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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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「あ、彩さん……」
彩の泣き声を聞いて、拓馬は急に現実感が湧いてきた。
「和也君の事が本当に好きだった。付き合っている間はずっとずっと幸せだった。その幸せな日々が突然消えてしまったの。和也君は私を助ける為に自分が大怪我をして死んだのよ! そんな大切な人を忘れるなんて出来ない。和也君以上の人なんて私には考えられない! でもあなたはその忘れられない大切な人と同じくらい好きなの。同じくらい大切なの」
彩はテーブルに顔を伏せて、うわーと大きな声で泣き叫ぶ。その姿を見て拓馬は可哀想だと思った。和也が死んだ当時はどれ程悲しんだんだろうかと。
もっと言い方を考えれば良かった。拓馬は迂闊な自分の言葉を悔やんだ。
「もっと早く言うべきだった。いや、逆にずっと心に仕舞い込んで言わなければ良かったのかも知れない。でも私はあなたが大切な人だから知って欲しかった。正直に私の全てを知って欲しかったの」
彩が涙に濡れた顔を上げてそう言った。拓馬はその顔を見ているのが辛くて視線を落とす。
拓馬はどう声を掛ければ良いかわからなかった。薄っぺらい慰めの言葉なら言えそうな気がしたが、それは彩の心にも自分の心にも響かないような気がした。
どんなに彩の事を想っても、自分は部外者なんだと言う意識が消えない。彩の心を癒せるのは、記憶を取り戻した自分しかいないと感じた。
「俺は彩さんの事が好きです。でも、和也君の事をどう受け入れれば良いのかわかりません。彩さんとこのまま一緒に暮らして良いのかも……」
彩は何も言わずに拓馬の言葉を聞いている。
「しばらく、実家に帰ります。冷静になって頭を整理します。その間に記憶が戻れば良いんですが……」
拓馬はそう言って立ち上がったが、彩は何も言わず引き止めなかった。彩がどう考えているかわからなかったが、拓馬はそのままダイニングを出てコートを羽織り、玄関で奥の様子に耳をすませた。彩が出てくる気配が無かったので、黙って部屋を出て行った。
午後八時。明菜のマンションに彩がやって来た。アポ無しだったが明菜は驚く事も無く、拓馬が和也の事を彩に話したからだと察した。
彩はサングラスとマスクをして、泣いた跡が残る顔を隠していた。
「どうぞ」
無言でドアの前に立つ彩を、明菜はぎこちなく出迎えた。普段のような笑顔はお互いになく、静かに部屋に招き入れる。
中に入っても彩は無言のままで、明菜は警戒を強めた。
――怒っているのだろうか?
表情が読めない分、明菜には不気味だった。
「コーヒーを淹れるわ」
テーブルに彩を座らせ、明菜はケトルを火にかける。
コーヒーを淹れて、二人の間に深い香りが漂ってきても会話は始まらなかった。
「どうしたの? 突然やって来て」
探りを入れるように明菜が聞いたが、彩は何も言わない。
「マスクとサングラスぐらい外したら」
明菜が苛立ったように言う。それに応えて、彩はサングラスとマスクを外す。明菜の想像通り、彩の顔は大泣きした跡がハッキリと残っていた。
彩の顔を見て、明菜の心が鋭く痛む。だが、その痛みは当然受け止めなければいけない自分への罰だとわかっていた。
どちらも何も言わぬまま、コーヒーだけが冷めていく。
「私、拓ちゃんの事が好きなの」
唐突に明菜が、無表情のままでそう言った。感情が籠っていない分覚悟を決めた表情だ。
「えっ?」
伏し目がちだった彩が、驚いて顔を上げて明菜を見た。
「やっぱり気付いて無かったんだね。もうずっと前からだよ」
明菜の表情から冗談ではない事が分かったが、彩は頭の中で事実を整理出来ず、何も言う事が出来ない。
「ついでに言うと、和也君の事も好きだった」
「ええっ!」
長い付き合いなのに、全然気付かなかった、鈍感な自分への怒り。
知らぬが故に、無神経だった自分への後悔。
今なぜこのタイミングでの告白なのか? もっと早く言って貰いたかったという悔しさ。
もしかして親友だと思っていたのは自分だけで、明菜は心の中で自分の事を嫌っていたんじゃないかと言う疑念。
全てがない交ぜになって、彩の頭の中を渦巻いている。ここに来た理由は、なぜ和也の事を拓馬に話したのか? とか、拓馬が自分と別れる決意をしたのは本当なのか? とか聞きたい事がたくさんあったからなのだが、全て吹き飛んでしまった。
「和也君が好きだったと言っても、私は拓ちゃんの事が一番だから」
明菜はきっぱりと言い切った。
「私も拓ちゃんが一ば……」
「違う!」
明菜が彩の言葉を遮る。