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「それって……」

 眉間に皺を寄せながら、夏希先輩は口籠った。

 わたしは震える手を、アリスさんの手に優しく包まれたままで、

「楸先輩が、闇を食べていた……?」

 意味が解らなかった。

 あの渦巻く闇を、楸先輩が幼い頃に夢の中で食べていた。

 いったい、どういうこと?

 じゃぁ、わたしたちが楸先輩の夢で見たアレは――

「それ以来、誰の夢にも夢魔は現れなくなった。我々は確信した。楸真帆が、あの何人もの魔法使いを殺した夢魔を、間違いなく、喰らったんだと」

 イノクチ先生は言って、深くソファーに腰掛けると腕を組み、

「それからが大変だった。夢魔を喰らった楸の身体には、尋常ではないほどの魔力が宿っていたからだ。恐らく、それまでに夢魔が喰らった犠牲者の魔力そのものを、楸はその身体に取り込んでしまったんだろう。それによって、いったい楸の身に何が起こるのか、或いは楸の身体を媒介にして、再び夢魔が暴れ出すようなことはないのか、何度も何度も議論が重ねられた。何とかして楸の身体から夢魔を取り除くことはできないのか、その魔力を外に流してやることはできないのか、と。魔力とは生命力そのものだという話はしただろう? 過度の生命力が肉体に及ぼす影響がどれほどのものか、我々だって詳しい所はわからない。一説によれば、長命になる、精神に異常をきたす、成長が止まらなくなる、といった具合だ」

 それからイノクチ先生は居住まいを正して、

「それに、楸の中でいつ再び夢魔が目を覚ますか、それも問題だった。楸が夢魔を喰らったとはいえ、見方によっては喰らったのではなく、楸の中に入り込んで、今は眠っているだけかもしれない、そう考えるものもいた。中には、夢に夢魔が現れなくなった今のうちに楸を “処分”してしまえば、この世から夢魔そのものを消し去ることができるんじゃないか、そう提案した奴らも居たんだ」

「しょ、処分って――」

 あんまりな単語に、わたしは思わず口にしていた。

 イノクチ先生は小さく頷き、

「実際、当時は楸に手を出そうとした奴らが何人も現れた。我々はそんな彼らを押さえ込み、強制的に退会させていった。楸には四六時中、協会からの護衛が付けられた。俺もそのうちの一人だった。楸は他の子どもたちと何も変わらない、普通の女の子だった。いたずら好きで、少々やんちゃってだけのな。そんな彼女を見ているうちに、楸をどうにかしてやろうって奴らも次第に減っていった。やがて彼らとの話し合いの結果、楸を魔法使いにしないことを条件にして、このまま様子見を続けようということになったんだ」

 そこまで語って、大きくため息を吐いた。

 それに対して、「でも」と夏希先輩は口を開き、

「真帆、今、普通に魔法を使ってるじゃん。どういうこと? 魔法使いにはしないことが条件だったんじゃないの?」

 そう訊ねると、イノクチ先生は「まぁな」と首を横に振り、

「楸のおばあさん――加帆子さんもそのつもりだった。条件通り、楸を魔法使いに育てるつもりなんて全くなかった」

「じゃぁ、なんで」

「楸の家が魔法を売る店――魔法百貨堂をやっているのは、知っているだろう?」

「うん」と頷く夏希先輩。

「……魔法百貨堂?」

 わたしは知らなかった。魔法を売るお店?

「そうなんですか?」

「あぁ」とイノクチ先生は頷いて、

「あのお店には、もとより沢山の魔法道具が置かれていた。いたずら好きだった楸は、小さなころからそれらを勝手に持ち出しては、色々ないたずらに使っていたんだ。まぁ、これは加帆子さんの落ち度ともいえる。楸を魔法使いに育てないと決めた時点で、店そのものをやめる必要があったのかもしれない。けれど、実際にはそうしなかった。できなかった、と言うべきかな。加帆子さんを慕って来店していたお客さんが数多くいたから、どうしても店をやめることができなかったんだ。その結果、楸は常に身近に魔法がある状態で育ってしまった。その所為で、自分も祖母である加帆子さんのように魔法使い――魔女になりたいと思うようになってしまった。そしてある時、確か、アイツが中学生の時だ。魔力を宿した獣――魔獣、いわゆる使い魔と、勝手に契約してしまった」

「使い魔と勝手に契約ってできるの?」

 夏希先輩の問いに、イノクチ先生は、

「できる。なにしろ、楸は加帆子さんの所有する魔法の記録帖や魔術書を勝手に読んで、そのための知識を得ていたからな。まぁ、いわゆる独学ってやつさ。アイツは学校の勉強にこそ興味を示さないが、魔法に対する好奇心だけは人一倍あったんだ。それがいけなかった」

「……真帆らしいと言えば、真帆らしいか」

「それに対して、もちろん加帆子さんは激怒した。勝手に使い魔と契約した楸をどうするか、協会では緊急会議が行われた。喧々諤々の議論が交わされ、やがて我々は、楸を真っ当な魔法使いとして育てることによって、彼女の中に宿る尋常ならざる魔力を、彼女自身の力によって制御させるという結論に至った。そうして楸は今、加帆子さんのもとで魔法使いの見習いとして修業しているわけなんだが――」

 そこでイノクチ先生は大きくため息を吐いて、

「まさか、今さらになってまた夢魔が出てくるとは思わなかった。ここまでの楸は、いたずら好きとはいえ、それなりに精神も魔力も安定していたというのに。今年に入ってから、どうも様子がおかしいとは思っていたんだ。そわそわしているというか、何かをずっと気にしている様子だったというか。でもそれがまさか、夢魔が再び現れることになるだなんて思わなかったな……」

「いったい、これからどうするんですか?」

 私が問うと、イノクチ先生は困ったように苦笑しながら、

「――さて、どうしようか?」

夢魔と魔法使いの少女たち

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