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ベットに寝転んでからしばらく何度も寝返りを打つも、眠気が一向に来ずただ時間のみが過ぎていくのだ。体を起こした知里は、病室の扉の前に立つ。病室の窓の外を覗いた時、中庭が見えた。外の空気を吸いたかった知里はおそるおそる扉に手を翳す。すると、扉は知里を許すようにスライドし廊下へと続く道をあけた。
「ごめんなさい、少しだけ……」
壁を伝って行くと階段が、見え下れば大きな硝子が見えその向こうに窓から見えた庭が広がっていた。中庭は丁寧に手入れがされており花壇には満開に咲き誇った花が空から照らす月明かりでキラキラと光る。花壇の裏からは水が絶え間なく流れ、1種のASMRとなっていた。庭に入った知里はそれらに目を奪われる。そよそよと吹く心地いい温度の風は、心を穏やかにさせ見た事のない青く光る鈴蘭のような花から鳴る不思議な音や白く睡蓮のような花から漂う優しいシャボンのような匂いに夢心地な気分になる。知里は庭の中央に立つ木を囲うように設えられたベンチに腰掛け、目を閉じて庭の中にある植物が奏でる音色や香りに五感を委ねる。このゆったりとした時間に、知里は元の世界への恋しさが淡く胸の中に滲み出てくる。
幼い頃、千鶴と共によく聴いていた母親が自分たちを寝かしつける時に歌っていた子守唄。今だけ、懐かしさに浸らせてください、そう願いながら記憶の中の歌声を呼び起こす。
その時だった。芝生を踏む足音が知里へと迫っていた。
「それ、なんの歌?」
「っ!え………あ、ご、ごめんなさい!勝手に……」
咄嗟に立ち上がり話しかけてきた人物の方へと振り向くと目の前には赤髪と赤い瞳をした美しい顔つきをした人物だった。思わず言葉を切って見惚れていると、再度その人物がねえと声をかける。それに方を震わせながらも、はい!と上擦った返事を出す。
「なんの歌?あんた、今歌ってたじゃん」
「え、歌……」
「うん、聞いた事のない歌だったから気になった」
「えっと……」
どう返そうかと目を泳がせていると、赤髪の人物はベンチに座ると知里に目を向け、ん、と自分の隣を叩く。そこに座れということなのだろう。
「俺は千切、千切豹馬。あんたは?」
「篠崎、知里……です」
「ふーん、でさっき歌ってたのは」
「……幼い頃母が歌ってくれていた子守唄です」
「子守唄……ね」
歌ってみてよ、と千切と呼ばれた中性的な容姿をした男は興味がなさそうにしながらも知里に尋ねる。突然の要求に、驚きつつじっとこちらを見つめる千切に知里は目を伏せ母親の歌声を記憶から手繰り寄せる。小さく掠れながらも歌う声に隣の千切は目を閉じ、知里の歌声に耳を傾けていた。初めて会ったばかりの綺麗な人に知里は終始びくびくしていた。そのため、歌い終わった後千切が目を開けた時も肩をビクつかせていた。
「終わった?」
「ぁ……は、い……」
「まあ……悪くなかった。じゃ、俺は寝る」
千切は気まぐれな猫のようにそのまま知里の歌を聞き終わると病棟へと戻って行った。
あれから庭から病室に戻ると不思議と直ぐに眠りの世界へと落ちていった。次に目を冷めた時には、太陽光がカーテン越しに知里の顔を照らし覚醒へと誘導する。ゆったりとした時間が流れる空間に知里は息をつく。ひとまず、今日からスレイヴとしてこのブルーロックで過ごすのだ。昨日で元の世界を恋しく思うのは終わりにしよう、そう考え体を起こすのと同時に廊下から忙しない足音が聞こえてくる。
「おっはようー!知里!」
「お、おはよう……蜂楽くん」
「ちょ!蜂楽、さすがにノックして入らないと!」
「おはよう、潔くん」
「あ、お、おはよう知里」
蜂楽に遅れてやってきた潔は、知里に近づくと笑い懐からキューブ状の物体を取り出す。
「これ、知里用の必需品とか着替えとか……」
物体は潔が手を放してもその場に糸に吊るされたかのように浮かび、潔はキューブの上のボタンを押す。すると、キューブは展開していき平たい板へと変形する。そして、変哲のない板はそのまま淡い光を放つと突然知里の前にいくつもの服や日用品などが並ばれていく。目の前で起きる現象に知里は目を見開き、呆然とした表情でそれらを見つめる。
「これは……魔法?」
「え?」「ぷっあははは!面白い発想だね!」
「これは物を持ち運ぶに使う簡易キューブ。ここに大方のものは入れられるんだ、知里の世界にはないのか?」
「うん、物なんて全部手で持ってるから……凄い便利だね」
目を輝かせながら、元の形に戻ったキューブを見つめる知里に潔は本当に別の世界の人間なのだなと実感する。ふと、潔の目線は知里の首に下げられた懐中時計にいく。
「知里、それは?」
「え?あ、これ?私がこの世界に来た時に拾ったものなの……」
「見たことないな……知里は知ってるもの?」
「え……これは懐中時計っていう時間を見るのに使われるものなんだけれど……2人は知らない?」
懐中時計、その言葉に首を傾げる。見たことも聞いたこともない言葉であった。見た目からしてかなり昔のものなのだろうか、平たく丸い形状で時間を見るためのものにしては模様が多く入っており数字らしきものが見えない。
「どうやって見るの?」
「えっと、ここにボタンがあってここを押すと蓋があくの……それで、長い針の短い針がそれぞれあって長い針が分を表す針で短い針が時間を表すの……けど、この時計壊れていて多分12時の所でずっと止まってると思う……」
知里が潔らに時計を見せながら説明した言葉に疑問を持つ。
「知里、時計の針、1時を刺してるよ?」
「え?」
蜂楽に指摘され、慌てて知里は時計を見る。長い針は動いておらず12時を指しているが、短い針は初めて見た時とは違く1時の部分を刺していた。
「ほんとだ……いつ動いたんだろ……」
「んー……機会があれば機械に詳しいやつにお願いしてみようか?」
「え、いいの?」
「うん、ほらほらそれよりも今日から訓練でしょ?早く着替えな、俺と潔廊下で待ってるから!」
「ちょ、だから蜂楽!押すなって!」
蜂楽はそう話を切り替えると潔の背中を押して病室を出ていく。知里は自身の手に収まるひび割れた時計を見つめる。何の変哲もない普通の壊れた懐中時計。それにしてもなぜ自分はこれを拾って身につけているのだろう。そんなことを思うも、廊下から蜂楽と潔の声が聞こえ彼らを待たせすぎるのはマズいと体を起こし潔から貰った服の元に近づく。白のシャツにネイビーのズボン、茶色のブーツとシンプルな装いだが知里にはありがたかった。リボンタイを結び終え、潔と蜂楽に声をかける。
「お!いいね!可愛い、似合ってるよ!知里」
「うん、似合ってる」
「ありがとう、2人とも」
潔と蜂楽も知里に似た服装で白のワイシャツに黒のズボンという為恐らくスレイヴの日常での格好なのだろう。
「それじゃ、朝食摂りに行こっか」