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「社会に居場所がなくなった気分はどうだ? 堀口課長……いや、堀口氏」

 

「副会長と手を組んだのですか?」

 

「副会長と手を? 何のことだかわからんが、証拠でもあるのか? 私が君を追い込んだという証拠だよ」

 

「私は知っていました。一定額の手数料が署長の口座に流れているのを。私はそれを知っていて、何も言わなかったのです!」

 

「聞いたよ。会社の金を横領したんだってな。サラリーマンは誠実さが売りであるはずなのに、よくも私の顔に泥を塗ってくれたな」

 

「私の言ったことを聞いているですか」

堀口は震える手を押さえた。

 

「手数料は君の口座に流れたんだろ? ただ不思議なんだが、あの書類はどのようにして副会長の手に渡ったのだろうな。まさか、君は色んなところから恨みを買ってたんじゃないのか」

 

「そんなはずが! 私はただ会社のために……」

 

「会社のため? なんだそのおとぎ話のような名言は。会社が君に命令でもしたのか? 我々のために命を削って奉仕してくれと?」

 

相手を嘲笑するような口調が続いた。

堀口の内部は火であぶられたように熱くなり、瞳孔が不規則に揺れた。

 

「ビスタに関わるすべての人に、少しでも幸せになってもらいたいと――」

 

「だから、誰がそれを望んだ? 具体的な実体を述べてみるんだ。君の、その、なんだ、スポーツなんたらを推進せよと、いつ会社が要請した? 望まれてもないものを自己満足のために進める人間がいなくなって、ようやく私の肩の荷が降りたよ」

 

堀口はそれ以上立っていられず、その場にひざまずいた。

 

「署長、本当の理由を教えてください。仮に私が実現もできない提案をしたとしても、また仮にあなたに対する態度が礼を失していたとしても、ここまで冷酷な仕打ちを受けなければならない理由がありますか。

教えてください。お願いだ……なぜここまでされなければならないのか教えてくれ!」

 

ふん、と谷川が鼻を鳴らした。

「ああ、そうか。もう君は組織にいない人間だから教えてやってもいいかもな。副会長は、長い間探してらっしゃったんだよ」

 

「探していた?」

 

「スケープゴートを」

 

――スケープゴート。

その一言に、堀口は絶望した。

 

どのみち誰かひとりが公開処刑にあうのは決まっていて、偶然自分が選ばれただけだった。

多くの社員の中で谷川という上司と出会ったことが、運命の岐路だったのか。

 

「どこかの正義の騎士が、副会長に羊を一匹差し出したのかもしれんな」

 

「あなたが私を売ったんだ」

 

両足に力を込め、堀口はなんとか立ち上がった。

それは怒りの力であり、後悔の力ではなかった。

 

「覚えているか? ビスタの前に立ち上げた神奈川県の商業施設のことを。すでに決まっていた計画を、君は最後に覆そうとしただろ。私はその行動によって多くの人々に頭を下げて事態の収拾に奔走した。まったくクソみたいな気分だったな」

 

「あれもあなたが邪魔したのか」

 

神奈川の商業施設は今も赤字が続いている。

 

「君は有能だ。だから非常に目障りだ。私ももう50代半ばに突入したんで、健康に留意しながら安らかなサラリーマン生活を送らなければならない」

 

「管理者としての責任はどこにいったんだ」

 

「どうして君は慈善活動をやろうとばかりする? 社会奉仕がしたいなら、勝手に募金活動でもして国に寄付でもしろ!」

谷川はカッと目を見開いて叫んだ。

 

「あなたは会社にいてはならない人間だ! 社員が守るべき道理はどこへいった!」

 

「道理? それは利益をもたらしてくれるのか? 私には家族と過ごす時間や、週末にゴルフにいそしむ時間が必要なんだ。君のように妻と娘を失ったひとり者じゃないんでね」

 

その言葉を聞いた瞬間、堀口の視界が真っ白に光った。

「殺してやる」

 

「おい、車を出してくれ! はやく!」

 

谷川を乗せた乗用車が、逃げるように去っていった。

「犯罪者め」、という一言を残して。

 

消え去る車を見つめながら、堀口の全身から血の気が引いていく。

 

私はもうひとり。

グループの総帥が判断したからには、もう誰も味方にはなってくれないだろう。

吾妻建設を訴えようにも、何をどうはじめるべきか見当もつかない。反論すべき証拠を集めなければならないが、会社に入ることもできないだろう。

 

数時間前まであった当然の権利が、もうこの手にはない。

 

堀口は気の抜けたまま駅に向かって歩いていった。

一歩一歩があまりに重く、また同時に歩いているという感覚もなかった。

 

もう二度と見ることのないかもしれない東京の空。

堀口は色彩を失った空を一瞥し、地下へと入っていった。

 

 

はぁはぁ……。

 

堀口ミノルを探して道路に出たポジティブマンは、荒い息を吐き携帯電話を握りしめた。

 

通りは平和そのものだった。

絶望を背負った男を必死に追ったが、結局見つけることはできなかった。

 

「周りを探してみたんだが、もう会社の近くにはいないようだ」

 

――なら誰かひとり、しそね町に送らなければならないな。

 

「そうだな。このままにしておくわけにはいかない。誰が適任だと思う?」

 

――俺に任せろ。

あまのじゃくが答えた。

 

――あまのじゃく以外なら誰でもいい。いや、沈思熟考も危ういぞ。

 

「同感だ。ジョーはどうだ?」

 

――誰を送るかはこっちで考えておく。とにかくもう少し探してみてくれ。

 

ポジティブマンは携帯電話をポケットに入れ、地下鉄の駅へと入った。

 

多くの店が立ち並ぶ地下は、地上よりも多くの人で賑わっていた。この群衆の中からたったひとりを見つけるなど不可能だった。

 

結局ポジティブマンは堀口を見つけることができなかった。

 

 

吾妻勇信と、堀口ミノル。

その後、ふたりは思いもよらない場所で再会することになる。

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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