テラーノベル
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それは、最初から嘘だった。
朝のホームルームで、担任は淡々と名簿を読み上げていた。
いつもと同じ声、同じ順番。
私は自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
一人、また一人と返事が続く。
教室の空気は穏やかで、誰も疑問を持っていない。
最後の名前が呼ばれ、
担任は名簿を閉じた。
「全員出席だな」
その言葉が、耳に引っかかった。
私は、席に座っている。
机も椅子も、昨日と同じ位置にある。
ペンケースも、ノートも、確かに私のものだ。
なのに、名前だけが呼ばれなかった。
手を挙げようとして、やめた。
もし本当に呼ばれていなかったとしたら、
それを指摘するのは、私の役目なのだろうか。
休み時間、隣の席の生徒に話しかけた。
「さっきの出席確認さ――」
相手は、私の顔を見て、数秒黙った。
その沈黙が、ひどく不自然だった。
「……誰に話しかけてるの?」
冗談だと思いたかった。
でも、その目には、からかう色がなかった。
昼休み、私の席は自然に避けられた。
誰かが座ることも、物を置くこともない。
まるで、最初から空席だったみたいに。
廊下ですれ違う教師も、
私の存在を認識していないようだった。
名前を呼ばれない。
注意もされない。
そこに「いない」ものとして扱われている。
放課後、教室に一人残った。
黒板には今日の出席者の名前が書かれている。
数えた。
全員分ある。
――私の名前だけが、ない。
代わりに、見覚えのない名前が一つあった。
不自然なほど、最近書き足されたような字だった。
家に帰り、母に聞いた。
「私、今日ちゃんと学校に行ったよね?」
母は一瞬だけ考えてから、笑った。
「何言ってるの。あなた、今日は家にいたでしょ」
その言葉が、現実を塗り替える音に聞こえた。
部屋に戻り、制服のポケットを探る。
名札が入っていた。
確かに、私の名前が書いてある。
けれど、その文字を見ているうちに、
それが“誰のものか”分からなくなっていった。
翌朝、私はもう一度、学校へ行った。
誰にも気づかれないまま、教室に入る。
黒板の名前は、昨日と同じだった。
増えても、減ってもいない。
その中に、
私が座っていたはずの席の「持ち主」がいる。
その名前を見た瞬間、
胸の奥で、何かが納得してしまった。
きっと私は、
最初からいなかったのだ。
そう思った方が、
辻褄が合うことが多すぎた。
それでも、
今こうして考えている“私”は、何なのだろう。
この疑問だけが残った。
そして気づく。
この違和感を「嘘」だと決めつけること自体が、
もう一つの嘘なのかもしれない、と。
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