テラーノベル
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音楽が終わり、拍手が収まっていく。 その余韻の中で、ランディリックは自然と周囲の気配を探っていた。
リリアンナがセレンの手から解放される、その瞬間を見届けながらも、意識の半分はフロアの外にある。
癖のようなものだ。
戦場でも、王都でも、視線が集まる場では常にそうしてきた。
――来る。
確信に近い感覚が、胸の奥に落ちる。
ひな壇の方角。
ざわめきの質が、わずかに変わった。
拍手とは違う、敬意を含んだ空気の揺れ。
視線を向けずとも分かる。
あの位置から動く者は、一人しかいない。
イスグラン帝国皇太子、アレクト・グラン・ヴァルドール。
今は少し弱ってあまり動くことができないと言われている現帝国王オルディス・ヴァルター・ヴァルドールの代わりに息子の彼が場内を動き回るさまは通例になりつつあると友ウィリアム・リー・ペインから聞かされている。
オルディスと、母クラウディア・エリザベート・ヴァルドールに何事か耳打ちして立ち上がったアレクトの姿を見て、ランディリックは足早にリリアンナのもとへ向かった。
その間もランディリックはアレクトから視線を外さない。彼はひな壇を降りると、案の定というべきか……一直線にはこちらを目指さなかった。
アレクトがひな壇から降りる際、確かにリリアンナとセレン――実際にはマーロケリー国の皇太子セレノ・アルヴェイン・ノルディール――の方を見ていたのをランディリックは知っている。絶対にアレクトが立ち上がった真の目的は二人のはずだが、まっすぐにこちらを目指さないのがまたアレクトの用心深さを物語っているようだった。
アレクトは、当然のように近くにいた貴族の子息へ声をかけ、軽く言葉を交わす。
次に、別の家の令嬢へと歩みを向け、祝辞めいた一言を添える。
どれも完璧な距離感だった。
親しげすぎず、よそよそしくもない。
皇太子として、非の打ち所がない立ち居振る舞い。
(相変わらず腹が立つほど――無駄のない動きだ)
ランディリックはそう感じた。
自分が王都にいたときからアレクトという男は油断ならない人間ではあったが、あのころはまだ幼さという可愛げがあった。
だが、自分が辺境伯へ任じられ、王都を離れている間に随分王族らしく抜け目のない感じに成長しているではないか。
そう。動きに欠片ほどの無駄もないからこそ、すべてが計算の内にあるのだと感じさせられて、ランディリックは警戒を強めずにはいられない。
(見え透いた寄り道だ)
真の目的地を隠すための、丁寧すぎる回り道。
一直線に来ないことで、周囲には当たり障りのない「巡回」に見える。
だが、視線の流れだけは誤魔化せない。
祝辞を交わす間も、アレクトの意識は確実にこちらへ向いている。
正確には――セレノ皇太子と、リリアンナ。
ランディリックの背に、微かな緊張が走った。
政治的な嗅覚が告げている。
これは偶然ではない、と。
いや、元よりリリアンナの後見人をしている自分を……立地も都合もいいからという理由でセレノ皇太子殿下の護衛をさせたことからも、アレクトの裏の真意は感じ取っていた。
道行が一緒になれば、リリアンナとセレノには事前に接点ができるのは当然のことだからだ。
人は顔見知りができれば、こういう公の場に呼ばれた際、どうしてもそちらに寄って行く。
実際、セレノは会場に着くなりリリアンナに近付いてきた。
ランディリックは表情には出さないまま、アレクトのずる賢さに吐息を落とす。
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