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「それで……シズクの部屋だけれど……」
(早速来たわね。前世では嵌め殺しされた窓と大きめなベッド、椅子とテーブル。それだけの部屋だった。完全に軟禁状態で、窮屈で居心地も悪かった。今世でそんな部屋を案内されたら、真っ先に文句を言ってやる!)
そう息巻いたのだが──。
「ひとまず客室を使って貰おうと思うのだけれど、家具や必要なものは買いそろえましょうね」
「ふぁあ」
案内された部屋は螺旋階段を上がった階で、一人部屋にしてはちょうどいい広さだ。淡い碧色のベッドに、勉強机、テーブルとソファ、本棚と一通りの調度品が揃っていた。どれも豪華というよりも愛らしい。
「どうかな?」
「か」
「シズク?」
「かわいいです。すごく! レースのカーテンも蔓草のように、お洒落で、温かい感じがしゅごく好きです」
「しゅごく……可愛い」
(うぐっ……)
前世の住んでいた部屋を思い出す。王女として絢爛豪華よりも、こういう温かみのあるシンプルな部屋が好きだったのだ。
「よかった。欲しい物や必要な物もあるだろうから、数日後には買い出しに街に出てみましょうか」
「まち!? 行きたいです!」
思わずはしゃいでしまったのだが、ルティ様は目を細めて「うん」と笑みを返す。
(綺麗な顔立ちの人だったけれど、笑うともっと──って、違う違う!)
慌てて頭を振った。当初の目的を忘れてはいけないと肝に銘じる。それに街に行けば、この世界の情報を得ることだってできるはずだ。
(前世で紙の本は貴重だったわ。買って貰えない場合は図書館を教えて貰って……通って色んなことを勉強しよう)
「とりあえず、当面のシズクの服を用意するので、すぐに商人を呼びますね」
「商人を……呼ぶ?」
「そうですよ」
先ほどのように転移魔法で移動すれば良いのではないか。そう思ったのだが、魔力量の消費が激しいのかもしれない。
(それにしても商人を呼ぶなんて……!)
唐突に斜め上の提案に困惑してしまう。王侯貴族ならまだしも、そう思ってヴィクトルは天狐族の次期国王だったと思い出す。本人ならその発言も筋は通るのかもしれない。
「この《呼びベル》という魔導具がありまして便利なのですよ。月の何回は、お抱えの商人を呼び出せるのです」
「(私が生きていた時代にはなかった物だわ。この世界では魔導具の普及しているのかも。だってブリジットが亡くなってから19年で、こんなに進化しないもの。……あれ、でもルティ様は300うんぬんとか言っていたような?)……うーん」
「シズク?」
「あー、んー、……魔導具って、なんですか?」
「シズクの世界では馴染みがないようですね」
「(なんとか誤魔化せた!)はい」
「魔法鉱石というものがあって、それがエネルギーとなってあらかじめ刻印された術式に沿った効果を発揮するんですよ。さきほどのポットでお湯を沸かすのも魔導具を使っています」
「とっても便利ですね!」
「ええ、そうです」
私と話すたびにルティ様はニコニコしていて嬉しそうだったので、コロッと騙されそうになる。それほどまでに私の知るヴィクトルとは違うのだ。だからちょっとだけ、本当にちょっとだけ期待してしまう。
もしかしたら──と。
そんな淡い期待なんて、さっさと潰してしまった方が良いのに、本当に自分はどこまでも愚かだ。
***
ルティ様を絶望させる。
それが私の目的だ。目的なのだが──。
「まあまあ! この子が大賢者様の《片翼》なのですね!」
「なんて可愛らしいのかしら! 大人が楽しみですわ!」
#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン
「あ、ありがとうございます……」
商人を呼んだのだがラッテ商会、リンデン商会のオーナーが直々に来るとは誰も思わないだろう。しかもどちらも心は乙女という。ラッテ商会オーナーは、女装大好きな男性でブレット・アーティライトと名乗った。獅子族で、立派な体付きなのだが、愛らしいケモ耳に合わせたゴスロリ風のドレス姿だ。でも声は高くて、つぶらな瞳も可愛らしい。
女性専用洋服を取り扱っているらしく、貿易都市アルブムから急いでやってきてくれたとか。
すでにファッションショーのような感じで、様々な服装に着替えさせられている。十着目で疲れてきたのだけれど、まだまだ続くらしい。
(なんでこんなことに……)
「ああ、シズク。どの姿も可愛らしいですね。全部買いましょう」
「それは駄目です! もったいない」
「そんなことはありません。毎日色んな服装に着替えるシズクを、私が見たいのですから!」
ルティ様は頭の中がお花畑になってしまったらしい。片手で顔を覆って、予想以上にテンションが高く、何をしても喜ぶルティ様の姿を見るたびに、ちょっと罪悪が芽生える。
(このテンション……。この人の前から消えたら絶望どころか、ショック死してしまうのでは?)
