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#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン
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一瞬、ルティ様がなにを言っているのか理解できなかった。
「本来は神々の子であり雌雄の目や翼、角などが一つずつしかない比翼竜が地上に降り立つはずだったのです。しかし蛇が邪魔をしたことで、二人の力が半分ではなく8:2で別れてしまった結果、2割の力を持った片割れは人族の器にしか転生できなくなりました」
「8が……ルティ様?」
「はい。シズクが2割の力しか受け継がれなかった《比翼連理の片翼》となります。そして2割の力では自分の片翼に気付くこともできませんでした。だからこそ四大種族の中で生まれた《高魔力保持者》は、片翼を求めて世界を巡り見つけ出そうとしたのです」
神々に愛された存在。
嘘だ。
そんなわけない。
そんな都合の良い、話なんてないのに。
「片翼のままでは時間が経つにつれて魂が摩耗して悪夢に魘される上に、加護も弱まって厄災が集まりやすくなってしまう。特に《高魔力保持者》の片翼は、その傾向が強いのです」
「だから、お互いに一緒にいないと駄目ってこと?」
「はい。できるのなら、そうしてほしいです」
選ばれたのだから。
そう決まっているから。
押しつけられた運命、それを綺麗事でオブラートに包んでさも美談にすれば「ああ、なんて素晴らしいことなのだろう」と思うのだろうか。
それはなんとも都合の良い言い分じゃないだろうか。私ではなくて困るのは、上位種族の天狐族を含めた四大種族だけ。私が子どもだと思って適当な理由を作っているのだろう。そう思うと腹立たしかった。
胸に燻っていた怒りが、憎悪が、沸々と蘇る。
「それに貴女はまだ幼い。ですから十六歳になるまで、私が保護者として傍で見守りますが、その許可を頂いてもいいでしょうか?」
縋るような声で、決定権を私に譲るフリをして予め話の着地点は決めている。
(ああ、そうだ……)
彼は天狐族。人を欺くことで愉悦をえる種族。人族を弄んで、絶望させるのが得意だった。そうやって何度も騙され、貶められた。
どうして、忘れていたのだろう。
どうして、捨てようとしていたのだろう。自分の魂を焼べて、復讐を遂げようとしたあの怒りの炎を。
「シズク……」
「うん、って言わなかったから……私、どこかに売られるのですか?」
「そんなことしません!」
「……本当に?」
泣きそうな声で念を押す。
「……信頼できる友人のところか、孤児院に預けます」
友人。
仄暗い感情が浮かび上がる。
あの幼馴染に対してもヴィクトルは同じことを言っていた。心を許せる、頼るにしている。その結果、私は酷い目に遭ったのだ。
(友人なんて絶対に無理。またあんな嫌がらせされるかもしれない。孤児院でもなじめるか分からないし、他種族と一緒に暮らしたら人族は……)
「今すぐではなくても構いません。ゆっくり考えてください」
「ルティ様は、私と一緒にいるの面倒じゃないの?」
「そんなわけありません!」
「……ほんとう?」
いくら延命装置で道具だったとしても、こんな幼い幼女を面倒見たいと思うだろうか。むしろ一緒に過ごすと言いつつも、侍女や家政婦を雇って丸投げするのではないだろうか。
「シズクと一緒の空間にいる。ただそれだけで幸せですよ」
「居るだけで……? それだけで?」
「はい」
はにかんだ笑顔で答えた。かつてのヴィクトルと同じように、結婚する前と同じ言葉だ。
そのことが酷く傷ついた。
(ああ、そうでした。こうやって前世では彼の言葉を鵜呑みにして嫁いだんだ)
今の優しさも、結局は自分自身のためなのだ。そう思うと胸がギュッと締め付けられる。この優しさは偽物で、本物じゃない。本能に従っているだけ。私個人ではなく、人族の《比翼連理の片翼》を望んでいる。
私がただの人族なら、きっと視界の端にも映らない。
(なんで、こんなに胸が痛いんだろう……)
事実確認なのに、その結論が少しだけ寂しい。もしかしたら伴侶となることで、僅かにあった《片翼》の力を全てを奪い取り、完全体に戻ろうと本能が望んでいるのではないか。
(それとも片翼のままだと悪夢を見るから、それから解放されたいとか?)
