喧騒が響き渡る中、塹壕後方の平地で向かい合うエーリカとバンダレス。
「いかんっ!エーリカ嬢下がれ!今の貴公では!」
マクベスが止めようとするが再び敵に妨害される。
「だそうだが?お嬢ちゃん。今なら見逃してやるぜ?」
バンダレスは下衆な笑みを浮かべる。
「その必要はありません。なぜなら私が貴方を倒すからです!」
エーリカは腰に帯びた騎士剣を引き抜き、静かに下段に構える。
「面白ぇな。そんなフラフラした成りで俺とやろうってか?大した根性だ」
バンダレスはその大きな大剣を振り上げながらニヤリと笑う。
次の瞬間、バンダレスはその巨体に似合わぬ俊敏な踏み込みで一気に距離を詰めて大剣を振り降ろす。
「っ!」
エーリカは右側に身体を滑らせつつ真下から振り上げた騎士剣で振り降ろされた大剣を受け流す。明らかに力の違う相手の攻撃をマトモに受けては力負けしてしまうからだ。
そのままエーリカは振り上げた剣をバンダレスの左肩に叩き付ける。だが。
「なっ!?」
「げははっ!やっぱりなぁ?その細腕じゃ俺の筋肉には勝てねぇよ!」
「がっ!?」
振り降ろした騎士剣の刃はバンダレスの左肩に食い込むも、その筋肉に阻まれて皮膚を僅かに切り裂いた程度だった。
それに驚愕したエーリカの腹部に容赦なくバンダレスの拳が突き刺さる。
「うぐっ!?」
そのまま殴り飛ばされてエーリカは地面を転がる。
「げほっ!げほっ!」
「なんだなんだ、これで終わりかよ?だから言ったんだ、そんなんじゃ勝てねぇってな」
地に伏せて咳き込むエーリカにバンダレスは歩み寄る。
間一髪後ろにステップして威力を抑えたもののやはり万全とはほど遠い身体には深刻なダメージとなった。全身に走る焼け付くような痛みを必死に抑えながらエーリカは近寄るバンダレスを見上げる。
「へぇ、まだ諦めてねぇ目だな。気が変わった、ここで死ね」
バンダレスは大剣を振り下ろすが、この先にエーリカは居なかった。間一髪横に転がることで死の一撃を回避することに成功したエーリカは、ふらつきながらも立ち上がる。
「まだやるか。良いぜ、楽しませてみやがれ!」
バンダレスは獰猛な笑みを浮かべながらエーリカを見る。
エーリカです、ピンチです!やっぱり三年のブランクは辛い!身体も思うように動かない!なにより、この人強い!もちろん奥様に比べたら赤ちゃんみたいなものですが、今の私が勝てる見込みなんて!
「はははっ!立ってるのがやっとか?」
考えている暇はありません!身体中が痛いし、身体は重い!でもここで負けるわけにはいかない!
奥様曰く勝利条件を間違えるな。まだ乱戦は終わっていませんが、数はこちらが遥かに勝る。
戦いが終わればマクベスさん達が参戦してくれます。そうすれば、この人を排除することも出来る!
つまり私は時間を稼げば良い!その程度なら、まだ出来る!
エーリカは歯を食い縛り、力を込めて騎士剣を強く握り、大地を踏みしめる脚にも力をいれる。その瞳は力を失っておらず、迫るバンダレスをしっかりと見据えていた。
「オラァアッ!いくぞお嬢ちゃん!避けてみやがれ!」
再び力強く踏み込んできたバンダレスはその腕力にものを言わせて左側から薙ぎ払うように大剣を振るう。
「っ!」
エーリカは瞬時に受け流すことは無理と判断して、咄嗟に前に飛び込み前転の要領で薙ぎ払われた大剣を潜り抜ける。
「っ!?居ない!」
だが周囲を見渡してもバンダレスは居ない。
次の瞬間、私は背中に悪寒が走るのを感じました。これは絶対にいけないやつ!
私は半ば無意識にもう一度前に飛び込みました。その瞬間私の居た場所に大剣が突き刺さりました!危なっ!
あの巨体で身軽に飛び上がりましたよ!?嘘でしょう!?
「ほぉぉ?今のを避けるたぁやるじゃねぇか。俺の成りを見て、跳べるなんて思う奴は今まで居なかったがな」
バンダレスはその巨体に似合わぬ跳躍力で真上に飛び上がり、相手の死角から一撃を打ち込んだのだ。
だがエーリカは十年近く前とは言えシャーリィと一緒に毎日のようにヴィーラ=アーキハクトにシゴかれた経験から、殺気を感じとり間一髪その一撃を回避して見せた。それにバンダレスは素直に称賛を送る。
「はぁ!はぁ!」
冗談じゃありませんよ!あの巨体だけでも手に余るのに、その上身軽なんて!
流石にこれはキツい!見た目通りパワータイプならいくらでもやり様はあったのに!
素早く起き上がったエーリカは呼吸を乱しながらも騎士剣を下段に構える。
「おいおい、息があがってるぜぇ?お嬢ちゃん。キツいなら降参したらどうだ?出来れば傷物にしたくねぇんだけどなぁ?」
バンダレスはにやにやと笑いながら、大剣を無造作に握りゆっくりと近付いていく。
「はぁ!っ!ご心配無用です!」
身を屈めて脚に力を込め、一気に大地を蹴る。今度はエーリカから仕掛けた。
勢いを乗せて身を屈め、地を這うように迫り真下から騎士剣を振り上げた。狙うは脚。少しでもダメージを与えるために振り抜かれた一撃は、バンダレスがエーリカの腕を掴むことで止められる。
「あっ!?」
「遅いんだよぉ!!」
「うぁっ!?」
そのままバンダレスの膝がエーリカの腹部に突き刺さり、エーリカの身体を浮かせ、掴んだまま振り回して投げ飛ばした。
地面に叩き付けられて転がるエーリカは、成すがまま大地に横たわる。
「がはっ!ゴホッ!ゴホッ!げほっ!」
凄まじい激痛が彼女を襲い、そして致命的な一撃となった。
口からは鮮血が吐き出され、全身を走る激痛が彼女の意識を弱めて視界がぼやける。
(こんなっ……所でっ!時間稼ぎすら出来ないなんてっ!)
エーリカは薄れ行く意識の中で自らの無力を悔やみ、頬を涙が伝う。
「お前が万全だったらもう少し楽しめただろうなぁ。だが安心しろ、今楽にしてやる」
バンダレスは倒れるエーリカに近寄り、大剣を振り上げる。今度は逃げられないようにエーリカを踏みつけて。
「げほっ!はぁ!はぁ!」
踏みつけられながらもエーリカはバンダレスを睨む。
「ほほぅ、まだ睨む元気があるか。お嬢ちゃんなら手下にしてやったくらいだ」
見下ろすバンダレスは下衆な笑みを浮かべた。
(お嬢様、折角助けていただいたのに……ごめんなさい)
だが、エーリカは確かに時間を稼いだのだ。今まさに大剣が振り降ろされようとしたその時、塹壕から歓声が響き渡ったのである。
「よぉ、随分と楽しそうなことしてるじゃないか。女の子を踏みつけるなんて、素敵な趣味だねぇ。軽蔑してやるよ」
振り向いたバンダレスの視線の先に現れたのは、青い髪を腰まで伸ばした隻眼の美女だった。
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