テラーノベル
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ジェシーはダイニングテーブルに教科書を広げた。次の授業で教える内容の予習をするためだ。
書いてあるストーリーを音読していると、大我がやってきた。
「それ…」
「うん? あ、知ってる? これ、『桃太郎』の英語バージョン」
「知らない」と首を振る。
「じゃあ教えてあげる。あのね、まず昔おじいさんがいて…」
と説明しだすが、大我は遮る。
「英語?」
そうだよ、とうなずく。
大我は視線を外し、考え込む。
「…どうした?」
訊くが答えは返ってこない。
ジェシーは不思議に思いながらも教科書に向き直り、ペンを握るが、
「Albino class…」
突然つぶやきが聞こえて顔を上げる。まさかと思ったが確かに大我の声だった。
「え?」
「えっと…いたんだ。アルビノクラスに」
ジェシーは口を開けたまま動かない。
「思い出した……現地スタッフがそう言ってた」
「げ、現地スタッフ?」
うん、と大我はうなずく。
「『research facility』ってのも聞いたことある」
研究施設…とジェシーは繰り返す。
「そう、その研究施設ってのを日本人スタッフが言ってたよ」
「えちょっと、何の話してるの?」
そこに北斗がやってきた。
「今、なんか色々思い出したらしくて。研究施設とかアルビノクラスとかって言葉が出てきて」
え、と北斗の目が見開かれる。「……詳しく聞かせて?」
やかんのお湯が沸き、北斗が立ち上がる。バッグに注ぐと真っ白い湯気が上がった。
「はい、どうぞ」
コーヒーを淹れたピンクのマグカップを大我に渡す。北斗のは黒色だ。
大我と樹が最初に公園で出会ったとき、缶コーヒーを樹は勧めた。
家に行って初めて飲んだ大我は苦そうな顔をしていたが、ミルクとシロップを入れると少し表情を緩めた。それからたまに、カフェオレを飲むようになった。
北斗はブラックのまますする。
「ゆっくりでいいからさ、どんなことを思い出せたか教えてくれないかな。言いたくないことは無理して言わなくてもいい」
ううん、と大我は首を振る。ホワイトブロンドのまつ毛を伏せ、ひとつ息を吸ってから口を開いた。
「僕がいたところは、たぶんホームって呼ばれてるとこ。でも大人たちは、『研究施設』っていう難しい言葉も使ってた。ちょっとだけ覚えてるんだけど、ルームメイトが僕たちと日本スタッフの言葉は『日本語』で、現地スタッフが使ってるのは『英語』だって教えてくれた」
北斗は静かに聞いている。そしてジェシーも手を止めて聞き耳を立てていた。
「僕がアルビノだっていうのは、いつからかわかってた。『アルビノクラス』ってとこに入ってたみたいだし、みんな同じ見た目だったから。スタッフは違うんだ。ここのみんなと一緒の肌とか髪の色してた。だから、きっと色んなことを調べられてたんだと思う」
「…それは覚えてない?」
うん、とうなずく。
「でもどこかで急に記憶が切れたんだ。そしたらいつの間にかあの公園にいて、今までのことは全部忘れちゃってた」
「そのことなんだけど」とジェシーが口を挟む。
「記憶がなくなる直前に何をしてたかとか、覚えてない?」
大我は首をひねって考えるが、「わからない」と言った。
「ちなみに、どうやら睡眠薬っていう眠る用の薬を飲んでたみたいなんだけど」
「すいみんやく…」
そのつぶやきも、3人だけの空間に消えていった。
「無理しなくていいからな。教えてくれてありがとう」
その夜、慎太郎と優吾が帰ってくると大我が話していたことを伝えた。
樹は疲れたようで、わかった、とつぶやくとそのまま寝室へ向かった。
夕食を作っている北斗のもとへ優吾が近づく。
「あのさ、俺…」
ん、とフライパンを持ったまま振り返る。
「アメリカ行ってくる」
「え」
続く
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