テラーノベル
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(ホント、忌々しい男だ)
それが分かっていながら、彼の掌で踊らされた自分が一番腹立たしい――。
やがて、アレクトは自然な流れでセレノ皇太子殿下の前へと辿り着いた。
まるで、今ようやく気づいたかのような表情を浮かべて。
「おや……」
柔らかく、よく通る声。
場を支配するが、威圧はしない。
「セレン・アルディス・ノアール公、遠いところよくぞ参られた。北の地は王都とは違い、まだ雪深いですか?」
あえて偽名の方で呼び掛けてきたアレクトへ、セレンが侯爵家三男坊の顔をして恭しく一礼する。
実際には一国の皇太子同士の邂逅なのだが、この場でセレノの正体をバラすわけにはいかない。
ふたりの所作は、お互いの立場をよく理解したものだった。
「恐れ入ります。アレクト皇太子殿下様。王都はやはり華やかで……田舎貴族ゆえに少し気後れしております」
セレノの正体を知る者から見れば陳腐なやり取り。だが、リリアンナをはじめとする、周りの人間たちには自然な会話に見えているはずだ。
一通り談笑をし、セレノと握手を交わしたアレクトの視線が、当然のな流れのようにランディリックのすぐ横へ立つリリアンナへと流れる。
「ウールウォード伯爵令嬢。いつ王都へお戻りに?」
「……いえ、まだ……ちゃんと戻ったわけではなく……」
そこで困ったように言いよどむリリアンナを助けるように、ランディリックが言葉を継いだ。
「彼女はまだうちの領地内に多くのものを残したままになっています。今回は今日のために一時的に王都へ戻ったにすぎません」
そうランディリックが告げた途端、なぜかリリアンナが驚いたように瞳を見開いた。
(まさかリリー、戻る気がなかったのか?)
一瞬そんなことを思ったランディリックだったけれど、もちろん顔には出さない。
「そうか。だが、ライオール辺境伯、彼女ももう一人前だ。そろそろ貴公の後見を外れてもいい頃だろう」
そこで、わずかに間が置かれる。
その言葉に、早くリリアンナを手放せと言われているようでランディリックは内心穏やかではない。
「ええ、近いうちにいずれ」
だが、ここでアレクトの挑発に乗るのは得策ではない。胸前に手を添えると、恭しく一礼をする。
「ところでウールウォード伯爵令嬢。――先ほどのノアール公との踊り、拝見しましたよ。とても素敵でした」
その一言に、空気が揺れた。
声色は穏やか。
表情も微笑みを崩していない。
だがランディリックには分かる。
それは単なる褒め言葉ではない。
確認だ。
セレノがどう反応するか。
リリアンナがどう揺れるか。
そして――自分がどう動くか。
すべてを、試している。
ランディリックは一歩も動かなかった。
キャバリエとして、そして後見人として。
だが内心では、静かに刃を研いでいる。
(……やはり、アレクト殿下は見ている)
いや、見ているだけではない。
配置し、測り、リリアンナを政治的に使う可能性を、決して否定しない男だ。
そのことを、ランディリックは決して許容するつもりはない。
だが同時に、ここで動けば負けだとも分かっている。
だからこそ、ランディリックは微動だにせず、ただアレクトの言葉の続きを待った。
この夜は、まだ終わらない。
むしろ――ここからが本番なのだと、理解しながら。
コメント
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うわぁぁぁ。これは。