってやるべきだろ」
と言いながら、何度も奈々子を困らせていた。私も、奈々子が送ってきたLINEの写真を思い出す。庭一面にばら撒かれた草のゴミが映っていた。明らかに嫌がらせ、そして見せしめのようだった。
しかも、箒やゴミ袋がある場所を知っているのに、草をむしってそのまま放置する……その行為には、無慈悲さと狂気を感じずにはいられなかった。
奈々子が土曜日にゆっくり寝ていたら、外からザクザクという音が聞こえてきた。外を見たら、また義父母が掃除していたというのだ。それを奈々子は恐怖とともに感じていたに違いない。感謝など、微塵も感じることはなかっただろう。
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