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#学園
キュルノ
672
前職は舞妓
425
「行くぞ」俺はアクセルを深く踏み込んだ。雨上がりの濡れたアスファルトを蹴り、パトカーが夜のバイパスを激しく滑走する。
行き先は、葛城が所有する都内のウォーターフロントにある超高層タワーマンションの最上階。今夜、そこで鴨志田と葛城が「時効事件の解決と寄付」を建前に、警察幹部を集めた極秘の裏会合を開いているという情報を佐藤が掴んでいた。
「先輩……葛城のところには鴨志田管理官だけじゃなく、本部の幹部連中も何人か同席してるみたいです。下手に乗り込んだら、俺たち速攻で懲戒免職か逮捕されますよ……!」
助手席でタブレットを叩く佐藤の声が裏返っている。
「免職だろうが逮捕だろうが知るか。20年前に夫婦を殺して資産を奪い、三年前には証拠を消すために渚の両親まで火にかけたクソ野郎だ。これ以上、被害者面してのさばらせてたまるか」
バックミラーに目をやると、後部座席で渚が自分の膝の上でぎゅっと両手を握りしめていた。
「……渚」
「……大丈夫、峯岸さん。怖くないよ」
渚は力強く頷いた。その目には、もう震えも迷いもない。
「お父さんとお母さんが、なんで死ななきゃいけなかったのか……その答えがそこにあるなら、私は逃げない。……ちゃんと見届ける」
「……おう。俺が絶対に守ってやる」
◇
タワーマンションの最上階、豪華絢爛な会員制サロン。
重厚な観音開きの扉を、俺は警察手帳を突き出しながら力任せに蹴り開けた。
「な、なんだお前たちは!?」
警備員たちが蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、奥のソファーでワイングラスを傾けていた男たちが一斉に振り返る。
高級スーツを着こなした白髪交じりの男——葛城。そしてその隣で揉み手をしてヘラヘラ笑っていた、フチなし眼鏡の男——鴨志田管理官だ。
「峯岸……!? お前、何の真似や! 幹部のおられる席で無礼千万だぞ!!」
鴨志田が似非関西弁を忘れて顔を真っ赤にし、立ち上がって怒号を浴びせてくる。
「黙れ、鴨志田」
俺は鋭い一閃で鴨志田を射殺すように睨みつけ、その歩みを止めずに葛城の正面へと立ちはだかった。後ろから佐藤と、そして渚が静かに続いて入ってくる。
葛城は不快そうに眉をひそめ、冷たい目で俺たちを見下ろした。
「失礼な警察官だな。私に何か用かね? 時効事件の報告なら鴨志田管理官から聞いているが」
「報告? ハッ、おめでたい頭だな」
俺は胸ポケットから、あの古びた捜査資料と、三年前の火災事件の再調査記録をテーブルの上に叩きつけた。
「葛城。20年前、お前が殺した両親の形見である『金無垢の懐中時計』……お前はそれを『盗まれた』と警察に嘘の届出を出したな。だがな、あの現場に留まっていたご両親の念は、はっきりと覚えていたぞ」
「……何の話だ? 妄言もいい加減に——」
「お前の首から下がっていた金色のチェーン。そして、お前の右頬にあるその『火傷の痕』だ!!」
葛城の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「な……何を根拠に……! 20年前の事件はとうに時効だ! 法的に私を裁けるわけがないだろう!!」
「そうだ、時効だよ。法律でお前を逮捕することはできねぇ」
俺は一歩近づき、葛城の胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いで身を乗り出した。
「だがな……三年前の『皐月夫妻の不審火』は別だ。時効なんてとっくに成立してねぇんだよ!!」
「……っ!?」
葛城の目が泳いだ。その瞬間、俺の後ろから渚が静かに前へと歩み出た。
「……葛城さん」
渚の澄んだ声が、静まり返ったサロンに響く。
「お父さんはね……あなたに殺される直前まで、あなたのことを信じようとしてた。『葛城は昔の罪を反省して、やり直そうとしているはずだ』って……ずっと信じたがってた」
「が……ガキが……何を嘘を……!」
「嘘じゃない。私には聞こえたの。お父さんとお母さんが、火の中で最後に遺した言葉」
渚は自分の右手をそっと胸に当て、まっすぐに葛城を見つめた。その瞳には、亡き両親の無念と、すべてを受け入れた少女の圧倒的な強さが宿っていた。
「『渚を頼む』じゃない。『葛城を許してやってくれ』だった。あんな熱い火の中で、最後まであなたを友達だと思ってたんだよ……!」
「ひっ……!? あ、あいつらが……そんなことを……!?」
葛城が悲鳴をあげ、腰を抜かすようにソファーへ倒れ込んだ。
20年前の罪を隠すために、自分を信じてくれた唯一の親友夫妻すら殺し屋を使って焼き殺した。そのあまりの醜悪さと、殺した人間からの予期せぬ言葉に、葛城の精神は一瞬で崩壊を起こした。
「が……がはっ……! 頼む、消えてくれ! 来ないでくれ皐月!! 悪かった、俺が……俺が放火を依頼したんだ! お前たちの証拠を消すために……指示を出したのは俺だあぁぁっ!!」
頭を抱えて狂ったように叫ぶ葛城。
その自白の瞬間、佐藤が胸ポケットで録音状態にしていたICレコーダーのスイッチをカチリと切った。
「……三年前の連続放火・殺人容疑での自白、確かに記録しました」
佐藤が涙目になりながらも、警察官としての誇りを胸に毅然と言い放つ。
「な……っ!? お前たち、罠を……!?」
蒼白になる鴨志田に向かって、俺は冷酷な笑みを向けた。
「鴨志田管理官。あんたが三年前、このクソ野郎から金を受け取って放火事件の捜査を揉み消した証拠データも、本部のでっかい内部告発ルートに送信済みだ。……あんたも終わりだよ」
「ひぃぃっ……!?」
鴨志田はその場に崩れ落ち、頭を抱えてガタガタと震え出した。
サロンを包む重苦しい沈黙。
20年の時効という闇も、三年前の卑劣な陰謀も、すべてが白日の下に晒された瞬間だった。
俺は静かに葛城の手首に手錠をかけ、それから隣に立つ渚の肩を優しく叩いた。
「……終わったぞ、渚」
渚はゆっくりと天を仰ぎ、涙をボロボロとこぼしながら、小さく、本当に小さく微笑んだ。
「……うん。お父さん、お母さん……聞こえた……?」
夜景を見下ろすタワーマンションの窓の外。
雨上がりの夜空から、温かい風がふっと吹き抜けた気がした。
コメント
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うわ…第29話、めっちゃ熱かったです……🔥 峯岸さんがドア蹴破って乗り込むシーン、鳥肌立ちました。そして何より、渚が両親の遺した言葉を伝えるところ…「許してやってくれ」って、あんな最中に友達をかばう言葉を遺せるって、本当に優しい人たちだったんだなって思って泣きそうになりました。 雨上がりの風が吹き抜けたラストも、すごく綺麗で、胸がぎゅっとなりました。最後まで一気に読ませる展開、本当にすごいです……!