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がらりと教室の扉を開ける。
そこにはいつも通りの光景があって、今まで職員室の応接スペースで話をしていた内容や昨夜の夢が、まるで嘘か何かのように感じられた。
「……大丈夫? アオイ。顔色悪いけど」
自分の席に着くなり、わたしを心配してくれたユキが声を掛けてくれた。
「うん、大丈夫」
なるべくいつも通りの調子で答えたつもりだったけれど、ちゃんとできたかは判らない。
ユキはそんなわたしに、眉間に皺を寄せながら、
「もしかして、楸先輩と何かあったの? 本当に平気?」
「ほ、ほんとに大丈夫だから――」
言いながらも、胸の奥底では、漠然とした不安が今もわだかまっていた。
これからどうすればいいのか、イノクチ先生も考えあぐねているようだった。
四人で集まって話をしたのは、とりあえず現状の確認をするためであって、具体的な解決案を教えてくれるようなものでは全くなかった。
楸先輩の中には今でも夢魔がいるらしいこと、それが今まさに再び姿を現し、わたしたち魔法使いの魔力を求めて夢に現れ始めたこと、ただそれを知らされただけ。
一応、アリスさんから夢魔に襲われないために、夢を見ないおまじないを習ったけれど、それも絶対ではないし、根本的な解決になるわけでもない――
それに、イノクチ先生は最後にわたしたちにこう言った。
「今まで安定していた楸の心が不安定になっている、それと夢魔が現れたことには、必ず何か関係があるはずなんだ。それに、夢魔が楸の姿で現れ、しかも榎や鐘撞の夢と繋がった、それ自体にも何か意味がありそうだ。だから放課後、楸とちょっと話をしてみるつもりだ。楸がいったい何を気にしているのか、さりげなく聞いてみようと思うんだ。まぁ、アイツがそうそう本心を語るだなんて、思っちゃいないけどな」
それによって、いったいこの先、何が起こるのだろうか。
楸先輩に直接話をしてみると言ったって、それでいったい何がわかるというのだろうか。
わたしや夏希先輩の夢と、楸先輩の夢が繋がったことによって現れた、夢魔。
もし本当にイノクチ先生の言う通り、それそのものに意味があるのだとしたら、どうしてわたしも夏希先輩も、楸先輩に――夢魔に襲われることになってしまったのだろうか。
……わからない。わからない。わからない。
こわい。怖くて仕方がない。
「――アオイ」
ふと気が付くと、ユキがわたしの肩をぎゅっと抱きしめてくれていた。
「そんなに震えて、大丈夫なはずがないよ」
「……ユキ」
わたしはたまらず、ユキの身体をぎゅっと抱きしめる。
ユキの身体は暖かくて、柔らかくて。
アリスさんとはまた違った香りがしたけれど、それよりももっとわたしを安心させてくれた。
どうしたらいいのか、わからなかった。
これから先、何が起こるのか、予想もできなかった。
けれどこの瞬間は、ユキと抱き合っているこの時だけは、わたしの心は少しだけ、安らぎを得ることができた。
やがてわたしは小さく、「ありがとう」とユキの耳元に囁いた。
「ううん」
ユキは首を横に振って、それから優しい微笑みをわたしに向けてくれる。
「もし辛いことがあったら、わたしに言って。何ができるか解らないけれど、抱きしめてあげることくらいならできるから」
「ユキぃ――」
気付くとわたしは、大粒の涙を流していた。
怖くて怖くて仕方がないのに、けれど本当のことをうまく伝えることができなくて、それでもわたしを慰めようとしてくれるユキの、その気持ちが嬉しくてたまらなかった。
思わずユキの肩に顔を埋めるわたしに、ユキは、
「はいはい、ダイジョーブ、ダイジョーブだよ」
わたしの頭を、何度も何度も、優しくよしよししてくれるのだった。
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