本来の姿に戻るための駒、道具。だから彼らにとって結婚することが目的だとしたら、嫁ぎ後のヴィクトルの豹変も筋が通る。
(ちょっとでも期待した私が馬鹿だった。彼も、ヴィクトルと同じ。……欲しいのは《片翼》という存在による心の安定と延命だけ。結婚すれば手のひらを返して、道具として扱う)
期待してはいけない、裏切られるから。
慎重に、笑顔で親切な人ほど、疑え。
騙されたほうが愚かだ。
思考をフル回転させて、答えを導き出す。どうすれば一番苦しむか。絶望するか。
ブリジットが味わった絶望を今度こそ、思い知らせてやる。
片翼至上主義なんて、大嫌いだ。私の方針がようやく固まった。
(いつ元の姿に戻るか分からない。その間は従順なフリをして、お金を貯めて十六歳の大人になったら、あるいは元の姿に戻ったら、この人の前から消えよう。居なくなったことに絶望するように、この人に寄り添って慕うフリをする。ブリジットがされた屈辱をやり返してあげるわ)
この際、ルティ様がヴィクトルだろうとなかろうと、人族の《比翼連理の片翼》を欲したのだから同罪だ。
「シズク、無理に急いで決める必要もありません。十分に考える時間を」
ルティ様をジッと見つめ返した。
「……知らないところは、怖いので嫌です」
「じゃあ、私の所と一緒に住みませんか? 貴女に不自由もないように、心掛けますので」
「ルティ様と一緒が良い……です」
できるだけ笑顔で答えた。その瞬間、ルティ様は目を輝かせて喜んだ。私を抱き上げて「ありがとう」と心から嬉しそうに笑う。その笑顔に、胸が痛んで泣きそうになる。心の中で「嘘つき」と呟き、言葉を続けた。
「住むのに、約束事をしたいです」
「ええ。もちろんです。一緒に住むのですから何でも言ってください。貴女に不自由な思いはさせません」
「……ありがとうございます」
そう呟いたとき、私はちゃんと笑えていただろうか。
「シズクは、この世界に来て食事はしましたか?」
「ううん」
「!?」
一緒に住む上での約束事をざっくりと決めた後、ルティ様は徐に尋ねた。
「ではすぐに何か用意しますね。それにしても森人族には予め伝えておいたのに、怖い思いをして申し訳ありませんでした」
「伝えていた?」
「はい」
そこでふと引っかかっていたことを思い出した。
「ルティ様。どうして森人族は、私が《片翼》だって気づいたのですか?」
「ああ。それは聖女以外であの召喚されるのは普通にあり得ないのですよ。そして私の《片翼》だったら、危険が迫った時は守るよう守護を掛けておいたのです」
守護をかけていた。生まれる前と言うことだろうか。少なくともブリジットの時に発動したことはなかった。だとしたらいつ?
「……私の守護は、私の《片翼》がこの世界にいないと分かった時にかけたのです。いつ現れるかも不明、現れない可能性が高いと。それでも…………シズクに会えて……嬉しいです。貴女からすれば理不尽で、酷いと思うかもしれませんが……」
(全くもってその通りだわ。せっかく転生した場所でスイーツ巡りや資格取得のために猛勉強していたのに。それに……両親とも……)
そんなことないです、と言って歩み寄るべきだ。復讐のためには慕っていると思わせる必要があるのだから。でも、心と体は正直なようで、もう戻れないことを実感して、涙が溢れた。
「うぐっ……」
「シズク、ああっ、……すみません」
幼い子どもに戻ったせいか、感情が上手くコントロールできずに振り回されてしまう。私、もう19歳なのに。
声を大きくして、人目も憚らずに泣いてしまった。大泣きする私に、ルティ様も苦しそうな顔をするから余計に涙が出た。
(どうして貴方が泣くのですか?)
そう思いながらも、ルティ様は私をギュッと抱きしめて、泣いている私の背中をずっ優しく摩ってくれていた。
***
思う存分、大泣きした後、顔を洗って居る間に着替えを用意して貰った。取り急ぎと転移魔法を駆使して女性店員に選んで貰ったという。いつまでも白い布とぶかぶかの服だったので、有り難い。
白いワンピースに着替えて戻ると、ルティ様の尻尾がブンブンと揺れているのが見える。
「シズク、今温かい飲み物を準備しますね!」
「はい、おねがいします……」
チクチクと胸が痛いが、先ほどの言葉も上っ面だ。また私が勝手に死なないように、逃げないように、不審に思わないようにするための嘘。
化かし合いは、もう始まっている。
絡め取られて絆されるのはルティ様だけ。私は違う。
ルティ様はテーブルに自動湯沸かし器のようなものを出して、いそいそとお茶を淹れる。その姿にも衝撃を受けた。自分でお茶を淹れることなど、天狐族はしなかった。いつも狐人族の侍女や給仕に全てを任せていたし、それが当たり前だったはずだ。
そもそも元夫とテーブルに座って、お茶すら飲んだことはなかった。だからその光景が不思議でしょうがない。慣れた手つきで、二人分のティーカップを用意する。
絵柄は高級感あるものではなく、小鳥や四つ葉のクローバーなど可愛らしいもので、色違いだった。
「冬クロモジ茶をブレンドしてみたんだけれど、気に入ってくれたら嬉しいです」
「……ルティ様が、作ったのですか?」
「うん。趣味が高じて……。昔飲んだお茶がそれに似ていてね」
昔を懐かしむルティ様の顔は穏やかで、いつも無愛想で無表情だった人とは別人だ。冬クロモジ茶は、ローズウッドのような芳醇で華やかな香りだった。とても優しい味で、ホッとする。
「……ルティ様」
「なんですか?」
名前を呼んだだけで、ケモ耳がピンとなって、尻尾が大いに揺れている。モフモフふわふわだ。