少女が目を覚ましたのは、教会のような場所だった。
いろどり鮮やかなステンドグラスには、健やかな顔で笑う子供のイラストが描かれており、装飾が施された祭壇には
ハート型のオブジェを暖かな眼差しで抱きしめる聖母像が祀られている。
「ここ・・・どこ?」
少女はあまりの事態に、状況を飲み込めていない。
「私・・・自殺したはずなのに・・・」
そう。少女はつい今しがた、自宅の自室にて大量の睡眠薬を服用し、自殺したはずだった。
「私・・・生きてるの?」
自分は自殺したのにも関わらず、こうして生きている。
そんな状況に少女が呆気に取られていると、タキシード姿の優しい表情をした男性が声をかけてきた。
「ようやくお目覚めのようですね
間宮燈(まみや あかり)様!」
「え?誰?それに何で私の名前を?」
見知らぬ場所で目を覚まし、見知らぬ男性に名前を呼ばれる。
何もかも訳が分からずに、動揺している燈を尻目に、男性は淡々と語り出す。
「いきなりの事態で困惑されているとは存じますが、順を追って説明させていただきます」
男性は燈に深々とお辞儀をする。
「は、はい・・・」
「まず、自己紹介をさせていただきます。」
男性はそういうと、懐から一枚の名刺を取り出し
「私はこういう者でございます。」と丁寧に挨拶をしてきた。
その名刺には「こころクリーニング・暮内亜紋(くれない あもん)」
そう書き記されていた。
「こころクリーニング?」
「左様でございます」
「こころクリーニングってなんですか?」
「こころクリーニングとは、自殺を行った方々のこころの清掃をお手伝いさせていただく、自殺者救済機関でございます」
「こころの清掃?自殺者救済?」
暮内にこころクリーニングとは何かを説明されても、燈には微塵も理解できなかった。
こころを清掃するとは何だ。意味がわからない。
「いや、待ってください!」
「どうかされましたか?」
暮内が口にしたこころクリーニングが何かは全く理解できていない燈だったが、それ以前に気になる事があった。
「自殺者の救済って・・・私・・生きてますよね?死んでませんよね?どういう事ですか?」
「少々お待ちください」
燈の質問に暮内は、こなれた手つきでタブレット端末を操作しながら
「えー、資料によりますと間宮様は、自宅の自室にて大量の睡眠薬を服用したのち、意識不明に陥った
しかし、程なくして、予定の時刻より早めに帰宅されたお母様が救急車を手配され
現在は病院のベッドの上で昏睡状態にある!と記載されております」と語った。
「お母さんが・・・」
自分の自殺が未遂に終わっていたのだとう事実を目の当たりに、ショックだという気持ちと、自分を救ってくれた母への感謝の気持ち入り混じり、複雑な心境になる燈。
しかし暮内は、燈は現在、病院のベッドの上で昏睡状態だと言っていたが、ここは病院なのか?
そもそも昏睡状態の自分がなぜこのような場所にいるのか?
燈は全ての疑問を暮内に投げかける。
「病院に居らっしゃる間宮様はいわゆる本体。
そしてこちらに居らっしゃる間宮様は魂の状態であると思っていただけたら良いかと」
「た、魂ですか・・・」
暮内の話は荒唐無稽すぎて、燈は自分がまるで漫画や映画の世界に迷い込んだような感覚を覚えていた。
「間宮様の魂が現在こちら側に居らっしゃるが故に、病院の本体が昏睡状態になっているという訳でございます」
今の暮内の言葉により、少しだけではあるが、現在自分が置かれている状況を理解する燈。
しかし、謎はまだ残っている。
「じゃ、じゃあ・・ここは何処なんですか?」
「ここは【こころ部屋の待合室】でございます」
「こころ部屋?」
(また新しい用語がでてきた・・)
自分が置かれている状況を少しではあるが理解してきた燈だが、この状況が非現実である事は間違いない。
「こころ部屋って何ですか?」
「詳しくは向かいながらご説明いたします」
「向かう?向かうって何処に?」
「間宮様の【こころ】でございます」
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燈は訳もわからないまま、暮内に連れられ、こころ部屋なる場所へ通ずる
ひたすらに長い渡り廊下をあるいていた。
何が何だか理解出来ていない燈だったが、この人は信頼できる。
燈は不思議とそう感じていた。
「さっき、こころに向かうって言ってましたけど、あれってどういう意味なんですか?」
「こころという物は、実はひとつの部屋のように造られているんですよ」
「部屋・・・ですか?」
「ええ。我々はそれをこころ部屋。そう呼んでおります。」
暮内の話によると、人のこころは、ひとつの部屋のように造られており
その部屋には喜怒哀楽、様々な感情が収納されているらしい。
楽しかったや、嬉しかったなどといった喜びの感情を「生の感情」と呼び
逆に、苦しかったや、悔しかったなど、悲しみの感情を「負の感情」と呼ぶ。
こころ部屋は、その生の感情と負の感情が入り混じり造られているらしい。
いまいち理解できなかった燈だが、見れば直ぐに分かるという暮内に促され
ただひたすらに長い渡り廊下を歩く。
そして、こころ部屋のドアの前に着く。
「こちらが、間宮様のこころ部屋でございます」
そのドアの上には
そう書かれたプレートが取り付けられていた。
「ここが・・・こころ部屋・・・」
目の前の部屋が、自分のこころと言われても実感が湧かない燈だったが
「では、開けてみてください」という暮内の言葉に従い、恐る恐るドアを開く。
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