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#ワンナイトラブ
おまる
邸宅からの帰り道
徹さんの運転する車の助手席で、私は心地よい疲労感に包まれていた。
窓の外を流れる夜景が、さっきまでの緊張が嘘だったかのように穏やかに見える。
「……結衣、本当にお疲れ様。怖かったでしょ」
赤信号で止まったとき、徹さんがそっと私の左手を握った。
あのおじい様の前で
私のボロボロになったメモを指摘された時のことを思い出すと、今でも心臓がバクバクする。
「はい…緊張しましたし、怖かったです…ね。でも、徹さんが『家を捨てる』って言ってくれた時、私、この人のために何でもできるって思ったんです。マナーなんて、これからいくらでも身につけてやる!って」
「あはは、結衣は意外と負けず嫌いだね」
徹さんは愛おしそうに笑うと、私の手の甲に軽くキスをした。
「でもね、母さんがあんなに早く折れるとは思わなかった。きっと、おじい様が認めたこともあるけど、結衣のあの真っ直ぐな目に毒気を抜かれたんだと思うよ」
「……そうだといいんですけど。でも、静江さん、最後に『幸せにしなきゃ承知しない』って言ってくれました」
「……ああ。あれ、母さんなりの最高級の『よろしく』って意味だから」
車内には、偽装時代にはなかった、深く濃密な信頼の空気が流れていた。
けれど、邸宅での一件は、あくまで「高橋家の嫁」としてのスタートラインに立っただけ。
「……ねえ、徹さん。おじい様が認めてくれたってことは、私、本当に高橋家の一員になるってことですよね」
「そうだね……まだ、怖い?」
「少しだけ。……だって、麗奈さんみたいな完璧な女性が周りにたくさんいる世界でしょう?」
徹さんは車を路肩に止めると、私の顔をじっと覗き込んだ。
「麗奈は、ただ『高橋家の理想』を演じていただけだよ。…俺が好きなのは、ボロボロになるまでメモを握りしめて、俺のために震えながら立っていた結衣なんだから」
徹さんの顔が近づく。
車内という密室。街灯の光が、彼の瞳を怪しく、けれど甘く照らし出す。
「これからは、嘘の盾なんていらない。…俺が、君の本当の盾になる。……いいよね、結衣」
重ねられる唇。
プロポーズの時よりも、もっと深く、互いの存在を確認し合うようなキス。
「…喜んで」
二人の絆は、親族の試練を経て、より強固なものへと変わっていった。
◆◇◆◇
しかし、週明けの会社。
親族の集まりで「婚約が認められた」という噂は、意外な形で社内に広まっていた。
そして、そのニュースを聞いて、密かに唇を噛む人物がもう一人。
私たちの幸せを揺るがす
次なる「刺客」は、思わぬ場所から現れようとしていた。
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