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「――本日は貴重な情報をありがとうございました」
「いえいえ」
二時間程は居ただろうか。店外へ出た二人は各々の帰路へ。
亜美にとっては非常に有意義な情報だった。早速戻って検証せねば。
だがその前に――
「でも杉村さんはどうして教えてくれたんですか? 殺人代行……それを外部へ漏らす事で、自分の身に危険があると思わなかったんですか?」
亜美にとって、どうしても解せなかった事。それは狂座がそれ程までに強大な力が働いてる組織だとすれば、その秘密を漏らした葵への危惧。
普通なら徹底した秘密保持に努めるだろう。
「構いませんよ。狂座の依頼規約に、この事を外部へ漏らすな――なんてなかったですから……。だから都市伝説として広まってるんじゃないですか?」
だが葵は意に介さない。
確かにそれが事実なら、かつて狂座へ依頼した者達が外部へ漏らした事で、現在の都市伝説として浸透したのだとしたら納得だ。
それにしても――
“狂座は自身が外へ漏れる事を全く恐れていない?”
余程看破されない自信があるのか?
それとも敢えて存在をアピールしているのか?
どちらにせよ一つ確かな事は、狂座は司法国家権力を全く恐れていないだろう事。もし本当に国家と繋がっているとすれば尚更だ。
その底知れぬ狂座という名の持つ裏の真意に、亜美は心底震撼した。
もしかしたら自分は絶対に関わってはいけない、とてつもないモノを追求しているのではないかと。
だが今更断念は出来ない。
どうしても追い続ける“理由”が亜美にはあった。
それは狂座を社会悪として、白日の元に晒そう――ではなく。
「それと……」
「――っはい?」
不意に掛けられた葵の次の一声に、我に返ったように亜美は声を上擦らせた。
「興味があったんですね……狂座の事をここまで取り上げようとするジャーナリストさんに。他の雑誌では怖いのか、もう取り上げようともしないのに」
葵が亜美に、亜美だけに自分が知る情報を提供するに至った理由を。
「それで……どうでしたか?」
亜美が返すそれは、彼女が実際に自分に会ってみて、どのような印象を受けたか。
「ええ……笑える位の偽善者って感じですか?」
葵はそう少しだけ嘲笑うかのように。
これには誰だろうと立腹するだろうが、亜美は反論しない。ありのままとして受け取る。
図星な上、葵の言い分が分かるから。
「でも……只の偽善者とは違う感じも受けました。水無月さんは単なる正義感や興味本位だけで、狂座を追っている訳ではないんでしょう?」
「…………」
まるで全てを見透かされているような気がした。
「それは……お答え致しかねます」
亜美は葵の己へ受けた印象に、肯定も否定もしなかったが、それは暗に認めたという事。
「別に言わなくてもいいですよ。知りたいとも思いませんし……」
「…………」
二人の間にある確かな壁。決して分かり遇える事はない。
「それに私は何も狂座が全て正しいとまでは思ってません。本来必要無い……必要であってはいけない存在な事も」
葵は理解していた。狂座も――自分がやった事が真に正しい筈がない事は。
「……では何故私に?」
そこまで分かっていながら、己へわざわざ情報を提供した事に、亜美は改めて不思議に思った。
興味があったから――とは言ったが、果たして興味本位だけで取材に応じるものなのかと。
葵はその問いには答えず、亜美に背を向けて歩き出す。
最後まで理解し遇える事はなかったと、何処か複雑な想いで見送っていたが、不意に葵はその歩みを止めた。
「……ただ、正義感や綺麗事が“無力”である事を知って欲しかった」
少しだけ振り返って放たれたその一言。
“無力”
そう。どんな綺麗事や御題目を並べられても、力無き正義は無力でしかない。
「では……」
自分の考えを改めようとも、ましてや手放しで称賛もしないが――
「今日は本当にありがとうございました」
反論は必要無い。それが彼女への礼儀だろう。亜美は遠ざかっていく背へ向け一言、感謝の気持ちを述べる。
そして深々と頭を下げ、葵の後ろ姿を見送っていた。
彼女の行き場の無い想いだけは――痛い程に分かったから。
「あっ!」
何かに気付いたかのような葵の一声。それはてっきり自分に向けられたものだと思った。
「はい?」
亜美は顔を上げるが――それが違う事は明らか。葵の視線は既に亜美には無い。
彼女が向ける視線の先――
「先生!」
短い間だったが、亜美にはこれまでの彼女からは想像も出来ないような、明るくも黄色い声を聴いた。
“先生?”
駆け寄っていく葵の先に見える人物。それは白衣の長身痩躯。
「あっ! 葵君じゃないですか」
彼も葵にすぐに気付いた模様。
「偶然ですね先生。今日は往診ですか?」
「いえいえ、少し買い物を頼まれて……これ」
その手には紙袋が。
「彼女へのプレゼントか何かですか~?」
「違いますって。ジュウベエの奴への首輪ですよ」
「ああ~! そう言われてみれば、何時も先生にべったりのジュウベエがいませんね。ようやくジュウベエにも首輪ですか~。でも何故今頃?」
「親戚の子に頼まれちゃってね……はは」
「ああ~あの子ですね」
二人は暫しの間、立ち話に興じていた。
笑顔で話す葵は明るく、とても自然に。これが本来の彼女の姿なのだろう。
「――葵君も買い物か何かに?」
「いえいえ、先程まで取材を受けてたんです。こちらがその――」
葵が振り返り、手を伸ばそうとした矢先の事。
「あれ? もう帰っちゃったんだ……」
先程まで居た筈の亜美の姿は、既に二人の視界には映ってはいなかった。