部屋の中は、燈の鼻腔を抉るような異臭が充満していた。埃も尋常ではない程にまっている。
まるで廃墟かと言わんばかりに散らかっていた。
「ゔ・・・ひどい臭い!」
燈はあまりの激臭で、吐き気を催しそうになる感覚を味わった。
時折ゲホゲホと咳まで出てしまう。
「な゛に゛こ゛れ゛・・・」
「これは・・自殺をしてしまわれる方々に、良く見られる傾向ですね・・・」
部屋の悪臭をものともしないように立っている暮内が淡々と口を開いた。
(なに・・この人・・こんなに酷い臭いなのに、平然と喋ってる・・・)
「すいません・・私・・耐えれません」
ゴミ屋敷と化した部屋の悪臭に耐えきれずに、燈は逃げるように外へと出た。
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「何なんですか?この部屋は!」
「先ほども申し上げました通り、この部屋は間宮様のこころを具現化した部屋でございます」
「こころって・・・なら、なぜこんなに散らかってるんですか?」
「自殺をしてしまわれた方々に良く見られる
全ての感情を抱え込んでしまっている状態であるが故に
あのような状態になっているのでございます」
「感情?で、でも、部屋にはタンスとかテーブルとかしかありませんでしたよ?
感情なんで何処にも無いじゃないですか!」
そう。部屋にはタンスやテーブル、ソファなどといった、ごくごく普通の家財道具が並べられていただけで、感情などという物はどこにも無かったのだ。
「魂である間宮様にはそう見えているだけです」
「そう・・見えてるだけ?」
「ええ、今の間宮様は感情を肉眼で認識する事が出来ていないのです。
したがって、タンスなどといった馴染みのある物に脳が勝手に差し替えているのです」
少し理解ができた燈。
「ようは、タンスとかに見えていても、実はそれは私の感情!という事ですか?」
「左様でございます」
「じゃあ、さっき言っていた、自殺する人に良くみられる傾向って何ですか?」
暮内の話によると、自殺をしてしまう人間の大半は、全ての感情をこころ、つまり部屋に溜め込んでしまう傾向にあるらしい。
辛かった、悲しかった、悔しかった、苦しかった。
様々な負の感情を分別、整理整頓をする事が出来ずに、ただただ溜め込んでしまう。
そうなってしまったら最期。
負の感情は更なる負の感情を呼び起こし、文字通り負の連鎖が起きてしまい
こころがあまりの感情の多さにキャパオーバーとなり、耐えきれずに自殺してしまう!という事らしい。
「じゃあこころクリーニングってこの部屋、つまり私のこころを清掃するって事ですか?」
「その通りです」
「清掃ってどうやるんですか?」
「不要な負の感情、間宮様が要らないと判断した負の感情をひたすら処分するのでございます」
「不要な負の感情?」
燈の問いかけに暮内は、ふたたびタブレット端末を操作しながら
「資料によりますと、間宮様はいじめを苦に自殺なされた!と記載されておりますので、
その自殺の要因となった負の感情を処分して、我々は間宮様をお救いしたいと考えております」
と淡々と答えた。
思い出したくもなかった、いじめというワードを再び聞かされた事で、燈は内心、はらわたが煮えくりかえる思いだった。
(この人・・・思い出したく無かった事を平然と・・)
「こころを綺麗にする事で、我々は間宮様に生きる希望を与えたい」
「こころを清掃したら、生きる希望が持てるって言うんですか?」
「そうなるように尽力させていただく所存です」
燈は黙って暮内の話を聞いていた。
「こころを清掃したあかつきには、間宮様は昏睡状態から目覚め、再び──」
「何・・それ・・・」
暮内の言葉を遮るように燈が口を開く。
「間宮様?」
「私は・・死にたいんですよ!それに生きる希望って何?
仮にこころの清掃なんてのが本当に可能で、私が目覚めたとしても
生きる希望が持てる保証なんてありませんよね?
頼んでもいないのに余計な事しないで!ありがた迷惑もいいとこですよ!
私は・・あんな辛い思いをしたくないから、苦しみたくないから
自殺する道を選んだんです!死にたかったのに・・・」
燈は涙を流しながら、その場に倒れ込む。
「しかし、我々の本来の目的は、間宮様の様な方々の救済で」
「なら私には必要ありません!別に後悔なんてしてないし、そもそも助けてなんて言ってない!
死にたいんですよ!死なせてくださいよ!」
その場に座り込んで大粒の涙を流す燈。
「でしたら、あちらをご覧ください」
暮内は、壁に取り付けられた巨大なモニターを指差した。
「なに?」
燈は面倒臭そうに、巨大モニターをみる。
「こちらを見られてもなお、躊躇なさいますか?」
そのモニターには、病院のベッド上で昏睡状態になっている燈の手を握り
涙を流す母の姿が映し出されていた。
「お母さん・・・」
「資料によりますと、間宮様のお母様、間宮椿(まみや つばき)様は、まだ間宮様が幼い頃に
夫、つまり間宮隆(まみや たかし)様、つまり間宮燈様のお父様と交通事故により死別
それからは、女手一つで間宮様をここまで育ててきた!と記載されております」
燈はモニターに写る泣き崩れている母の姿を食い入るように見つめている。
「間宮様!自殺に未練が無いと仰るならば
あのままお母様を悲しませてもいいと仰るならば
私はこのまま、間宮様を成仏の間へお連れいたしますが、いかがなさいますか?
決めるのは間宮様自身ですよ?」
「お母さん・・・私・・・」
今思えば、できた娘では無かったのかもしれない。
自分の時間を犠牲にし、娘のために全てを費やしてくれた母に何もしてあげれていない。
何一つ親孝行といえる事を出来ていない。
しまいには、自殺をして母親を悲しませている。飛んだ親不孝ものだ。燈はそう考えていた。
「私・・・生きたいです!お母さんをこれ以上、悲しませたくないです!
お願いします!こころの清掃・・手伝ってください!」
燈の目から涙は消え、未来を見据えた澄んだ目をしている。
「かしこまりました!それでは只今より
間宮燈様のこころクリーニングを始めさせていただきます!」
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