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「白鳥翼は、俺の番で俺が選んだ“恋人”だ……これから先、どんなに何を言われても、俺はこいつの隣にいる」
「これから先……いろんな言葉を浴びるかもしれない。誹謗中傷も、嘘も、本当のことのように語られてしまう世界だ。それでも障害も生涯も共にしたい人間がいる。支え合って生きていきたい相手がいる。それが、翼だ」


その名前を呼ぶ声に、俺は、思わず胸元をぎゅっと押さえてしまった。


ただ、声が震えないように。


心臓の鼓動が会場中に聞こえてしまいそうで。


「俺がこの先どんな風に見られても、構わないが…これ以上、翼を責めないでくれると有難い」


言葉が落ちたあとの静寂は、何よりも重かった。


会場に集まった誰もが、目の前に立つ“俳優”ではない


一人の男としてのテオの姿に、圧倒されていた。


彼は確かに、誤魔化さなかった。


何ひとつとして。


そして、それこそが――


テオという人間の、最大の魅力だった。


カメラ越しに見てきたあの姿は


虚構ではなく、真実だったんだと


今、改めて思った。


「だからどうか……それを踏まえて、俺のファンでいてくれる人間だけ、これからもついてきてほしい」


まっすぐに、強く、テオは言い切った。


誰かを切り捨てるためじゃない。


愛を、選び抜くための言葉だった。


そして、少し後ろに立っていた俺は震えながらも一歩前に出た。


「…俺を庇ったせいで、テオが傷ついたこと、本当に……申し訳なく思っています」


「だけど、あのときテオが死んでしまうんじゃないかと怖くなったのは、きっとファンのみなさんと同じ気持ちだったと思っています」


「俺はただのカメラマンです、テオにプロポーズされたなんてのは嘘で、政略番になる契約を交わしたときも「好きになるなよ」と忠告されてました。」


俺がそう言うと、もちろんヤジは飛んできた


【私たちのことバカにしてんじゃないの】


「そ、それは違います……!ずっと彼だけをカメラに収めてきたから分かるんです」


「この人と出会って、もう10年の仲になりますが、いろんなことがあって、俺には……撮りたいと思える被写体が、この人だけになりました」


「もちろん、こんな男がテオの番になるとか気に入って貰えないのは分かってます。それでも、テオが俺を必要としてくれる限り、支えたいんです」


「仕事仲間としてだけでなく、パートナーとして」


「テオに、番を解消して欲しいとお願いしたとき、テオは『こんな仕事してる俺が、誰かを本気で愛したって、何かを守れる気がしなかった。』『今度は本当に愛し合って、選び合って、これからを生きるんだ』と言葉をかけてくれました」


「だから今は……何を捨てても守りたいものがここにあって、この人が笑えるよう隣で支えたいって……そう強く思っています」


会場のざわめきが少しずつ静まっていく そして――


【翼くん】


ひとりの女性が声を挙げた。


「私は……いいと思う。確かにあんな事件があってそういう目で見れないファンもいっぱいいるだろうけど……私は応援したい」


その言葉に、会場がまたざわめく。


でも、ネガティブなざわめきではなかった。


「俺も!」「私も……!」とあちらこちらで手が挙がる。


「ありがとう」


そう言って笑うテオの顔からは生気が溢れていた。


俺は涙ぐんだまま深く頭を下げた。


「本当に……ありがとうございます……っ!」


そして、テオがマイクを握ったまま、少しだけ息を吸った。


さっきまでの柔らかな語り口とは違う


どこか静かな――


それでいて、芯のある表情になっていた。


「……あと、今日はもうひとつ、伝えなきゃいけないことがあるんだ」


ざわ、と会場の空気が揺れる。


【え?なに?】

【引退はしないよね?】


「安心しろ、それはない」


例の事件のこと――俺を狙ったファンの女性、“ちひろ”のことだ。


その名前は伏せられているはずなのに、ネットではもう特定されていた。


何年も前からの熱心なファンだったこと。


俺との関係に嫉妬し、暴走してしまったこと。


そして……テオさんが、彼女に対して「出禁」や「告訴」といった処分をしなかったことも。


俺は隣で小さく息を呑んだ。


──この話を公の場でするって、決して軽いことじゃない。


ましてや刺された側の人間が、加害者のことを擁護するような立場を取れば、バッシングは免れない。


それでも、テオは語り始めた。


「今回の件で、俺自身、本当にいろんなことを考えさせられた。」


その声が、冗談めかしているのに少しも軽くなかった。


観客席の空気が凍るような気配がした。


「でもな……俺、あいつを“ただの加害者”だとは思えなかった」


思わず、俺は横目でテオの横顔を見てしまう。


「彼女は、俺を……“俺自身”を、真剣に見てくれてたファンだったと思ってる。もちろん、やったことは許されることじゃないし、ファンが推しを刺すとか前代未聞だ。でも、それでも……俺は、彼女を排除することでこの先を正しく歩めるとは思えなかった」


そう言ったときのテオさんの目は、まっすぐで、曇りがなかった。


「この仕事をしていれば、いろんな人の感情を受け取る。その中には、愛や憧れ、崇拝心だけじゃなくて、嫉妬や憎しみや、時に狂気も混ざってる。それを、全部“いらないもの”として切り捨てることは簡単だ。でも、それじゃつまんねぇだろ」


苦しかったに決まってる。 


少なからず痛みはあったはずなんだ。


なのにテオは、彼女の痛みすらも真正面から受け止めようとしていた。


「……だから、あいつを出禁にはしなかった。ただし、今は距離を置いてもらってるし、専門家と連携して、きちんと向き合えるような環境も整えてもらってる」


一部の客席から、ざわざわとしたざわめきが聞こえた。


怒りや戸惑いも混ざってる。


だけど、テオはこれぐらいで怯まない。


「もちろん、全員にそれを理解してほしいなんて俺のエゴに過ぎねえし、理解しろとは言わねぇ」


「俺の判断が間違ってるって言われても仕方ない。でも……俺は、そういう選択をしちまう」


「どんなに痛くても、一度でも俺を応援してくれたファンをただの不穏分子として扱いたくはない」


「ま、そんな大それたこと、今まで思ったこと無かったんだけどな、今回の件があってそう思ったんだ」


その言葉に、俺は胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


……あの日もそうだった。


俺が泣いて、「番を解消してください」って言ったときも、テオは俺を捨てなかった。


優しいふりなんかじゃない。


ただ、真剣に、誰かと向き合う覚悟を持っている人なんだ。


静かな拍手が、どこからか起こった。


誰かがひとり、認めてくれた音だった。


それに呼応するように、少しずつ、音が増えていく。


……俺は、思わず涙ぐみそうになるのを堪えて


となりでテオの手を握った。


こんなにも、まっすぐにファンを信じる人が――


俺の番なんだってことが、誇らしくてたまらなかった。


「……ありがとな、お前ら」


テオが嬉しそうに笑う。


その横顔を、俺は静かに見つめて


テオがまだテオでいれることに安堵したのと同時に


簡単な道じゃない。


それでもこの人と歩む先に、確かに“未来”があると信じたい。


テオの笑顔を見つめながら


俺は心の奥で、そっと覚悟を固めた。

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