「シズク様が来てくれたおかげで、大賢者様があんなに生き生きして嬉しいですわ」
「そう……なのですか?」
「はい」
私と同じくらいの背丈なピンクの兎はメイド服姿で、二足歩行で立っている。彼はリンデン商会のオーナーで、シリル・ラングリッジと言う。小物や宝石関係を取り扱っている。兎妖精族というらしく、大人でも人族の子どもと同じ背丈らしい。毛並みもモフモフで、とっても愛くるしい。
(モフモフ……)
「シズク様と会う前の大賢者様は、常にフードを被って猫背で、死神も真っ青な顔をして生きていました。世界に絶望したかのようで、見ているこちらも酷く胸が痛かったです」
(出会う前から既に絶望していた!? 私の目的達成してたの?)
これから絶望に叩きつけると決めたのに、既に絶望していたと聞かされて言葉に詰まる。私には出会った時からテンションが高くて、溺愛して、些細なことに凹むルティ様しか知らない。
「私たちは亜人族ですからね。番と出会うことの喜びが分かります」
「番は本能的に決めるのですか?」
「まあ、そうですね。出会った瞬間にビビッと衝撃が走る感じでしょうか? 直感的にこの人と一緒になりたい、傍に居たいと。《片翼》も同じで、出会った瞬間の幸福度は凄かったですよ」
亜人族は番や《片翼》を人生のパートナーとして、本当の伴侶としての意味に捉えている。隠語とかではなく、心から伴侶を得ることに祝福を贈り、喜んでいるのだ。
人族が他種族に嫁ぐ、花嫁になると言うことは生贄で、道具で、奴隷で、使い捨ての隠語だと思っていた。でも眼前に居る亜人族の人たちは番を、伴侶を大切にしているという。お二人とも人族の伴侶がおり、大事だからできるだけ甘やかして、愛を伝えたいと惚気まで聞かされた。
「妻が、こんな趣味の私も愛してくれると言ってくれて」
「私もマイ・スイート・ハニーは、このモフモフの虜なのですよ」
ルティ様の周りに居る人たちは温かい。そして私にも優しい。
(ルティ様の評判や信頼度が高すぎる! このままじゃ、私がルティ様を捨てて出て行った時に私が悪者になること間違いないわ。精神的DVだとか、モラハラとか、明らかに出て行くしかない状況も考えたけど……無理そう。ルティ様が絶望する確率を上げることは嬉しいけれど、私へのヘイトが天元突破するのは不味い)
私が現れる前まで絶望していたのなら、今の状況は幸福感でいっぱいなのだろう。早くも作戦変更かプランを立て直す必要が出てきた。
(すでに絶望していたなんて想定外よ……)
「ああ、シズク。の琥珀色のドレスも可愛いですよ」
「どれす……着ることないのでは?」
「そんなことないですよ。パーティーに参加することもあるかもしれません」
そんな機会は願い下げなのだが。私が乗り気でないと、ルティ様はすぐにドレスではなく日用品などの話に切り替えてくれた。
(嫌だと言ったら引き下がってくれるんだ……)