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#学園
キュルノ
672
前職は舞妓
425
葛城が逮捕され、両親を奪った三年前の火災の真相が暴かれた。そして、それを揉み消していた鴨志田管理官も警察から連行されていった。全てが終わった日の夜。
私は自分の部屋のベッドで、深く、泥のように深い眠りに落ちていた。
記憶に触れるたびに身体を苛んでいたあの激しい痛みも、冷たい不快感も、不思議なほど綺麗に消え去っていた。
◇
気がつくと、私は見覚えのある温かな光の中に立っていた。
目の前には、三年前のあの夜以来、ずっと会いたくて、ずっと追い続けていたふたりの姿があった。
「お父さん……お母さん……!」
エプロン姿の優しいお母さんと、少し照れくさそうに眼鏡をかけ直すお父さん。
火の中の熱さも、苦しさも何ひとつ残っていない、あの頃のままの温かい笑顔で私を見つめていた。
『渚。よく頑張ったね』
お母さんがそっと手を伸ばし、私の頬を包み込んでくれた。その手のひらは涙が出るほど温かくて、私は子どものようにその手に顔を寄せた。
『辛い想いをさせてごめんね。一人にしてごめんなさい』
『渚。お前が俺たちのために、どれほど傷つきながら真実を追いかけてくれたか……全部見ていたよ』
お父さんが優しく私の頭を撫でてくれる。
『でもね、渚。もういいんだよ』
お母さんが柔らかく微笑みながら言った。
『あなたはもう、誰の悲しみも、誰の痛みに寄り添うための身代わりにならなくていいの。これからは、あなた自身の人生を、あなた自身の幸せのために生きて』
『俺たちの未練は、全部あのおじさん刑事たちが一緒に引き受けてくれた。お前はもう、普通の世界へお戻り』
ふたりの身体が、ゆっくりと優しい光の中に溶け込んでいく。
「待って……! お父さん! お母さん! 私、もっとふたりと話したい……!」
私が必死に手を伸ばすと、ふたりは最後に愛おしそうに私を抱きしめてくれた。
『ありがとう、渚。愛してるよ』
『あのおじさんたちに、ちゃんと「ありがとう」って伝えるんだぞ』
温かい光が私の全身を包み込み、視界が真っ白に染まっていった。
◇
「……ん……」
パチッと目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井が広がっていた。
窓からは柔らかい朝の光が差し込んでいる。頬には、夢の中で流した涙の跡が固まっていたけれど、胸の奥は嘘みたいに軽かった。
身体を起こし、ふと部屋の隅に目をやる。
いつもなら、天井付近を漂っていたり、壁から顔を出したりしているはずの幽霊たちの姿が——どこにもなかった。
どんなに目を凝らしても、耳を澄ませても、冷たい気配も、囁くような「声」も、何ひとつ感じない。
右手をじっと見つめてみる。
あの、物に触れた瞬間に頭の中に流れ込んできた記憶の濁流も、胸を締め付ける激痛も、跡形もなく消え去っていた。
私の「霊感」は、両親の未練が晴れるとともに、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
「……あ」
私は、死者の声を聞く「特別な少女」ではなくなった。
ただの、どこにでもいる16歳の女子高生に戻ったんだ。
ぽろぽろと涙が溢れ落ちてきたけれど、それは悲しい涙ではなく、どこか清々しい、新しい朝を迎えるための涙だった。
◇
放課後。
「渚ちゃん! 一緒に帰ろー!」
莉子ちゃんたちが笑顔で私の席に駆け寄ってきた。
「うん、帰ろう」
私が普通に微笑んで返すと、莉子ちゃんたちは一瞬驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに顔を見合わせた。
「なんだか……今日の渚ちゃん、すごく晴れやかな顔してるね!」
「そう? うん、すごく体調がいいの」
私はバッグを背負い、クラスメイトたちと一緒に笑い合いながら教室を出た。
天井を見上げても、もう誰も浮いていない。空中に向かってジト目を向ける必要も、変な誤解をされることも、もうない。
校門を出ると、夕暮れの街並みの中に、いつもの見慣れた黒のセダンが停まっていた。
ガラガラと助手席のドアを開ける。
「……チース、峯岸さん。佐藤さん」
運転席の峯岸さんは煙草を咥えたまま驚いたように目を見開き、後部座席の佐藤さんは「渚ちゃん! 体調はもう大丈夫なんですか!?」と身を乗り出してきた。
「おう……なんかお前、雰囲気変わったな」
峯岸さんがくたびれた顔で私を覗き込んでくる。
「うん。……ねえ、峯岸さん」
私は助手席に乗り込み、車内を見回してから、二人にまっすぐ向き合った。
「私ね、もう幽霊も見えないし、記憶も読めなくなっちゃった」
「……え?」
佐藤さんがぽかんと口を開ける。
峯岸さんは一瞬固まった後、咥えていた煙草をゆっくりと灰皿に置いた。
「……そうか。あの力、消えたのか」
「うん。お父さんとお母さんがね、夢に出てきて……『これからは自分のために生きなさい』って。……だから私、普通の女子高生に戻っちゃった。もう捜査の手伝い、できないよ」
申し訳なさそうに小首を傾げる私を見て、峯岸さんはしばらく無言で私を見つめていた。
そして——。
「ハッ……何言ってやがる」
峯岸さんは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、大きな手で私の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。
「重荷が下りて良かったじゃねぇか。最初からお前はただの女子高生だ。捜査なんてのは俺たち大人の仕事なんだよ」
「……先輩の言う通りです!」
佐藤さんも涙目になりながら、破顔して深く頷いた。
「渚ちゃんが苦しい思いをしなくて済むようになったなら、それが一番です! 俺たち、めちゃくちゃ嬉しいですよ!」
ふたりの温かい言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……で? 力がなくなったからって、俺たちのバディをやめたわけじゃねぇだろ?」
峯岸さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ダッシュボードを叩いた。
「今日の捜査協力費……いや、渚の『普通に戻ったお祝い』だ。ファミレスの山盛りポテトと特大イチゴパフェ、好きなだけ食え。今日は俺がカッコつけて全部奢ってやる」
「えっ、本当!? 峯岸さんの自腹で!?」
「おう、任せとけ。たまには格好いいところ見せねぇとな」
車内を満たす、いつもの温かい笑い声。
車がゆっくりと動き出し、茜色に染まる街並みの中へと滑り出していく。
特別な力は消えてしまったけれど。
私の隣には、相変わらず不器用で、ガサツで、だけど誰よりも温かいふたりの刑事がいる。
私は窓の外の青空を見上げながら、心の中でそっと呟いた。
(お父さん、お母さん。私、ちゃんと幸せになるね)
茜色の風の中、私たちはいつものファミレスへと向かって、まっすぐに走っていった。
コメント
1件
めっちゃ良い最終回でした……! 両親とのお別れ、力が消えるシーン、どれも涙なしでは読めなかったです。特に「自分のために生きていいんだよ」というメッセージが刺さりました。峯岸さんの「お前はただの女子高生だ」って台詞、不器用な優しさがじんわり来ますね。力が消えても変わらないバディの絆が本当に温かくて、読み終えた後の清々しさがたまらないです。お疲れ様でした、キュルノさん!